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ボー  作者: RENPOO
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【贈り物】

「命を助けてもらったばかりか、とんでもないお願いまで聞いていただいて、本当にありがとうございます。私は一生あなたにお尽くしいたします」

鶴は僕に心からのお礼を言いました。

「どうぞこれを受け取ってください」

鶴は器用に首を丸めると、羽の間からくちばしで石を二つ取り出しました。

僕は受け取った石を二本の指でつまみ上げました。

どちらも小指の爪ほどの大きさしかありませんでした。

「これは何?」

「私の宝物です、不思議な出来事があって手に入れたのです」

「不思議な出来事?」

「はい、それは春の事でした。

その日も餌をあさっていた私は、水辺に咲く空色の桜の下で白い鯉を捕まえました。

いざ丸呑みにしようとした時に、その鯉が助けてと言ったような気がたのです。

私は驚いてその鯉を泥の上に降ろしました。

すると鯉は泥の上で私をじっと見つめました。

声こそ聞こえませんでしたが、私には鯉が何かを言いたがっているように思えてなりませんでした。

結局私は鯉をそっとくわえて水の上に返しました。

すると鯉は三度も潜っては水面に戻りを繰り返しました。

鯉は水面に上がってくるたびに何かをくわえて来ては岸に置き、それから水の底へと姿を消しました。

一つは木の実らしいものでしたが、私は鯉が帰るとすぐに飲み込んでしまいました。

二つ目が黒くてきれいな丸い石、三つ目はとがった石でした。

私はあの鯉が宝物をくれたのだと信じて、今日までずっと大事にしていたのです」

「ふうん、それって今日の話に似てるね、」

僕は小さな石から鶴の方を見直しました。

「実は僕も君の事を食べれるかもしれないって近づいたんだよ。なにしろ昨日から何も食べてないんだ、」

僕はもう食べる気が無い事を伝えたくて笑いかけました。

「もしかしたらその鯉も君みたいに魔法にかけられていたのかもね」

鶴は頷きました。

「はい、私はあの鯉は神様だったのかもしれないと思っているのです」

「神様か」

「はい、小さい頃に、牧畜の神ホルキルハが牛になって戻れなくなってしまう話を聞きました」

「あ、知ってる知ってる。最後には山羊になっちゃう話でしょ?」

「はい、ですからこれは神様の贈り物なのかもしれません」

「うん、その鯉は神様の化身だったのかもしれないね。でも、僕が神様の贈り物をもらっちゃってもいいの?」

「いまや私も私の持つ全ての物もあなた様の物です。どうぞお礼の証にお受けください」

鶴は神妙に頭を下げました。

「ありがとう、大事にするよ」

僕はちっぽけだけど気持ちのこもった贈り物を懐にしまいました。


雲は刻々と色と形を変えて流れて行きました。

二人で河や空を眺めていても、僕が期待した事はなかなか起こりませんでした。

だからとうとう鶴に訊いてみました。

「君は魔法にかけられた普通の女の子なんでしょ」

「はい」

「もう元の姿に戻っても良いんじゃないの?」

「はい、私もさっきからそれを考えていました。鳥になった時は、あっという間だったのに、なかなか人の姿に戻りません」

鶴も元の姿に戻らないのを不思議に思っていました。

「ね」

「何か足りないものがあるのでしょうか?」

「何かをすれば元の姿に戻れるとかなのかな?」

「何か・・・・・・」

「うんそう。例えば、ちゃんと結婚式を挙げないといけないとか、」

僕は、似合わない花嫁衣裳を着た鶴を想像してしまいました。

「それか、結婚式でするようにお互い贈り物をしあうとかかな」

「そうですね、ちゃんとした結婚式なら、神様へのご報告も必要ですね。でも地方や部族が違うと式もまるで違ったものになりますよね」

「うーん、そうだよね。僕の父さんと母さんも結婚式は挙げてないって言ってたなあ」

「それに、」

鶴はかちかちとくちばしを打ち鳴らしました。

「私、けっこう話をしていますよね」

「うん」

「人の言葉を話せるのはひと時だけと信じていたので、今までは一言もしゃべらなかったのです」

「うんうん、さっきそう言ってたよね」

「でも、私、いくらでもしゃべれます」

「本当だ」

「私がずっと考えていた事にはいくらか思い違いがあるのかもしれません。ああ、元の姿に戻るのに足りないのなら、一体それは何でしょう?」

鶴はとても不安そうに見えました。

僕は一生懸命考えましたが何も思い付きませんでした。

「うーん、何が足りないのか見当も付かないや」

いくら考えてもそれ以上は何も思いつきませんでした。

でも、鶴がとても不安そうに見えるので何とか安心させてあげたいと思いました。

「元に戻るのには時間がかかるだけだよ。もう少し待ってみようよ」



やがて陽は隠れ、対岸の木立や遠くの山並みは色を無くし黒い影となりました。

もうじきに暗くなるでしょう。

「魔法か、使えたら便利だよね」

僕がつぶやくと鶴は僕の顔を見ました。

「もし僕に魔法が使えたら、隼になって魔法使いの所に飛んでいこう。魔法使いの前で姿を現して、『今すぐ鶴を元の姿に戻さないとお前をトンボにしてしまうぞ!』だ」

「すごい。勇気ある良き魔法使いですね」

鶴は喜びました。

「うん、そして君が元の姿に戻ったら、お祝いに甘いパンとお菓子を世界中の人の上に降らせよう」

「まあ、世界中に?」

「うん。家に居る人の上にも、旅の途中の人の上にも」

「素敵。そんな魔法使いがいればいいのに」

「ああ、でも」

「何ですか?」

「うん、もし魔法が使えるなら魔法使いと戦わなくても、すぐに君を元の姿に戻せるじゃないか」

「そうですね」

僕たちは二人で笑いました。

僕は空を見上げました。

「一生に一回くらい食べ物が降ってこないかな。できれば今」


僕たちは並んで待ちました。

ときどき強い風が吹き、川面に無数の三角の波紋が立っては流れていきました。

風は強いけど寒くもないし、隣に話し相手が居るので待つ事は辛くありませんでした。

「もしこのまま何も起きなかったら、二人でいろいろ試してみようよ」

僕がそう持ちかけた時に、鶴はくいと顔を対岸に向けました。

「思い出しました。今朝私は河の向こう岸で桃の木を見たんです」

桃と魔法に何か関係があるのかと思いましたが、そうではありませんでした。

「私には大き過ぎるので手を出さなかったんですけど、一っ飛び取ってきます」

鶴は僕のおなかの心配をしてくれたのです。

「本当に?食べれるものなら何でもありがたいや」

「はい、すぐに帰ってきますね」

鶴は大きな翼を広げると、優雅に舞い上がって風に乗り、あっという間に広い河を飛び越えました。


白い姿は黒い陰に変わり、向こう岸の木立のさらに向こうへと消えて行きました。


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