【商談】
ダンクさんが良い約束を取り付けると、今度はボルドさんがかばんから取っ手の付いた箱を取り出してテーブルの上に置きました。
ボルドさんは手際よく箱の上部を開き、前面に付いた六つの引き出しを開けて見せました。
上部には浅いふた付きのつぼがあり、引き出しの中には香りの強い粉が入っています。
「これは香炉でございます。引き出しには六種類の珍しい香が入っています。いつでもお好みの部屋をお好みの香りで焚きこむ事ができます」
「ほほう、この箱ごと持ち運べるのだな」
「うむ、このような香炉は初めて見た」
グランディスさんもユメッソスさんもこの品物を珍しがりました。
「はい、かさばりませんので、旅行中の天幕で使われる方もおいでです」
ボーはここで、ボルドさんたちみたいな旅の商人たちは、いつもこういうふうに物を売り歩いているんだと気付きました。
二人の貴族たちは面白がってお香の種類の説明や材質の説明を聞きました。
しかしついにこの商品を欲しいとは言いませんでした。
次にボルドさんはかばんから円筒を取り出しました。
円筒は引き伸ばされると倍ほどの長さに伸びました。
「これは望遠鏡でございます。
三段式になっているので縮めるとポケットに入れておくこともできます。
倍率は高い木のてっぺんに居る小鳥がくわえた虫でさえはっきりと見えます。
またこれはさる提督が航海用に作らせた物なので、他の望遠鏡より錆びにくいのも良い所でございます」
「ほほう、これは軍隊で使っている物よりは造りがが繊細だな」
「うん、これもなかなか良い望遠鏡だが、我輩は去年狩り用に口径の大きいものを作らせてしまったばかりだ」
グランディスさんもユメッソスさんも望遠鏡をさんざん覗いたりいじったりしました。
面白がりはしましたが、やはり欲しいとまでは言いませんでした。
ボルドさんはやはりあっさりと引き下がりました。
「それでは次はこちらはいかがでしょう。興味があるとよろしいのですが」
ボルドさんは今度はかばんから布の束を出しました。
ハンカチ位の大きさの何十枚もの端切れが環で留められて本のようになっています。
「私の故郷で織られた絹布です。これは端切れ見本になります」
グランディスさんは手に取りました。
絹が一枚一枚としなやかにめくられると、真っ赤な織物、金の刺繍のある織物、紫に輝く織物などが、色とりどりに現れました。
どれもきめが細かく色鮮やかにつやつやと輝いています。
「美しい物だな」
「晴れ着には最適でございます」
皆の視線はグランディスさんの持つ布に集中しました。
「これが絹織物か」
ボーはこんなに美しい布を見るのは初めてでした。
グランディスさんは手の甲で肌触りを確かめました。
「ふむ、春風のような手触りだ」
グランディスさんは静かに言いました。しかしこの織物に少なからず感銘を受けたのは間違いありません。
「ありがとうございます」
ボルドさんが同じ物をもう一冊取り出すと、ユメッソスさんは待ちきれなかったように受け取ってめくりだしました。
ユメッソスさんの方はすばらしい布に出会った感動を少しも隠しませんでした。
「おお、美しい。布であるとは信じられない。この滑らかな手触り、まさに処女の肌のごときではないか」
そして周りの人たちの顔を見回しました。
「なあ、うははは」
一人前の男たちはよくこのようにいやらしい感じに例えます。そして大抵、ユメッソスさんと同じように下品に笑うのです。
春風なら想像も付きますが、女性のような手触りなんてわけがわかりません。それでいてどんな風なのか訊くと、きっとばかにするのです。
今だって隣のダンクさんだけが愛想笑いを返しました。
「絹織物の中でも最上級の部類になります」
ボルドさんがそう言うと、ユメッソスさんの笑い方の色が変わりました。
生地をめくりながらくすりと鼻で笑ったのです。
「君たち商人はみんながみんな自分の物こそが最高と言う。よく聞くせりふだ」
「ただの売り込みの口上ではありません、こちらの品は本当に最高なのでございます、」
ボルドさんは丁寧に応えました。
「どなたでも簡単に見分ける方法がございます」
グランディスさんもユメッソスさんも手を止めてボルドさんを見返しました。
「面白い、証明できるのか?」
「織物に興味のない我輩でも見分けられるのかな」
「はい、糸の数を数えるだけなのです」
「糸の数?」
「はい、そうです。爪の幅の長さに何本の糸が使われているかを数えるだけで目安が付きます」
ボルドさんはかばんの中から先端がとがった棒を取り出してユメッソスさんに渡しました。
「そんなことだけでわかるのかね?」
ユメッソスさんはとても面白がって、自分の着ているローブとボルドさんの織物とを数えて比べました。
「なんと我輩の着ているローブは半分しかないぞ」
「と言う事はつまり、そちらの生地はこの絹織物の半分の長さの糸で半分の回数の機織りしかされていないと言う事になります」
「なるほど、きめの細かい方が上等なのか」
ユメッソスさんはとても感心しました。
「相当な自信だな。しかしそこまで種明かしをしてしまうと、もうごまかしは効かなくなるぞ。屋敷中の着物を集めてきて、お前の品が何番目位であるかだって調べられるぞ」
グランディスさんはユメッソスさんほど簡単には信じ込まずにダンクさんに揺さぶりをかけました。
「正直に申し上げるのも自信があるからでございます。このお屋敷にある全ての生地と比べてもよろしゅうございます。実際、私はまだ手前どもの絹織物よりきめの細かい織物を見た事がございません」
「ほほう、すばらしい自信だ。つまり世界一というわけだ」
それでもグランディスさんはもう一疑りして来ました。
「しかしそれこそが囮で、客の目を粗悪な糸の質や染めからそらせようとしているのではないかな?」
グランディスさんの言葉には遠慮がありませんでした。
普通の人なら口にしにくい疑いの言葉もはっきりと言ってのけました。
誰にどう思われようと気にしない、揺るがぬ自信の表れです。
それでもボルドさんは実直に説明をしました。
「とんでもありません。せっかくの最高のパンに泥を塗るような真似をするはずがございません」
「布のきめが最高ならその他も推して知るべしと言ったところか」
「はい」
「ふむ」
グランディスさんはやっと納得をして背もたれに身体を投げ出して再び端切れをめくり始めました。
ボルドさんはついに最後まで穏やかに応えきりました。
さっきの話を聞いたボーには、ボルドさんがうその売り口上をするはずが無い事がわかっていました。
「さて、馬車の荷の中には見本が無い在庫もございますがご覧になりますか?」
「そうだな、いや、別に良い。この雨だからそれには及ばない」
グランディスさんは布の束をテーブルに放り置きました。
グランディスさんもユメッソスさんもボルドさんの織物にはとても感心はしましたが、やはり買うとは言い出しませんでした。
「さようでございますか」
ボルドさんは穏やかに納得しました。
「ボルド殿もぜひわが城に来たまえ。きっとサニーや娘が喜ぶだろう。いや、必ず買うだろう」
ユメッソスさんに奥さんに会う事を勧められると、ボルドさんは丁寧にお礼を言いました。
「かしこまりました、ありがとうございます」




