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2章『悪魔』

「カカカカカッ!! 発動されてしまえば、いくら“ワルプルギス”と言えどおおお……っ!!」


里奈がテンション高く吠える。


「……見える。見える見える見える見える見えるぞおおおっ!!」


三宅里奈が身に付けている丸眼鏡。それには通称があった。

樹状未来の屈折鏡(パラレル・スコープ)”。

あらゆる物、過去も現在も未来も現実も夢も、全てを見通す事が出来る、“魔宝のレンズ”であった。


「そういうのいいから。場所はどこ?」

「あっち。」


里奈が指を向ける。


「いや。だからどこ。」

「おーけー! ぐっどらあああっく!!」


――ドガアアアンッ!

陽子の叫びと共に、文芸部部室から里奈の指差す方向に、一直線の風穴が開けられた。

……当然、ぶち抜いたのは陽子である。そして彼女の姿は既にない。

クラスで『脳筋』と馬鹿にされても仕方のない短絡さである。


「……まったく。スマートじゃねえなあ。」

「ほんとにね。毎度毎度なんて馬鹿力……。」

一直線……その方向は、確か体育館のある方だ。綺麗に空いた巨大な風穴を覗き込みながら、二人は嘆息する。


「……じゃ、私たちも行きましょうか。」

「だな……あいつ一人じゃ、どうせすぐに『うぎゃあああああっ!!!!』って、悲鳴を上げるだろうし。」


この予想は、過去に何度も的中してきた信頼に足る予想であった。


「うむ。では頑張ってくれ。我はここから応援している。」

「何を言ってるの? あなたも行くのよ。」

「ええー。我、インドア派なのだが。」

「知らないわ。出現位置しか分からない足手まといに成り下がりたいの?」

「いや、じゃからあああっ!!?」


涼香は問答無用に里奈の手を掴み、飛んだ。

……彼女がポケットに入れている手鏡。通称は“多重次元干渉鏡ミラー・ディメンション”。

空間と空間とを繋げる力。……俗に言う瞬間移動の神秘が秘められた魔宝である。


「うっ……ぐぉおお!!」


そして、周りの景色は、次の瞬間には体育館のそれに変わる。

身構えていなかった里奈は背中から地面に落下した。

恭平は、先行していながら、何故か戦闘を開始していない陽子の向こうに敵の姿を見る。


「……何だ……アレは?」


それが今回召喚された悪魔。その奇妙な姿に恭平が顔をしかめた。


「……スライムか?」


茶褐色のぷよぷよしていそうな球状の物体。確かに現代人の観点で言えば、それはスライムに近い。


「ええ……でも、この匂いは……。」

涼香のその言葉に、立ち尽くしていた陽子が応える。


「“納豆”だっ!?」


そう。それはどんな表現を使ったとしても、大量の納豆を混ぜて球状に整形した物だとしか言い様がない。

香りも色も見た目も完全に納豆のそれだった。


「丁度良かったじゃない。食べれば? 陽子。」

「死ぬわ! 悪魔の踊り食いなんて、死んでもゴメンだよ!」

「いちちちちち……。全く、いきなり飛ぶなんて非道でござるよ……。」


毎度語尾の安定しない里奈が腰をさすりながらフラフラと立ち上がる。

そして、その敵を“見た”。


「なん……だと……っ!!」


大げさな身振りでリアクションを取った里奈。

敵の情報を、何かしら“見た”らしい。


「……どうかした、里奈?」

「この“納豆”……増えるぞっ!!」


不安定なテンションのおかげで、重要なのかどうかの判断が付きにくい。

果たして、今回のその情報は有用なのだろうか? まだ分からない。


「まー……とりあえず、仮の呼称は“納豆”と言う事で。異議は?」

「ないわ。」

「ないでーす!」

「いや、“NATO”の方が……。」

「なんで条約機構なの?」


平和に言葉を交わす恭平たち。

そこでやっと、動かなかった仮称“納豆”が動き出した。


「……あ。来るぞよ?」


不意に、里奈が一言発する。

その直後、“納豆”は彼らに向かって、体の一部を高速で撃ち出した。


「いきなりかよ。危ねえなあ……。」


里奈の言葉で先に動いていた恭平は、その攻撃を横に飛んでかわす。

そして“納豆”の姿を再び見た。

先ほど、体の一部を撃ちだしたそれは、さっきと変わらない大きさでそこに留まっている。


「なるほど……増えてるわね。」


転移魔法で天井に逃げていた涼香が降りてくる。


「恭平。このままだと、この体育館が完全に埋めつくされるわ。一旦退きましょう。」


恭平の手を引いて涼香が言った。


「ああ。そうだな。」


そう言った時には“納豆”の体積は、最初に見た時の倍には膨れ上がっていた。


「まあ、放っておいても良い事はないだろうが。……そもそも俺じゃ何も出来んしな。」

