【麻袋】
いくつもの国を何ヶ月もかけて歩いて渡ると、ある国で王様の行列がペンを見咎めました。
家来がペンの前に来て言いました。
「こら麻袋、王様のお尋ねだ。何ゆえお前はそんな汚い麻袋の中から行列を覗いているか」
ペンは麻袋の中から答えました。
「いいえ決して覗き見をしているのではありません。顔の出来が悪いのを隠しているのでございます」
返事を聞いた王様はペンを傍に呼び立てました。
「これ麻袋、そのまずい面というのをちょっとだけ見せてはもらえぬか?」
「王様、これはとても王様にお見せできるようなものではありません。でも私は人並み以上に働きますからどうぞ王様の家来にしてください」
珍しいものが好きな王様は面白がって麻袋を取り立てました。
近くに置いておけば出来の悪い顔がどのようなものか見る機会もあるだろうと思ったのです。
麻袋は厩番の一人として取り立てられると、すぐに王様のお気に入りの馬丁となりました。
馬の扱いに間違いはないし、麻袋をかぶったままでも充分目立って面白がられたのです。
麻袋はまじめに働きましたが人前では決して素顔を見せませんでした。
その代り、夜中にこっそりと寝床を抜け出すと、誰もいない中庭で麻袋を取る事がありました。
夜風は頬にとても気持ち良く、そんな時のペンは池のふちに腰掛けて美しい声で故郷の歌を歌うのでした。
そのまま二年余りが過ぎました。
今年も秋が近づくと祭りの準備が始まり、人々が高揚し始めました。
漁が盛んなこの国ではヘケーの祭りは毎年三日もかけて盛大に催されるのです。
麻袋も、また魚のごちそうが食べれそうだぞと期待しました。
麻袋が厩に向かい中庭を歩いていると頭の上から声がしました。
仰ぎ見ると高い塔の窓から顔を出す妹姫様でした。
「ねえ麻袋麻袋、馬たちは元気かしら」
「はい皆元気です。お乗りになりますか?」
「いいえ聞いてみただけ。そうだこれを差し上げるわ」
お姫様は布切れを放り投げました。
ペンが拾い上げて押し戴くとそれはヘケー帽でした。
ヘケー帽さえかぶっていれば誰でも広場の中央でヘケー神の代わりに踊れるのです。
麻袋はその夜一人でこっそりとヘケー帽をかぶってみました。
するとうまい具合に頭のきのこがカワイルカの口に隠れました。
これなら立派な若者がヘケー帽をかぶっているとしか見えません。
果たしてお祭りの日が来ました。麻袋は朝の馬の世話を終わらせると広場へと向かいました。
広い広場は色も大きさも様々な天幕に囲まれていました。
いたるところで魚が調理され、お酒がふるまわれています。
王様の天幕もあります。
広場は大勢の人で埋め尽くされ、国民も兵隊も王様さえもがお祭りを祝っています。
広場の真ん中には既に二百人を超えるヘケー帽が集まっていました。
青いヘケー、黄色いヘケー、縞模様のヘケー、その他色とりどりのヘケー神が天に向かって飛び上らんばかりに踊っています。
ヘケー帽をかぶったペンもそこに加わると一緒に踊りました。
輪になって踊っていると隣のヘケー帽の女性が話しかけてきました。
広場のどのヘケーよりも華やかでかわいいこのヘケーは、帽子を投げよこした妹姫様でした。
「踊りがお上手なのね」
「うまいかどうかはわかりませんが好きなのです」
「ねえあなたは見かけない方、どちらからいらしたの?」
「うまや、じゃなくて西の国からです」
やがて競い踊りが始まるとペンは広場の真ん中に進み出ました。
ペンは仔山羊のように跳びはね、風に舞う木の葉のように回りました。
誰もが他の誰よりも上手に踊るペンに喝采しました。
競い踊りの今年の一番手は断然ペンでした。
踊りが終わった頃にはもう夕方でした。
