【貴族】
「すごい」
ボーは感心しました。
「そうだね。この話が本当なら、ものすごい呪いだ」
ダンクさんは微笑みながらお茶を飲み干しました。
「違うよ。話もすごかったけど、話し方がすごいと思ったんだ。まるで別の人が話しているみたいだった」
「うんうん、私もそう思ったわ」
カグーも大きく頷きました。
ダンクさんは茶碗を片手に仰々しくお辞儀をしました。
「お褒めに預かり光栄です」
話をしている最中はもっとがらの悪い人に見えたのに、今はもうすっかり元の軽妙なダンクさんでした。
「ねえ、それで今の話は本当なの?ダンクさんはこの話を信じてるの?本当に呪いで人は死ぬの?」
ボーはあらためて訊きました。
「私が話を聞いたのは本当だよ。この前聞いたばかりのほやほやだ」
ボーはどきどきしました。呪いの首飾りなんて今まで聞いた事も無ければ想像すらしたことも無かったのです。
ボルドさんも言いました。
「私も隣で一緒に聞いていたよ。だけどもしかしたらあの料理人の作り話だったのかもしれないね」
ダンクさんは頷きました。
「そうですね。本当かどうか真剣には考えていなかったな。話半分に聞いていたよ。実際旅をしているといろいろ不思議な話を聞くんだ。例えば人を丸呑みにする大蛇とか、大泥棒が隠した国が買えるような財宝とかね。でも不思議な話はやはりとても信じられない物ばかりだよ」
ボルドさんも頷きました。
「私も呪いで人が死ぬなんていうのは信じられませんね。作り話で無かったとしても原因が他にあったのかもしれません。人を狂わせる首飾りとか、病気を引き起こす首飾りとか」
ダンクさんはそれを聞いて笑いました。
「ボルドさん、そんな首飾りも無いでしょう」
ボルドさんも笑いました。
「そうだね、私も聞いた事が無い。じゃあたまたま偶然が重なってそう見えたのかもしれませんね」
「とは言え、噂の首飾りが本当にあるのなら、私はぜひ一度間近で見てみたいものです。ただし、」
ダンクさんは正気かどうか疑いたくなるような事を言い、急に真剣なまなざしでボーの目を見つめました。
ボーは緊張しました。
ダンクさんは大きな声を出しました。
「うう、見るんじゃなかった!もうすこし長生きしたかった!と、いまわの際に後悔するかもしれないけどね」
真に迫って苦しそうに言ったダンクさんに、ボーはびくっと驚かされました。
驚いたボーも周りの皆も笑いました。
ボーはすっかり乗せられてしまいました。
笑いが落ち着くと、ボルドさんはポットを手にお茶のおかわりを勧めました。
「不思議な話だね、」
今度はボーが真剣な目でダンクさんを見つめました。
「呪いじゃあないけど、僕にも昨日、とっても不思議な事が起きたんです」
「ほほう、どんな事だい?」
ダンクさんは身を乗り出しました。
「昨日と言う事は、フープ松の下で寝転がった後だね?」
ボーはダンクさんを見つめたまま頷きました。
カグーも目を輝かしてボーの顔を覗き込みました。
ボーが今まさに話し出そうとしたところで、
「おやあれは?誰か来るね」
一番出口側に座っていたボルドさんが幌の外に首を伸ばしました。
街道の後方から色も鮮やかな馬が近づいて来ます。
馬自身はよくいる茶の毛色ですが、馬具や飾りがまるでお祭りのように赤く飾り立てられています。
背筋を伸ばして馬に乗っている男の上着も鮮やかな赤です。
帽子も赤で、帽子に付いた大きな羽飾りが風にたなびいています。
金持ちの農場主でもこんな格好はしていませんでした。
しいて言うなら、農場主が偉い人にお呼ばれした時のおめかしがこれに近い感じでした。
つまり、この人はああいう時の農場主が会う相手、貴族に違いありません。
「立派そうな人だ。お近づきになりたいな」
ダンクさんは言いました。
声が届くくらいまで馬が近付くと、ボルドさんは荷台から手を上げて呼び止めました。
「こんにちは」
馬はわだちを外れて荷台へ近づいてきました。
ボルドさんは荷台の中から挨拶と自己紹介をして、天気の話をしました。
馬上の貴族はユメッソスと名乗りました。
「なるほど、やはり嵐ですか。家を出たときは急いでいたので気付かなかったのですが、道すがら嵐になりそうだとは思っていたのですよ」
貴族のユメッソスさんは空模様と街道の先を見比べました。
