終章:『文芸部』
「これで、今回も一件落着……か。」
地球のどこかの白い城。
“箱庭”をしまい、彼らを転送しながら、“永久の白無垢”は呟いた。
「だけど……やっぱり、今回も見逃した。」
相手はもう分かりきっている。
……“姿無き漆黒”。
私が“魔女”になった理由であり、そうあり続けている理由である。
「直接とっ捕まえられたら、どんなに楽か……!」
そう出来ない。その理由は単純明快。
あの土地が、ある者たちの縄張りだからである。
では、誰の縄張りか。それも簡単だ。
あの土地には古くから伝えられ、守られてきた“魔宝”がある。
すなわちそこは、その所有者たち。“四人の魔宝使い”の領有地なのだ。
本人たちに自覚が無かろうと、その力は強大だ。
正直な所、私自身、彼らに敵うとは思っていない。
そんな場所に単身で乗り込むほど、私は馬鹿ではない。
増してや魔術師連中に、そんな我儘に付き合ってくれるような馬鹿がいる事は期待出来なかった。
彼らが私を傷つけるような事は、きっとありえない。わかってはいる。
しかし、魔術師としての長い人生は、他人を信用する事を忘れさせた。
……そして結局は、彼ら“四人の魔宝使い”に協力を仰ぎ、それを遠くからサポートする。
それ以外の策は考えられなかった。
「上手くいかないなぁ……どうしてこう、『信じる』っていうのは難しいんだろ……。」
それさえできれば、目的は意外と簡単に遂げられるのかもしれない。
まあ、出来ないのだからその推測は意味の無い物なのだが。
それを思い出す為には、もう“魔術”か“魔宝”に頼るくらいしか可能性がない。
「……まー、仕方ない仕方ない! どうしようもないんだから、悩むのももったいない!」
私は“箱庭”を完全に閉じ終え、椅子から立ち上がった。
「そんな事より紅茶でも飲みながら、ここからどうすれば“アイツ”を捕獲できるか、それを考えよう!」
「え? 紅茶飲むの? 私の分もちょうだ~い!」
「はいはい。紅茶二人前ね、ちょっと待ってて~……って、ちょっと待って!」
掛けられた声の方に素早く顔を向ける。
そこに……いた。
「あ? どーかしたか、“永久の白無垢”さん?」
「へえ。こんな姿だったのね……意外と可愛いじゃない。」
「………カカ。」
“四人の魔宝使い”が。
ホワイトは、反射的に後方へ飛びすさる。
「君たち、どこから侵入してきたの……っ!?」
「“密室庭園”からだ。いくら遠隔で操っているとは言え、魔力を送っているのはおまえだからな。どうしても痕跡は残る。」
「それを里奈が見つけて、恭平が可視化してくれて、私が空間転移で連れてきたのよ。」
「ま。地球上にあったのは幸運だったがな。そうでなければ、我たちは次元の裂け目で永遠の迷子になる可能性もあった。」
「……くっ!!」
その言葉を聞きながら攻撃魔術を展開して、彼らを威嚇する。
「ほお……爆発魔術とは、穏やかじゃないねえ?」
里奈は平然と言う。他の2人も余裕というか、そもそも危機感を感じていないようだ。
「舐めているんだね……そうなんだね……っ!!」
魔術に魔力をより強く込める。当然それを放つ為だ。
「まあ。止せよ。」
そんな彼女の目の前に、一枚の金属板が放り投げられた。
「え……?」
彼女はそれに驚きながらも、それを手で受ける。
……間違いなく。恭平の“魔術師の記憶”だった。
「早く、その物騒な魔術をしまえ。美味い紅茶を入れてくれんだろ?」
「……なんのつもり?」
相手が武器を捨てているのだ。こちらも、ある程度は譲歩しなくはならない。
魔術に込めた魔力を少し薄める。
「ここに来た理由の事か? だったら、そこでクッキーをつまみ食いしてる奴に聞けよ。」
恭平の目線の先では陽子が、この状況にも関わらずテーブルに置いてあったクッキーを数個頬張っていた。
「……え? なに?」
「ここに来た理由よ。言わなきゃ殺されるわよ。」
