【品定め】
グランディスさんは少し待つように言い残し、部屋から大またですたすたと出て行きほんの一分程で戻ってきました。
戻って来て席に就くと、手のひらほどの大きさの薄い板をダンクさんに差し出しました。
「これは金で作られているようだが、何かわかるかな?長年の疑問なのだ」
それは単純な模様がいくつか浮き彫りにされた黄色っぽいみかんの皮のような板でした。
「拝見します」
ボルドさんはこれも両手でうやうやしく受け取りました。
ボルドさんは必ず品物を丁寧に両手で受け取りました。
板には裏にも何か別の模様が彫られています。
無言で真剣に見つめた後、ダンクさんはグランディスさんに訊きました。
「これはどちらで手に入れられたのでしょうか?」
「この屋敷が建つ前、ここは小さな砦だったのだ。そいつは砦を取り壊した時に見い出されたのだ」
「そうですか、一体どういういきさつでここにあるのか不思議です。
「何であるかわかったのか?それは何だ」
「これはこの地方のものではありません。これはアイエイア十七カ国いずれの物でもなく、はるか南で二千年以上昔に栄えたカンテイラと呼ばれる国のものです」
「ほほう」
グランディスさんは先を続けさせるように頷きました。
「いまやカンテイラの名残りは数個の墓や遺跡しか残っていません」
「二千年も昔から人って居たんだ」
ボルドさんの鑑定を夢中になって聞いていたボーは思わず口を挟んでしまいました。
「居たんだよ。それどころか世界にはさらに古い遺跡だってたくさんあるんだよ」
ボルドさんはボーにもきちんと説明してから鑑定を続けました。
「裏に彫られている目と獣のような模様がありますね、これでわかりました。これは文字なのです。ただし、この文字を読めるものはもう居ません。そして二千年もの間腐食していない事からも、これがかなり純度の高い金である事がわかります。ということは相当に身分の高い者が作らせたのだと思われます。大きさからして装身具か神具の一部でしょう。
おそらくこれと同じものはもう残ってはいないと思います。学術的にはかけがえのない物ですが、流通するような物ではないので、金の塊として以上のお値段は付かないでしょう」
鑑定を聞いたグランディスさんは言いました。
「ふむ、そんな大昔のものだったのか。砦とは全く関係が無かったのだな」
「はい、これほど離れた土地でこのような物を目にできるとは思いませんでした」
「さすがですね。私はカンテイラと言う名前の都すら知りませんでした。ボルドさんはよほどいろいろ勉強されているんですね」
ダンクさんも感心しました。
しかしそれを聞くとグランディスさんは目を光らせました。
「そう、正直に言えば、正解を知らないので、私にはその鑑定が当たっているかどうかの判断が付かない。つまり、まるきりでっち上げられても指摘できないわけだ」
「ごもっともです」
ボルドさんはあわてず騒がごく自然に答えました。
グランディスさんは金の板をテーブルの上に置くと、今度は懐から赤い何かを取り出して、テーブルの真ん中に置きました。
「これなら、どうかな?」
テーブルに置かれたのは小さな台座に乗った鶏卵ほどの大きさをした透明な赤い宝石でした。
「大きな宝石ですね」
ダンクさんは声を上げました。
グランディスさんが宝石を台座から外すと裏には輪がついていました。
指輪なのですが、裏返さないと輪が見えないほどに宝石が大きいのです。
「これは自慢の品の一つだ。私はいわれも価値も知っているが、鑑定できるかな」
つまり、今回は挑戦でした。
「果たして上手にお見立てできるかどうかわかりませんが、お預かりいたします」
ボルドさんは一度両手で受け取ると、指輪を台座に戻して、自分のかばんから例の拡大鏡を出して目の前に取り付けました。
「出た」
「出てきたぞ」
ユメッソスさんとダンクさんはこの道具を見るとはやしたてました。
ボーと同じにこの二人も眼鏡が気に入っていたのです。
「ふむ」
グランディスさんもこの眼鏡には感心しました。
大勢に見守られながら、ボルドさんは宝石を見て何度もうなりました。
「これはすばらしい。
この宝石は紅玉に間違いありません。
そして非常に大きい。
しかし大きさ以上にすばらしいのが透明度です。
これほどの大きさにもかかわらず曇りが一つもありません。
これと同等のものは世界に数えられる程しか無いでしょう。
普通、これほど大きいと王笏や王冠などに飾られる事が多いのですが、こちらは珍しく指輪にされていますね。
おそらく最初の持ち主のご希望だったのでしょう。
いずれにせよ王族の方が持つような物です。
お値段は申し上げられません」
「値段がいえないとは?例えば馬に換算すれば何頭分くらいかな」
ユメッソスさんが訊きました
「これほどの物は取引に出されることが無いので見当もつきません」
「そんなにすごい宝石なのか?」
ユメッソスさんは訊き直しました。
「ふむ、充分だ。お前の鑑定眼は確かなものだ。確かにこれは王からの褒美である。先代の数々の貢献に対して王がたまわれた褒美なのだ。どこの国を探してもこれ以上の宝はあまり無いだろう。もちろん売りに出されるような物ではない」
グランディスさんは誇らしげに言いました。
ボルドさんはため息をつきました。
「おそらく一生の間で一番高価なものを見せていただきました。眼福です」
ユメッソスさんもダンクさんも良く見せて欲しいと手を出しました。
大人たちはこの宝物を光に透かしてみたり色や形をしきりに誉めそやしました。
ボーにはきれいと言うだけでそんなに価値があるのが不思議に思えました。




