【馬車】
それは呪いの首飾りなんだ。
見事な宝石が付いているらしいが、ただ見事だとか立派だとかじゃあ済まなかった。
二日の間にこの首飾りを目にした五人の男が命を落としたんだ。
ボーはわだちの上を歩いていました。
草のはげた跡が無ければここが街道だなんて誰にもわかりません。
もし鳥が空から見下ろせば、街道が大きな大河に沿っているのが見えるでしょう。
その鳥がもっと高く飛べば、周りには緑の自然以外何も無いのがすぐにわかるでしょう。
そんな名前だけの街道をボーは水腹を抱えて歩き続けていました。
すると、道端で小さな木がとげとげの実を風に揺らしていました。
ただ、ちっともおいしそうには見えません。
でもボーはなるべく大きい実を、なるべくたくさん摘みました。
実を摘みながら振り向くと街道の後方から一台の馬車が近づいていました。
風の音のせいで今まで気配に気が付かなかったのです。
作物を運ぶ荷車とも町中で金持ちを乗せて走るドア付きの馬車とも違います。
幌の付いた馬車です。
二頭の馬が引く馬車を年をとったおじさんが御しています。
ボーが眺めているとおじさんの後ろの幌がひらりと動きました。
荷台にも誰かが乗っていてこっちの様子を伺ったのかもしれません。
「何の馬車だろう?」
馬車は次第に近付いて来ます。
馬車を眺めながら歯で木の実に傷を入れると刺激の強い苦味がありました。
ちっともおいしくありませんが、中にはましな果肉があるかもしれません。
ボーは苦味を吐き出して皮をむきはじめました。
「ほーい、少年。どこへ向かっているのかね?」
声が届くくらいまで馬車が近づくと御者台のおじさんが陽気に挨拶をしてきました。
やさしそうな表情ですが、人相はちょっと変わった感じです。
ボーの鼻の穴は前を向いていますが、おじさんはすごく高い鼻をしています。
ボーは返事をしながら馬車について歩きました。
「こんにちは……そうだ、僕はどこへ行くかまだ決めてなかったんだ。えーと、こんにちは。風の強い日ですね」
ボーは愛想の良いおじさんになるべく丁寧に挨拶をしました。
でもおじさんは行き先を答えられないボーを笑いました。
「おや、行く先を決めてないなんて、なんとのんきな旅人さんだろう」
おじさんの言う事はもっともです。
「そうだね」
こんな田舎道を歩いていながら目的地が無いなんてまともじゃありません。
「それとも行き先もわからない不思議な旅でもしているのかな?」
ボーは首を振りました。
「その上、これをただの風だと思っているのかい?」
「え?」
「風が強いのは嵐が近づいているせいだよ」
「嵐が来るの?ただの風じゃなかったんだ」
「その通り。私の予想では今晩にも大きな嵐が来るね」
おじさんはボーの握っている実を見て、さっきの道端の木を振り返りました。
「おや、それは曼陀羅華かな?」
「ううん、知らない。そんな変な名前なの?」
「確かに耳慣れない響きだね、天国の花と言う意味だよ」
「天国の花」
「そう、あるいは天使のラッパとも呼ばれる草だ」
「天使?」
「そう、天使というのは小さな神様の使いだよ。先の広がった筒のような花びらを、ラッパに見立てたのだろうね」
おじさんは物知りでした。
「名前が二つもあるんだ」
ボーは自分の持っている実が天国や天使と言う名前通りにおいしいと良いなと思いました。
「そうだね、一つの物が別の場所では別の名前で呼ばれると言うのはよくある事だね」
「そうなんだ」
「あの草は別の地方ではさらに違った名前で呼ばれているよ」
「へえ、なんて言う名前?」
「キチガイナスビだ」
「キチガイナスビ?」
三つ目の名前は物騒な響きでした。
「そう、この名前は性質を表しているんだ。つまり毒草だよ」
いくら腹ペコでも毒なんか食べたくありません。
ボーは片手いっぱいに集めた実を全部道端に捨てました。
おじさんは笑い、そして親切にも見ず知らずのボーを誘いました。
「どうだい、良かったら一緒に乗って行くかい」
「乗ってもいいの?でも僕、お金は持ってないよ」
「お金なんかいらないよ、長旅の暇つぶしに楽しい話でもできればそれで充分さ」
知らない人に誘われたら気を付けなければいけません。
でもおじさんはやさしそうで悪い人にはとても見えません。
それに馬車に乗せてもらえたら行き倒れにならないですみます。
「ありがとう」
ボーは御者台の横の手摺りに手を伸ばしました。
「ちょっと待ちなさい。今停めるから」
おじさんはそう言いましたが、ボーは、
「大丈夫」
と動いたままの馬車にするするとよじ登りました。
「ほほっ、身が軽いね」
おじさんは喜びました。
「うん、歩いている牛や馬にだって乗れるよ」
「そりゃすごい。うらやましい限りだな」
ボーが隣に来るとおじさんは自己紹介をしました。
「私の名前はボルド。この馬車で旅商売をしているんだ」
「僕はボーと言います」
「ボー君も旅の身なんだろう?」
「うん、もう五日も歩きっぱなしなんだ」
「五日も歩き通しか、それは大変だったね。どこか良さそうな所に付くまでは荷台でくつろいでいなさい」
旅商人のボルドさんはにこにこと言いました。