【人食い】
「ボー君が乗ってきてくれたおかげでやっとカグーさんの笑顔が見れたよ。さっきまでは笑ってくれなかったんだ。心配そうな顔で黙っていた。きっと私を警戒していたんだろうな」
ダンクさんは大げさに怖い顔をしました。
「そんな事はありません」
カグーは恥ずかしそうな顔をしました。
「でもね、僕も幌を開けたら誰かがいたんで、人さらいの待ち伏せかと思ったよ」
「ん?」
「僕、ボルドさんに乗っても良いって言われた時は荷台が空なのかと思っていたんだ」
「なるほど。先客が居たのが意外だったのだね」
「うん」
「実はその通りだ」
「えっ」
ダンクさんはボーの考えに乗ってすごみました。
「実は我々は百人もの旅人をかどわかしてきた人さらいなのだ」
「まあ怖い」
カグーは笑いました。
「つい今しがた商人だと言ったばかりじゃないか」
ボーも笑いながら荷物を軽く叩きました。
「それは世を忍ぶ仮の姿だ。男は丸ごと油で揚げて、女は刻んで野菜と一緒に煮込んでしまうのだ。二人ともさぞうまいだろうな。ぐはははは」
ダンクさんは二人が信じていないのをわかった上で、さらにすごんで見せました。
「えっ、食べちゃうの?」
ボーは聞きました。
カグーも不思議そうにダンクさんの顔を伺いました。
「あ?何が」
ダンクさんは二人の反応が自分とずれがあるのを不思議に思いました。
「売り飛ばすのかと思った」
「人さらいなんだから食べるだろう?」
「違うよ」
「違いますよ、人さらいは奴隷が市民の代わりに働いている国へ連れて行って売り飛ばしてしまうんですよ」
「うん、そうだよ。縛って船に積み込んでしまうんだ」
二人は揃ってダンクさんの間違いを訂正しました。
「ああ、こっちの人さらいはお金のためなのだね。私は人食いの人さらいしか知らなかった」
「うわあ、人食いなんて初めて聞いた」
カグーはこわごわと聞きました。
「人食いって本当に人を食べてしまうの?」
「そうさ、ただ、彼らも元から人食いだったわけじゃない」
ダンクさんは二人に教えました。
「私の故郷の東には大きな山脈があってね。山脈の向こう側は乾いた国なんだ。一年の半分は川が干上がっている様な土地さ。そこにはいくらか人が住んでいたが、何年も旱魃が続いて全く食べ物が無くなるとついに生き残った人たちは故郷を捨てて放浪をはじめた。彼らは作物も家畜も人もおかまいなしで奪って行って食べてしまう。これが私の故郷に現れる人さらいさ。私の故郷では一年に二、三人はさらわれる。大概は子供や赤ん坊だ」
「まあ怖い。本当かしら」
カグーは身震いをするほど怖がりました。
するとダンクさんはもっと調子に乗りました。
「本当さ。あー、私は子供の時親戚の家の近くの森で三人組を見かけた。七歳の時だったかな。噂の人さらいだとひと目でわかったね。三人共に大きななたをぶら下げていて、ふんどし以外は裸だ。一人は縄を肩から提げていた。たぶん獲物を探して森づたいに進んでいたのだろう」
「まあ、大変」
「私も気付かれないうちに逃げ出さなければいけないと後ずさった。でも四人目が私のすぐ後ろで息を潜めていて、私が振り返ったとたんにいきなり肩と腕を掴んできた。遠慮無しのものすごい力さ」
「さらわれちゃうじゃないか」
「そう、私が泣き叫ぶと、仲間たちもこっちに向かってきた。その上、私を捕まえた男はさっそく味見をしようと噛み付いてきた。私は顔を背けたが耳を噛みちぎられてしまった。あまりの痛さに暴れるとなんとか男の手を振りほどくことができた。私はもう夢中で走ったね。追いつかれたら骨まで食べられてしまうと思った。森を出て近くの家に逃げ込むまで一度も立ち止まらなかったし振り向きもしなかった。うん。そういうわけで左の耳たぶは失ったが何とか命拾いをしたのさ」
ダンクさんは辛い思い出に冷や汗を拭いました。
「まあ」
カグーはどきどきしています。
ボーはダンクさんの顔を見て気が付きました。
「嘘だ。ダンクさんは両耳が揃っているじゃないか」
ボーは笑いました。
それでもダンクさんは平然と嘘を続けました。
「ああ、これはそのあと十八年もかかってなんとか生えてきたんだ」
「いやだ、どこまでが本当なのかわからないわ」
カグーも耳がちゃんと付いているのを見て笑いました。
するとやっとダンクさんは深刻な顔をやめて楽しそうに笑いました。
「あはは、実は見た事は無いんだ。人さらいの話は本当だよ。小さい頃はよく聞かされていた」
「じゃあ人食いは本当にいるのね」
カグーはまた怖がりました。
「あはは、怖がらなくても大丈夫。人食いたちはこんな遠くまでは絶対に来ないさ」
ダンクさんは大人のくせに楽しそうに笑いました。
ダンクさんの笑い方は遠慮が無くとても楽しげです。
カグーの幸せそうな笑顔とは一味違います。
でも、どちらの笑い方も一緒に笑いたくなる笑顔でした。
馬車はごとごとと揺れながら進みました。
ダンクさんは何か人を食ったところがあり、お気楽な話をたくさんしました。
ボーにもたくさん質問をしてきて、ボーは農場での生活や出来事をたくさん教えました。
三人はお互いに感心したり笑ったりしながら、にぎやかにおしゃべりを楽しみました。
開け放たれた幌から見える風景は、道が曲がるたびに街道や草原や川面の輝きと移り変わりました。
ダンクさんがボーに訊きました。
「ボー君はもう五日も旅をしているんだろう」
「うん、そうだよ」
「それなのに、どこへ行くのか決まっていないって言っていなかったかい?」
「うん、どこへ行くかまだ決めてないんだ。五日もかかったのは家で相談しようとしていたからなんだけど、でも昨日いろんな事があって、とりあえず町へ行くか農場に戻らないとどうしようもないのかな」
ボーはいっぺんに伝えようとしたせいで、かえってうまく説明できませんでした。
ダンクさんは困った顔をしました。
「よく分からないな。ちゃんと聞くから最初から教えてくれよ」
「そうだね、それじゃあどこから話せばいいのかな。えっとね」
ボーは順序良く整理をしながら話しました。