【呪いの首飾り】
それは呪いの首飾りなんだ。
見事な宝石が付いているらしいが、ただ見事だとか立派だとかじゃあ済まなかった。
なんとたった二日間でこの首飾りを目にした五人の男が命を落としたんだ。
一人目はこの首飾りを作った細工師で、王様にこれを売りつけた。
ところが取引が終わったとたんに急に返して欲しいと言い出した。
しかし首飾りをたいそう気に入った王様は返さなかった。
返せ返せと暴れだした細工師だったが、突然雷に打たれたように倒れてそれきりこときれてしまった。
二人目は泥棒だ。
たまたまその同じ日に王宮に押し入った泥棒がいた。
おそらく首飾りを目にしたのだろう、泥棒は他の宝物には目もくれず、恐れ多くも首飾りをお召しの王様に忍び寄った。
だがなにしろ国で一番厳重な場所だ。
泥棒は王様や首飾りに触れる寸前で衛兵に取り押さえられて殺された。
こうして王様は無事首飾りを所有された。ことのほか気に入られたが、その晩高熱を出して苦しみだしたかと思うと、翌朝を待たずに亡くなられてしまった。
これはただ事ではないと、亡くなられた王様の大臣は翌日さる高名な賢者を呼び出した。
さてどうしたものかと大臣と賢者が首飾りを前に相談をしていると、二人の前に突然長い牙と鋭い爪を持った魔物が現れた。
なんと異界の魔物もこの首飾りを狙っていたんだ。
古豪の将軍がすわ一大事と兵隊を集めて塔に駆けつけた。
ところが塔に到着した時には既に遅く、兵たちがその部屋で見たのは二人の死体と、魔物の死骸だった。
呪いがあまりにも強すぎた為に、高名な賢人も異界の魔物でさえも命を奪われたんだ。
そしてさらに不思議な事に、首飾りはその時に失われて以来見つかっていないのだ。
おや、なんだいその顔は?
お前さん、疑っているのかい?
ああ、もちろん本当だとも。
なぜ俺がこんなに詳しく話を知っていると思う?
今はこんな宿屋で働いているが、これでも俺は王宮勤めの料理人だったんだ。
こんな事が無かったら俺はまだ王宮で働いていたさ。
事が起きた二日後には辞めてここまで逃げてきたんだ。
それでも俺は逃げ遅れた方の部類さ。
何しろ厨房に話が伝わって来るまでには少し時間がかかるからな。
俺もこの件を詳しく知るまでは、なぜ王宮から人が減っていくのか不思議に思ってたくらいだ。
例えば、例の魔物の死骸があった塔を警備をしていた飲み友達のウルルって言う奴なんかは、俺に挨拶も告げずにその日のうちに居なくなっていたよ。
俺はあちらこちらで何が起きたのかを聞きまわったが、うわさやデマも飛び交っていたから、どれが本当でどれがでまかせか良く見極めないといけなかった。
敵国の陰謀とか王位争いの暗殺なんていうお決まりの話の他にも、死んだ王様の魂が降臨したとか、魔女が煙のように姿を消したとか、そりゃあもうめちゃくちゃだったさ。
あれからもう何ヶ月も経っているが、今いったいどれだけの人が本当の話を知っているか怪しいもんだ。
とにかく、俺は真実を見極めたあとは俺は半日もそこに居なかったね。
そりゃそうだろうが。
料理人の給料は良かったが、もし皿を洗っている桶の中にそんな首飾りが紛れ込んでいてみろ、
「こんな所で見つかりましたよー」
じゃすまないじゃないか。
命あってのものだねってね。
今はこうして呪いなんかとは縁のない生活をしているのさ。
収入は減っても、生きてさえいれば酒と食い物はどこにでもあらあね。
おっとお兄さん、ジョッキが空じゃないか。酒のおかわりの注文は?
きちんと道理をわきまえている人間ならいつまでものんびりはしていないさ。
俺にはいまだに王宮で働いているやつらの気が知れないね。
え?そもそも呪いなんてあるのかって?
お兄さん、見たところ旅慣れていそうだ。
世界中どこへ行っても呪いと言う言葉は耳にするだろうね。
でもそれらは大抵いんちきさ。
実際、俺の生まれた村にも、呪われた男って言うのが居たんだ。
名前はドビス。
生まれつき顔が半分崩れているんだ。
髪の毛を伸ばして顔を隠しちゃいるが、しゃべるのも歩くのもおぼつかないところがあって結構目立つんだ。
あの男は呪われているから近づくなと、誰もが言っていた。
俺もガキの時分は信じて怖がっていたが、大人になって話してみると中身は別に普通と変わっちゃいなかった。
結局、何十年経とうがドビスの周りで人が死ぬようなことは何一つも起きなかった。
あれも呪いじゃなかった。
世の中で気軽に言われている呪いなんてのは嘘っぱちばっかりさ。
だがな!
それでもあの首飾りは本物だぜ。
一人どころか五人も死んでいるんだから。
ああ、俺はこの先一生、王宮には近づかないつもりさ。