【放浪】
私はそのあしで、と言うかその翼で、家を探しました。
母はの為にならどんな事でもしてくださいます。
私は母の元へと一心に飛びました
空から見下ろす景色はまるで見慣れないものでした。
家々の屋根はまるでモザイクで現実とは思えませんでした。
自分の家をなんとか見つけて私は表通りに降り立ちましたが、今度は近所の子供たちに見つかってしまいました。
子供たちは私を見つけるなり、遊びに使っていた棒を手に駆け寄って来ました。
私は危ないところでまた飛んで逃げました。
もう人に近付くのが怖くなった私は人を避けて飛びました。
そして町の北の湿地まで飛んで行くと、そこには数え切れないほどたくさんの鶴がいました。
中には力になってくれる者もいるだろうと考え、私は群れの中に降り立ちました。
鶴の言葉ではじめましてはどう言えば良いのかしらと思いながら、私は手近な鶴に近づきました。
でも、鶴たちは言葉を持っていませんでした。
鶴は私の助けにはなりませんでした。
ただ、それでも人と違って襲ってくる事もありません。
私は沼に脚をつけて、やっと落ち着いて考える事ができました。
あの憎らしい大臣はたかが宝石欲しさに兄を殺し、そして今度は私に魔法をかけたのです。
一度しゃべったあとは人の言葉を忘れてしまうとも言っていました。
これも魔法なのでしょう。
それが本当ならうかつに話すことはできません。
母の元に飛んで行って、私は娘だと叫んだところで、そこで人の言葉をしゃべれなくなり、それまでだった事でしょう。
考えようによっては、すぐに母に会えなかったのは運が良かったのかもしれません。
私は元に戻れる日まで言葉は大事に取っておこうと心に刻みました。
また、あの大臣は私に笑ってみろとも言っていました。
鳥の歯を見せれば魔法を打ち破れるとか。
それならば、どうにかあの男の前に戻り、笑いかければ魔法が解けるかもしれません。
ただ、あの恐ろしい男の前で上手に笑う自信がありませんでした。
「あそこの鶴を大臣に見立てよう」
心配になった私は試してみました。
するとやはり、あの男が近くに居ると思っただけで怖くて脚が震えました。
再び近づいた時に今度はどんな魔法をかけてくるかわかりません。
私はなけなしの勇気を振り絞って、見知らぬ鶴を睨みました。
しかしそれでも笑う事はできませんでした。
あの残忍な顔を想像しただけで、楽しさもうれしさも湧き上がって来ません。
「それなら、あざけるように笑ってみせよう」
私は頑張って頑張ってくちばしを開き、どうにかこうにか代役の鶴に笑いかけました。
ところが、そこには見せるべき歯がありませんでした。
鳥にはくちばしはあっても歯はないのです。
あの意地の悪い大臣はかなわぬ難題を投げかけていたのです。
歯が見せられないのなら、私は別の方法で元の姿に戻らなければなりません。
たしかあの大臣は人の男が夫にならなければ、とも言っていました。
という事は人と結婚すれば元の姿に戻れる道理です。
ただ失敗はできません、断られでもしたらそれきりです。
なぜなら私には魔法のおかげで話す機会が一度しか無いからです。
どんな人なら説得できるでしょうか、私は一生懸命考えました。
若い人、老いた人、賢い人、おろかな人、誰かいるでしょうか。
私が人の姿に戻れると信じてくれて、鶴と結婚をしても良いという人・・・・・・考え抜くと、ついに一人だけ思い当たりました。
私はあの大臣との結婚を承諾すれば元の姿に戻れるのです。
なんと言う狡猾な呪いでしょう!
周りの鶴たちは、何羽も連なって優雅に風に乗ったり、冷たい水の上で相方とダンスを踊ったりと楽しげでした。
私は独り、取り残された絶望感を感じました。
私にはあの男にへりくだって結婚をする事など死んでもできません。
それから長い間、私は行くあても話し相手も無い惨めな旅をしました。
鶴たちもいつの頃にかどこかへと一羽残らず飛び去ってしまいました。
何度かは家の近くまで飛んで行きましたが、家族を目にする事はできませんでした。
毎日昼間は飢えをしのぐ為に食べ物を探しました。
おなかが減っても人が食べるようなものは手に入らないので、木の実や虫や魚、ザリガニでも生のまま飲み込み命を繋いできました。
どんなに嫌でも気持ちが悪くても、何も食べないわけにはいかなかったのです。
夜は毎晩、水辺に片足で立って丸くなり、兄や自分の身の上を思い泣きました。
どれほど考えても元の姿に戻る方法は思い付きませんでした。
そしていつものように水辺で餌をあさっていた時にあの網が足首を締め付けたのです。
鳥の脚や口では解く事はできませんでした。
けものに見つからなくてもこのままではおしまいともがいているうちに、あなたに見出されたのです。




