【約束】
「ユメッソス殿が大臣、それもいいかもしれませんね」
熱いユメッソスさんに対し、グランディスさんは指に持ったグラスをゆっくりと回して眺めながら気持ちのこもっていない言い方でした。
「もちろん我輩が出世した暁には貴殿のことは重く用い、望みの職も約束しよう」
しかし何を思いついたのか、グランディスさんは口の端をにやりと上げたかと思うと態度をがらりと変えました。
「うん、やはりユメッソス殿、あなたは立派な志をお持ちだ。私がきっとお力になりましょう、」
そして親しげにユメッソスさんの手を取りました。
「私に任せていただければ、次の夏を待たずに大臣になれましょう。そうです、あなたならば必ずなれますとも!」
突然自分の予想以上の熱烈な同意を受け、ユメッソスさんはうれしいながらも少し戸惑いました。
「う、うむ、だがさすがにたった一年では短すぎるだろう」
口ではそう言いながらも顔はほころんでいます。
グランディスさんはさらにおだてるように言いました。
「いいえ。あなたはご自身の器量を正確に自覚していないのです。あなたなら一年でも充分です」
ユメッソスさんの頬はにやけて引きつりました。
「決しておせじや大げさに言っているのではない事を証明する為にお約束を致しましょう。たった一年間だけ私の指示に全て従って下されば、私はあなたを必ず将軍か大臣にしてみせます」
グランディスさんは既に成し遂げ終わったかのように自身満々に言い切りました。
手のひらでボルドさんとダンクさんの二人を示しました。
「そうだ、あなたのご友人方が証人となりましょう」
自分たちには関係のない話と、すっかり聞き役にまわっていた商人たちは驚いて座りなおしました。
「次の夏までにユメッソス様は大臣か将軍になります。もしそれがかなわなければ、私は財産も命も全てユメッソス様に差し上げましょう」
なんとグランディスさんは全財産と命を賭けるとまで言い放ちました。
グランディスさんは人差し指を立ててユメッソスさんに示し、その指を動かしてみんなの目を順に見回していきました。
「次の夏までに大臣です」
その視線は威圧的で口を挟むことを許しませんでした。
ボルドさんもダンクさんも横目で視線を交わしあいました。
もし何か言うことができたなら、自分たちがそもそも無関係な部外者である事や、一年後どころか数日後には遠くの地に旅立っている事を説明したでしょう。
とにかく、他の誰かが一言も口を挟む前に、一方的に約束は出来上がってしまいました。
「約束ですよ」
グランディスさんはもう一度はっきりとユメッソスさんに念を押しました。
「そうと決まれば、私はあなたの陰なるしもべ、登城の折には適当な役目でおそばにお置き下さい」
グランディスさんはこれまでは見せなかった親しげな笑顔をユメッソスさんに送り、頭を下げました。
一方的に約束事が進み、やや不安になってきていたユメッソスさんは、この笑顔に飛びつきました。
「あ、うん、わかった。そうしよう。でもしもべは言いすぎだ、我輩は知識では貴殿に遠く及ばない。だからこそ貴殿の協力が必要なのだ。これからも良き友人でいてくれたまえ」
ユメッソスさんはグランディスさんに手を差し伸べました。
グランディスさんはすぐにその手を取り、二人は力強く握手をしました。
「大臣になる方がもったいないお言葉です」
「いや当然だよ、友人同士ではないか」
「ありがとうございます、それでは話がまとまったということで、改めて乾杯をしましょう」
二人はワゴンからおかわりを注いで乾杯をしました。
客たちは二人の乾杯を黙って見守りました。
自分たちの席には水一杯もありません。
ダンクさんもボルドさんも、グランディスさんの強引さなら、本当に一年でユメッソスさんを大臣にするかもしれないと思いました。
「ユメッソス様」
グランディスさんに名前を呼ばれると、ユメッソスさんは手で制止しました。
「友人同士ではないか、様はやめてくれたまえ」
「かまわないでしょう、私は今やあなたのしもべですし、あなたは近い将来大臣になられるお方なのですから、どうせ呼び捨てになどできなくなります」
「貴殿は気が早いな。まあ呼び方などに気は使わないでくれたまえ」
ユメッソスさんは、とても上機嫌に顔をほころばせました。
順風満帆、いまや世界は自分の思い通りなのです。
「貴殿に良い返事をもらえたので、こんな天気にやってきた甲斐があったと言うものだ」
「わざわざご足労頂かなくとも、使いの者で充分でしたのに」
「いやいや、そうはいくまい。我輩は貴殿に直接頼みたかったのだ」
「そうだったのですか、ありがとうございます。どうか今日はご友人方とご一緒にゆっくりくつろいでいってください」
ついさっきまでは二人の関係には上下などありませんでした。
でも今やグランディスさんはあからさまにユメッソスさんにへりくだっていました。
そしてユメッソスさんは自分が何でも言う事を聞かなくてはいけないしもべに成り下がった事に少しも気付いていませんでした。
「そう、それに今日来たからこそ彼らに出会う事もできたのだよ。我輩の見た所、こちらのボルド殿は博識で、かなりの鑑定眼をお持ちなのだよ」
ボルドさんはめっそうもないと手を振りました。
「ほほう」
グランディスさんはユメッソスさんの話にとても興味を持ったそぶりを見せました。




