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エトワール

作者: 佐倉さくら

 これは、夢を叶えたかった子供と夢を正当化した大人の話である。


 昔々あるところに、ある程度真面目に人生を送ってそれなりに経験を重ね、人並みに生きてきた、私という小娘がおりました。その子の唯一の特技はクラシックバレエでした。3歳から14歳の11年間を、時計がまわることに疑念を持つこともなく、爪先立ちでくるくるまわる夢の世界を作るために費やしました。

 季節を問わずサウナ状態のレッスン場とはいえ、ワンテンポの遅れや角度の乱れは人を夢から覚ましてしまいます。夢をつくるには技量が、美しい角度を保つには努力が要るのです。女の子は夢の世界を作るため、大変熱心な時期は月火水木金土日とレッスン場で、地面から離れることで少しでも現実味をなくすために作られた靴の中を血で滲ませていました。

 その頃の私の夢は、エトワールになることでした。エトワールとは、プロのバレエ団でのトップダンサー、いわゆる主役を張れる存在を指します。私はそのエトワールになることを夢見ていました。

 結果を先にお伝えすると、私はエトワールにはなれませんでした。実力と努力が足りなかったのももちろん一因ですが、このまま練習を重ねてもエトワールになれないということに気付いてしまったのです。遠すぎる未来、努力が報われない現状。私は普通の子供でした。塾を続けるかバレエを続けるか。私は結果の見えやすい未来を選び、数学の点数を倍に、偏差値を15上げました。


 「寒っ。」まだ10月にも関わらず、分厚いダウンにまで染みこむ寒さに、思わず声を漏らす。久しぶりに星が見たくなり、時間も気にせず外に出た。家から歩いて5歩の白いガードレールの敷居を跨ぐと、そこは何の変哲もない公園である。

 ベンチが三つと土管があるのだが、迷わずジャングルジムにのぼる。そこは、親と喧嘩して家を出ると飛び出した際に、人に迷惑をかけたくはなかったが故に世話になった場所で、星をみるときはその棒で形成された正方形にのぼるのだった。電灯のほのかな光を導べに少しずつ冷たい棒に足をかけ、正方形の頂上なる逃避空間を目指す。

 久しぶりの頂上に辿りつき、眼鏡の指紋を拭ってかけ直す。中学校入学時から着用していたコンタクトレンズではなく眼鏡を選んだのは、その方が視力が良くなるように設計されているからだ。毎日様々なものが見えすぎるということは、何にしろしんどいものである。たまに眼鏡をつけて学校に行くのだと、度がきつすぎてふらふらとするのでいつもは引き出しにしまってあるのだ。

 そろりと寝転がり、いくつかの細い棒で身体を支える。ベッドほど温みは無いが、その妙な不安定さと田舎の星空が、私を逃避空間へと誘う。


 エトワールはフランス語で星を意味する。私はあの教室で一番努力していた。少なくとも一番練習していたし、夢の表現へ向けて研究を重ねることに時間を惜しまなかった。大人を交えた発表会では、当時9歳の子供であるにも関わらず、来場者を夢に誘う世界のど真ん中でソロを踊らせてもらえた。私はエトワールになりたかったが、あの舞台で私はエトワールだった。

 もうすぐ私の20歳の誕生日がやって来て、世間的には大人になる。


 一等星と見間違うほどに美しい彗星が、段々と遠ざかって小さくなった。なぜだか、涙が頬を伝った。


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