【剣】
ボルドさんの手持ちの駒が無くなったと見ると今度はダンクさんが言いました。
「ご主人様、私の虎の子も見ていただけますか?」
「まだ何かあるのか、さて次はどんなものが出てくるのかな?」
「期待しよう。貴君らは、今までの商人とは一味違うようだ」
貴族たちは買いこそしていませんが、商品を見るのをとても楽しんでいました。
でも、ダンクさんは馬車を縛っている時以来手ぶらでした。
ダンクさんは暖炉の前に干してある自分の服のベルトに付いていた鞘を外して持ってきました。
それは、前腕ほどの長さしかない、鞘も柄もぐるぐる巻きの粗末な手作りの剣でした。
それを見るとグランディスさんもユメッソスさんも露骨に期待はずれの顔をしました。
「いやだなあ、お二人揃ってそんな顔をしないでください。がらくただと思っているのですね」
ダンクさんはすました笑顔で巻いてある皮や布をほどきだしました。
「よっぽどの良い機会でなければと思っていたので、まだ誰にも見せた事はないのです」
ぐるぐる巻きがほどけたところからきらきらと光る金属が見えてきました。
「じゃーん♪」
ダンクさんの軽快な声のファンファーレに乗って現れたのは細身の短剣でした。
つやのない黒い鞘の石突と鯉口に近い場所には銀色の金属が光っています。
その金属の部分には同じ形で何度も反復して植物の蔦や葉が細かく彫られています。蔦には花が咲いておりその真ん中にはきれいな色の宝石が埋め込まれています。
赤青黄緑の華やかな花を咲かせたこしらえは武器のようには見えません。
形は剣ですがまるで一つの彫刻作品のようです。
「これは見事だ」
ユメッソスさんはうなりました。
ボーにもこの剣が手のかかった宝物なのがひと目でわかりました。
「肌身離さず身に付けてきた父の形見なのです」
グランディスさんは身を乗り出してダンクさんが差し出す見事な剣を受け取りました。
グランディスさんは自分の顔の前で剣を真横に構えると鞘をゆっくりと引き抜きました。
金属の澄んだ音が響きました。
現れた刀身は真っ直ぐで曇りなく光っています。
「父がどこでこれを手に入れたかは聞く事ができませんでしたが、おそらく名のあるお武家様のお持ちになっていた物でしょう」
「うむ、これほどの剣は私も持っていないな」
グランディスさんは感心した様子で剣の隅々まで眺めました。
「安売りはできませんが、気に入っていただけたらお譲りしても良いと思っています」
貴族たちはダンクさんの説明も上の空でした。
ユメッソスさんは抜き身の刃を光にかざしてみました。
「これは鞘以上に刀身の方が逸品だ。この輝き、おそらく大木でも切りたおすだろう」
ダンクさんは刀を熱心に見ている二人の顔を伺いました。
「そうでしょう、刃こぼれでもしたら取り返しが付かないと研ぐ時以外には抜いたこともありません」
「持ち合わせがあればなあ」
ユメッソスさんは残念そうに言いました。
「これは良い物か?」
グランディスさんはボルドさんに視線を投げかけました。
「はい、立派なものです」
ボルドさんは聞かれた分以上には多くは語りませんでした。
でしゃばりすぎたら取引がどちらかの不利になるかも知れないと知っているのです。
グランディスさんとユメッソスさんは、鞘と抜き身の剣を交互に渡しあって眺めました。
しばらくの間、二人の貴族はお菓子を見つけた子供のように、良いところを愛で、またあらを探して剣をいじくりまわしました。
もちろんあらなど一つもありません。
「お城勤めをなさるのでしたら、式典などにお持ちになっても映えると思います」
ダンクさんは言いました。
グランディスさんは鞘と剣を両手にほんの一瞬動きを止めました。
グランディスさんは式典でこの件を腰に指した自分を想像した、今にもこの剣を買うぞ。ボはそう思いました。
ふいに顔の右側だけに笑みを見せてグランディスさんは剣を鞘に収めました。
「いや、今回はいい」
再び金属のこすれる音が軽く響きました。
なぜか今の微笑みはとても意地悪そうに見えました。
ダンクさんにもグランディスさんが剣に惹かれた事がわかったに違いありません。
ダンクさんはもう一押ししました。
「本当ですか?これを逃すとこんな見事な剣には二度とお目にかかれないかもしれませんよ」
でも突然ボルドさんが話に割って入りました。
「もう品切れでございます。馬車にも大した物は残ってはいません。今回私たちの商品はおめがねにかなわなかったようですが、グランディス様は一体どのようなものに興味がおありでしょう?」
「ふむ」
グランディスさんは値踏みをするような目つきでボルドさんを見ました。
グランディスさんの視線にさらされたボルドさんは説明を付け加えました。
「私どもは旅商売をしております。もしグランディス様が何かを探しておられるのなら、買い付けてこちらにお持ちすることができるかもしれません」
グランディスさんはボルドさんの全身を下から上まで見つめて少しの間考えました。
そして静かに言いました。
「私が探しているのは、魔力を秘めた品だ」
その言葉と同時に窓の外が光りました。
耳に魔力という言葉、同時に稲光が視界に入って来たので、テーブルに付いている皆が一斉にびくっとしました。
「魔力ですか?」
「いかにもそうだ」
グランディスさんは平然と答えました。
ボルドさんは予想もしていなかった答えに、すぐには次の言葉が出てきませんでした。
「本当にあるの?魔法って」
質問をしたのはボーでした。
ボーには他の誰よりも魔法について詳しく聞きたい理由があるのです。
グランディスさんは初めてボーの目を見ました。
「それはもっともな疑問だ」
そして、一回り全員を見回してから言いました。
「普通の人間には、その短い人生で妖術を目にする機会すらないのだからな。よし、ならば、実際に居た妖術使いの話をしてやろう。いや待て、どうせなら妖術使い同士の戦いの話を聞かせてやろう」
ボーはわくわくしてグランディスさんの顔を見つめました。
ボー以外の全員は息を呑んで見守りました。
「これはおそらく過去最も激しかった戦いだ」
窓を叩く雨粒の音に混ざって雷鳴が不気味に響きました。




