【ダンク】
「私は知らない土地を旅して珍しい品々やいろいろな人に出会うのが好きなのです。金儲けだけが目的だったら別のやり方にしていたでしょう」
ボルドさんは穏やかにつづけました。
「お金儲けが目的であれば、手遅れになる前に知って欲しい事が他にもあります」
「はい、どんなことでしょう」
ダンクさんはボルドさんの教えを請いました。
「絹織物は扱いが繊細で手入れも大変です。種類も多くて品物を見定める経験も必要です。一人前になるには何年も懸かります」
「専門的な知識が多いのですね。私なら人一倍早く覚えて見せましょう」
「仮に十年懸かったとすればもう今の私と大して変わらない歳でしょう。その後長年長旅を続けるにはきつい年齢かもしれません」
「ああ、なるほど。もっと若い頃にお目にかかれていたら良かったですね」
ダンクさんは少し先行きに不安を感じました。
ボーは自分くらいの歳ならならダンクさんより覚えが悪くても、長年勤める事ができるだろう思いました。
「そして私の見立てでは、ダンクさんはその舌を上手に使えば、絹織物などをはじめなくても今よりも大金を儲ける事もできるでしょう」
「おや、今よりも、とおっしゃったのは、今は上手に舌を使えてないという意味でしょうか?」
今度はダンクさんはボルドさんに異論を唱えました。
「私の商売が下手な理由は口ではなく、知識が足りないせいでしょう?つまりボルドさんのような豊富な知識が」
ダンクさんは自分の舌にだけは自信を持っていて、上手に使えていないと言う言葉には納得がいかなかったのです。
「そういう意味ではないのです。もちろんあなたの舌に不足などありません。今でもあなたは、どんな品物だろうが、相手にその価値以上に良い物だと思い込ませる事ができるでしょう」
「はい、まあ自慢になってしまいますが、どんな物でも他の人が売る倍の価格で売りつける事ができますよ」
冗談のような言い方ですが、ダンクさんの目は自信を持っていました。
「すばらしい才能です。しかし実際にそうすると、後で払いすぎたと思われるのではないでしょうか?」
「まあそういう事もあるでしょう。しかし一度売ってしまえばこっちのもの。私は文句が出る頃までのんびりとはしていませんよ」
ダンクさんの普段の行動をちらりと白状しました。
「さて、例えば一つの桶を売るときに、実際よりも倍入ると倍の値段で売りつけると、後で必ずばれて恨まれます。」
ダンクさんは頷きました。
「ところが、これだけ入る桶はその分だけ楽になりますよと、実際に有用な事を教えてあげると、正当な対価を支払った人はあなたの言った通りに得をしたと感謝をします」
ダンクさんは再び頷きました。
「するとあなたからもっと何度も買いたいという人が増えて、しまいには商品があるだけ売れるようになるでしょう」
ダンクさんは頷くのを忘れて聞き入りました。
「つまり私が言うところの舌を上手に使うというのは、物を高く売るのではなく、自分を売り込むという事なのです」
ダンクさんはボルドさんの話を理解して、はっとしました。思い当たることがあったのです。
「若い頃には、目の前にいる人だけがお客さんじゃないんだぞと良く言われていました」
ダンクさんがそう言うとボルドさんは誰が言った言葉なのかも言い当てました。
「お父様はあなたの事をよく見ておられたのでしょうね」
「そういう事だったのか。私は自分の舌で自分の評判を下げて歩いていたのですね。今初めて意味がわかりました。ああ、どうして私は言われたその時に気付かなかったのだろう」
ダンクさんは自分の過去を振り返りしょげました。
ボルドさんはやさしく言いました。
「それは経験の少ない若者には難しい事です。お父様もその時に理解してもらえるとは思っていなかったでしょう。おそらく今日のあなたに伝えた言葉なのです」
ダンクさんがお父さんの言葉をしっかりと受け取り直すだけの間を置いてから、ボルドさんは最後に言いました。
「あなたなら物の売り買いをしなくても口だけで大金を稼げるでしょう。もっと言えばお金など無くても周りの人やご自分を幸せにする事ができます。望んでも手に入らない恵みをあなたは既にお持ちなのです」
ボルドさんの言葉に、ダンクさんは少しだけにこりとしました。
ボーは、いろいろと物知りな上に、知らないはずの事まで言い当てるボルドさんをすごいと感心しました。
ダンクさんは少しの間だけ組んだ両手を見つめて自分の人生を反省しました。




