【雨】
「とにかく七本か八本、彼の撃った矢はかすりもしなかったんだが、追いついた私が馬上からたった一矢を射ると…」
ユメッソスさんがダンクさんに狩りの話をしている時でした。
突然強い風が幌の中に吹き込んだかと思うと、ぼつぼつと幌が音を立て始めました。
「雨だ」
「もう降ってきたのか。ちょっとゆっくりしすぎたかな」
雨はみんなが体勢を変えるよりも早く激しく降りだし、荷台は幌を打つ大きな音に包まれました。
ダンクさんはあわてて空を覗き見ました。
「まだ雲より青空の方が多いのに」
ボーはすっと立ち上がりひょいと荷台から飛び降りました。
そして手際良く焚き火の始末をして、湯沸かしやかんを荷台の隅に乗せました。
「ここに置いたんで良い?」
「ああ、ありがとう」
ボルドさんはお礼を言いました。
ユメッソスさんはボーが荷台に戻る前に声をかけました。
「ボー君、ついでに我輩の帽子も持って来てくれないかね」
ボーはユメッソスさんの馬から羽根付きの帽子を外して、またぴょんと荷台に戻って来ました。
「身軽だなあ」
ダンクさんはみんなが立ち上がるよりも早く戻ってきたボーをほめました。
ボーの全身は大粒の雨であっという間に濡れてしまいました。
雨が吹き込まないように幌が閉められると、荷台の中は暗くなりました。
ボルドさんは木の箱から小さなランプを取り出しました。
「ダンクさん、これをそこに吊るしてください」
そして自分は雨具を引っ張り出して身に着け始めました。
狭い荷台の中でボルドさんは雨具に袖を通しながら訊きました。
「ユメッソス様、この分ではけっこう早く大雨になりそうです。ご友人のお宅で、私どもも雨宿りさせてもらえるように頼んではいただけませんか?」
「訊くのはかまわないが、期待はしないでくれたまえ」
ユメッソスさんの返事は歯切れの悪いものでした。
するとダンクさんが交渉を買って出ました。
「気難しい方なのですね。それなら私に交渉させていただけますか?私は気難しい方にもけっこう慣れているのです」
「気難しいのとは違うかもしれないのだがね」
「でもきっと大丈夫です。ちょっと屋根のある所を貸してもらうだけなので、うまく頼んでみます」
ボルドさんは厚手の雨具にてこずりながら訊きました。
「それでもそのお宅で断られてしまったら、近くに他に民家はありますか?」
「無い無い。かなり町の近くまで行かないと無かったはずだ」
「そうなのですか。宿屋とは言わなくても、せめて東屋の一軒でもあれば助かるのですがね」
「なるほど東屋か。面白い、そんなものを作れば数年後には人の流れも変わるかもしれないな」
ユメッソスさんはボルドさんの一言に反応をしました。
「今日のところは東屋は必要ありませんよ。まさか大雨の中に追い返しはしないでしょう、まあ私に任せてください」
ダンクさんが吊るしたランプに火をともすと、自身ありげに微笑む顔が照らし出されました。
ボーとカグーはボルドさんの指示に従って、幌の縛れるところを縛って雨の吹き込んでくる隙間をなくしました。
雨具を着け終わってみると、ボルドさんはすっぽりと袋をかぶったような姿になりました。
頭からひざまでが鹿毛色の雨具に覆われて、つばの付きの小さな穴からわずかに目だけがのぞいています。
「僕こんなの初めて見た」
ボーが見とれると、ボルドさんは言いました。
「私のお気に入りさ、ゴムが塗られているから中には水がしみてこないんだ。雨の中を旅することも多いからね」
そして、ここから先は雨に濡れたくないユメッソスさんもご友人の家までこのまま荷台に乗って行くことに決まりました。
「ボルド殿、じきに左手の丘に石壁が見えてくるから」
ボルドさんが馬を繋ぎ直して、いざ出発の準備が出来上がってみると、雨はあっさりとやんでしまいました。
「やんだね」
「やみましたね」
皆は拍子抜けをして口々にそう言いました。
結局濡れたのはボーだけでした。
ランプは消され、また後部の幌が開けられました。
雨は止みましたが風はさらに強くなり、青空の下を黒い雲がすごい勢いで流れています。
嵐が近づいているのはもう誰の目にも明らかでした。
ボルドさんは雨具のまま手綱を取り、馬車は再び走りだしました。
お茶を飲む前より少し速く揺れながら。
馬車が走り出すとダンクさんはさっそくお話を語り始めました。