ペンは厩へとかけ戻り、麻袋をかぶり馬の世話をしました。
夕食のなまず料理を食べて厩に戻ると、また中庭で上から声がしました。
「ねえ麻袋麻袋、馬たちは元気かしら」
「はい皆元気です。お乗りになりますか?」
「いいえ聞いてみただけ。今日はヘケーの祭りには行かれたの?」
「いいえ、ずっと馬の番をしていました」
「まあ残念、それは踊りの上手な殿方がいらしたのに」
「そんな上手なら見に行けばよかったです」
「そうだこれを差し上げるわ」
お姫様が塔の窓から投げてよこしたのは網琴でした。
麻袋は網琴が地面に落ちる前に受け止めるとお礼を言いました。
翌朝もペンは馬の世話を終わらせて広場へと向かいました。
広場の真ん中にもう百人以上のヘケー帽が集まっていました。
手ぶらのヘケーもいれば、太鼓や笛を、つまり得意な楽器を携えているものもたくさんいました。
ペンも急いでそこに加わり一緒に踊りました。
昨日のペンの踊りを覚えていた人たちは歓迎しました。
「昨日は見事だったな」
「お前網琴なんか弾けるのか」
「俺は太鼓の方が自信があるんだ、今日は負けないぞ」
競い歌いが始まると百人のヘケーは順々に歌や演奏を披露しました。
ペンの順番では、網琴は美しい調べを奏で、ペンの低い声は広場の端まで響き渡りました。
広場中の人々が手を止め目を閉じてペンの歌に聞きほれました。
今年の一番手だと言う賞賛と喝采がペンに送られ、大勢の娘ヘケーがペンを取り囲んで踊りました。
ペンを取り囲んだ中で飛びぬけてかわいいヘケーが言いました。
「昨日の方、歌もお上手なのね」
「うまいかどうかはわかりませんが好きなのです」
「そうでしたわね。ねえあなた、何をしにここへいらしたの?」
「自分の運を見つけに来たのです」
踊りが終わった頃にはやはり夕方でした。
ペンは厩へとかけ戻り、麻袋をかぶり馬の世話をしました。
麻袋が夕食の鯉料理を食べて厩に戻る途中、中庭で上を仰ぎ見ると高い塔の窓から妹姫様が見下ろしていました。
「ねえ麻袋麻袋、馬たちは元気かしら」
「はい皆元気です。お乗りになりますか?」
「いいえ聞いてみただけ。今日はお祭りをご覧になったわよね?」
「いいえ、ずっと馬の番をしていました」
「まあ残念、それは歌の上手な殿方がいらしたのよ」
「そんなに上手なら見に行けばよかったです」
「そうだこれを差し上げるわ」
お姫様は長い物を窓から突き出して落としました。地面に突き立ったのはちゃんとした槍でした。
ペンは槍を引き抜くとお礼を言いました。
翌朝ペンは馬の世話を終わらせて広場へと向かいました。
ヘケー祭りの最終日、広場の真ん中にはもう既に数十人の腕自慢のヘケー帽が集まっていました。
進み出ているヘケーは男ばかりで、全員が竿か槍を持ち、準備に余念がありません。
ペンも見事な槍を携えてそこに並びました。
昨日一番の歌を聞かせた男だと気付くと観客たちは一斉にペンに歓声を上げました。
「お前今日はやめといたほうがいいんじゃないのか?」
「昨日は見事だったな」
「槍だけは自信があるんだ、今日は負けないぞ」
ライバルたちの中にはへらず口を叩く者も居ましたが、それも試合が始まるまででした。
一回戦二回戦三回戦とペンは相手の槍に触れさせもせず一振りずつで打ち倒しました。
口だけの男たちは次々に敗退し、ペンを含めた四人のつわものだけが勝ちあがりました。
ペンの次の相手は異国から来た大男でしたが、その試合が始まる前に前に広場に馬が駆け込んできました。
「王様、大変です。隣の国が大軍を率いて攻めて来ました」
報告をすると兵隊は馬から落ちました。
兵隊の背中は傷を負い血だらけでした。