「そんな物騒な!? 人殺しはよくないよっ?」
「……早く言いなさい。」
睨みながら聞く。恐らく彼女は、私のこんな声は聞いた事がなかったろう。
「……私がホワイトちゃんの家に行きたかったから、連れてきてもらっただけだよ。」
「え……。……どうして?」
「友達の家へ夜に行くって言ったら、決まってるでしょ?」
陽子が大きめのバッグを見せつけ、その中身を取り出す。
……布団と寝間着だった。
「は?」
「レッツ! パジャマパーティー!!」
「はあ?」
あまりに気が抜けて、展開していた爆発魔術も消えてしまった。
「いやー、いつも言葉交わすだけで特に交流もなかったじゃない? ここらで一発親睦会でもやっとこうと思ってさ!」
「……はあ?」
言葉を失う。
おそらく彼女は本気で言っている。
……果たして私のさっきまでの立ち回りはなんだったのか。
「おお……ここまで呆れている人間を“見る”のは、我は始めてじゃ。」
「ホワイト。呆れるのは分かるけど、彼女は本気よ。」
それが感覚的に分かるから、こんなにも脱力している訳なのだが……。
「まったく……こんな事に付き合わされた俺にも同情してくれよ。」
「あら。別にあなたも参加してくれていいのよ?」
「えええっ!? それはちょっと……っ!」
「安心しろ陽子。こちらから断る。」
「ふふ。残念ね、陽子。」
「まあこの中で一番残念がってるのは涼、がああああっ!!?」
「里奈、キレるわよ?」
「それは一般的には既にキレていると思うぞ、涼香。」
「大丈夫。私はまだ2段階キレ度を上げられるわ。最終段階になると、お手製の手榴弾が火を吹くけど。」
「それもしかして私たちまで巻き添えっ!!?」
そして、目の前で繰り広げられるいつもの馬鹿騒ぎ。
「……ははっ。」
「どうかしたか、ホワイト?」
いつか念視して、憧れた光景が目の前にあった。
「はははははっ!!!」
笑った。手に入らないと思っていたものが、ついに手に入った。そんな笑いに近い。
言ってみれば青い鳥が向こうから突っ込んできたようなものだ。
「……よくわからん奴だな。涼香、とりあえず俺を戻してくれよ。」
「はいはい。じゃあ飛ぶわよー。」
恭平と涼香が消える。
「……あーあ。行っちゃった。」
「どうせ明日また会えるさ。……さて。我は今、猛烈に言いたい事がある。ホワイト。」
「え? ……な、なに?」
「ありがとう。では、遠慮なく……。」
私はまだ許可していない。
しかし堪えていた分を吐き出すように、里奈は大きく叫んだ。
「銀髪幼女体系美少女キッタァアアアアアッ!!!!!!」
「うっさいだまれぇええええええっ!!!!」
「ホワイトちゃん魔術使わないでえええっ!!!!」
そんな大騒ぎの中。涼香が静かに帰還していた。
「……何事?」
まあ、かくして。
“ホワイト”は“人間”をひと欠片取り戻したのだった。
◇◆◇◆◇
……これまでが我ら文芸部の、此度の活動記録である。お楽しみ頂けたろうか。
世界には秘密にしなければならない要素を多く含んでいるので、この文書が表に出る事は、きっと無いだろう。
いやしかし。どうせ世間に出た所で、現実の人物を用いたフィクションだと思われるだろうから、この記録を小説として学校で公開してやるのも面白いかもしれないな。
……そんな事が知れたら、ホワイトあたりから苦情が来るだろうが。
しかし、俺たちに秘密があるのは変わりないが、俺たちが高校生である事にも変わりはない。
魔宝使いだかなんだか知らないが、青春を楽しむ権利くらいはあるだろう。
そのくらいのお楽しみは、あっても良いのでは無いだろうか?
と、まあ。そんな所で、この物語は終わりにするとしよう。
オチは……うん、そうだな。
曲がりなりにも“魔宝使い”なんて肩書きを背負っているのだ。
この際、こんなセリフで締めてみるとしよう。
『この街の平和は、俺たちが守る!!』