「まいったな、今夜は帰れないかもしれないな」
ユメッソスさんは馬を荷台の入り口に横付けにして、馬上の高い位置から幌の中を覗き込みました。
すると荷台になにやら花の様な香りが入ってきました。
ユメッソスさんがおしゃれで使っている香水の匂いです。
「おや、お茶ですな。」
「よろしければ一緒に一休みしていきませんか?」
ボルドさんはボーを誘った時と同じように愛想良く言いました。
「ありがたい。急いだところで今日は帰れそうもないし、一杯ご馳走になりましょう」
ユメッソスさんは馬を降りて、かぶっていた帽子を鞍に取り付けました。
ボーにはひげが一本も生えていませんが、ユメッソスさんはあごにきれいに刈り込まれたひげをたくわえています。
歳と背はダンクさんと同じくらいで、少しの体重と髪の毛が多い程度の違いです。
ユメッソスさんは力強く荷台に上がると、薦められた箱の上ををぱっと手で払ってから座り、茶碗を受け取りました。
さらに一人が増えたので荷台はますます狭くなりました。
ユメッソスさんはひとりひとりに話しかけながら挨拶をしました。
「お招き感謝いたします。ボルド殿は遠い外国のお生まれですな、アイエイアの人とは違ったお顔立ちだ、とても立派な鼻をしていらっしゃる」
ボーはそれを聞いて納得しました。
ボルドさんは外国の生まれだから自分たちと人相や皮膚の色がちょっと違っていたのです。
「ダンク殿、はじめまして。立派なベルトですな」
たしかにダンクさんは短剣が下がった金具の大きなベルトを付けていました。
ユメッソスさんはボーよりもずっと目ざとい人のようです。
「いえいえ、これなどは大した物ではありません。ユメッソス様のお召し物や馬具の足元にも及びません」
ダンクさんはほめ返しました。
「それに馬に取り付けてあるあの弓と矢筒はとびきり豪華ですね」
「おお、わかるかね。あれは自慢の弓なのだ」
ユメッソスさんは弓をほめられるとまんざらでもない顔をしました。
するとダンクさんはさらにほめました。
「やはりそうですか。あの仕上げは大したものです。あんなに立派な弓は初めて見ました」
するとユメッソスさんはますます上機嫌になり、にこにこしながら自分のあごひげをしごきました。
「はじめまして、ボー君。君は狩りは得意かい?弓で射るやつ、弓を射った事が無いのか。そりゃ残念」
最後にユメッソスさんはあやうくカグーへの挨拶を飛ばしそうになりました。、
「この子も旅のお仲間かい?あ、そう。これはかわいい娘さん、どうぞよろしく」
服がぼろすぎて召使いか何かだと思ったのかもしれません。
ユメッソスさんは一通り挨拶が終わるとやっとお茶を飲みました。
「うーん、これはおいしいお茶だ。とても香りがいい」
でも今やお茶の香りは良くわからなくなっていました。
「いや、我輩にも娘がいましてな、たぶんカグー嬢よりもいくつか年上だ」
「さようでございますか。それで、さぞおかわいいのでしょうね?」
ダンクさんはユメッソスさんにすかさず合いの手を入れました。
「困ったことにな、」
ユメッソスさんはダンクさんの方を向いてそう答えましたが、その表情は少しも困っているようには見えません。
「我輩がどこかから帰ってくると必ず一番に走ってきて、『お帰りなさい。どこへ行って来たの?お土産は?』と毎回聞くんだ」
「いやあ、毎回必ずですか、それはたまらないでしょう」
ダンクさんはにこやかにユメッソスさんの話に勢いを付けました。
「うむ、聞かれる事が喜びになってしまってな、わかっていはいるのだが、出かける度に何かみやげを探してしまう」
ユメッソスさんはダンクさんに乗せられて立て板に水のごとく娘さんの話をしました。
「そうでしょうとも。お察しいたします」
「うむ、目下どこに嫁にやろうか婿探し中なのだが、結婚して家を出て行くと思っただけで悲しくて寂しくて。ずっと婿など見つからなければ良いと思ってしまう」
ユメッソスさんは娘の事を思い浮かべてとろけるような顔です
「わかります。何よりも大切に思っていらっしゃるのでしょう」
「うむ、貴殿にもわかるかね」
ユメッソスさんの香水と着ている物はちょっと主張が強すぎます。
それでもユメッソスさん自身はボーが想像する貴族とは違い、お高くとまっていない話し易い人でした。