「大丈夫よ。考えがあるから。」


涼香は微笑む。事実上、彼女は文芸部の参謀を担っているのだった。


「なるほどな。ならば我も……。」

「あなたはダメ。私を覗けば分かるでしょう?」


里奈の“レンズ”は、見た人間の心をも見通す。彼女の考えは手に取るように分かるはずだった。


「分かっちゃーいるだが、……別に陽子だけでもいーんでねーか?」

「それこそダメよ。彼女一人じゃ、どうせドジを踏むわ。」


彼女の“レンズ”を使わなくてもそれくらいは予測の付く事だった。


「ふむう……致し方無いな。引き受けよう。」

「じゃ、頼んだわよ。」


そう言い残して、彼女は恭平と共にどこかへ飛んだ。


◇◆◇◆◇


「いや、しかし。」

「うわあああっ!? なんで私ばっかり狙ってくるのよーーっ!!?」

「……本当に運の無い御仁であるな、陽子殿は。」


彼女は、あの悪魔が強い魔力に反応する事を既に“見て”いた。

陽子が集中的に狙われるのは必然なのだ。

……まあ、そのおかげでさっきの会話が出来たのだが。


「キャー!! 陽子ちゃん助けてーーっ!! 攻撃されるー!!」


里奈は、空中を自在に飛んで“納豆”の弾丸を避ける陽子を呼んだ。


「それくらい自分で避けてよぉーーーっ!!!」

「そう言いながらも助けてくれる陽子ちゃん、私好きよ。」


地面スレスレを飛びながら、陽子は、すれ違い様に里奈を拾う。

当然、“納豆”の猛攻をしのぎながらである。


「……あれ? 涼香ちゃんと恭平先輩は?」


小柄な里奈を脇に抱えた陽子は、二人の不在にようやく気がついた。

その質問に里奈が。


「二人で愛の逃避行中だが?」


おいそれと嘘を吐いた。


「な……なんだってーーーーーーーーっ!!?」

「あ。攻撃来るぞ。」

「ああもう!

 どうせなら先輩の方を置いてってくれれば良かったのにーーーーーっ!!!」


◇◆◇◆◇


「……で、どうするつもりなんだ?」

「二人の愛を深めましょう。」


涼香が真顔で言った。


「……冗談はよせ、涼香。」

「ええ。冗談よ。」


体育館の全貌が見える校庭に、二人の姿があった。

結構な距離があったが、戦いの騒音がここまで響いてきている。

相当激しい戦闘のようだ。置いてきてしまった二人が、ほんの少し気になる所であった。


「作戦なんて、別に聞かなくてもわかるでしょう?」

「……まあ、わかっちゃいるがな。あの二人は時間稼ぎのオトリってわけだろ?」


彼の“魔宝”の弱点は、何よりも時間なのだ。

そしてこの程度の距離なら、彼の“魔宝”は容易にカバーできる。


「ええ。……出来る限り大胆で、適切な調理をお願いね?」

「……はいよ。」


そう言って、恭平は胸のポケットから一枚の栞を取り出した。


「……それじゃ、先輩の威厳って奴を見せるとするか。」


そして、彼の“栞”が輝き出した。


◇◆◇◆◇


「うぎゃあああああっ!!!!」


誰かが予想した通りの悲鳴を上げて、陽子が“納豆”に捕まっていた。

一応の健闘は見せていたが、やはり増え続ける相手には彼女の“魔宝”は分が悪かったようだ。

そしてもう一方の里奈は無事に、捕まった陽子を観察していた。

陽子が避けられなくなる未来を予見し、その時にはもう安全圏に逃げていたのである。


「って、うわああっ!? 触手生えてる!? エロ!? この“納豆”エロなの!!?」

「納豆プレイかー、需要あるかなー? ……あとそれ、マジで喰う為の器官だから気を付けてねー。」

「ちょ!! 助けてください里奈さまーーーーッ!!!」


しかし、喰われるまでにまだ余裕がある事も里奈は見抜いていた。

無理に攻撃してこちらまで捕まっては本末転倒である。


「ぎゃああっ!? 服!? 服溶け始めて……!!?」


陽子がそんな悲鳴を上げ始めた時。

――パキンッ!!

体育館に指を鳴らす音が高く響いた。

……涼香が転移魔法で“音”自体をここまで飛ばしたのだろう。


「おっと。もう準備が出来たみたいだな……では、我も動くとしようか。」


そう言って、里奈は体育館の壁に近づいて行く。


◇◆◇◆◇


……ところで、皆様は“平行世界”という物をご存知だろうか?

誰しも、『もしもあの時こうしていたら、きっとこうなっていたのに。』

……という感情を、きっと抱いた事があるだろう。

当然、それは所詮不可能な望みでしかない。

過去に戻ってやり直す、なんてこの現実では無理な話だからだ。

しかし、『あの時、こうしていた』未来というものは、別の世界に存在するとされる。

その『この現実とは違う現実』を、簡単に“平行世界”と呼ぶのだ。

これは“可能世界論”とも呼ばれる考えでもある。

つまり、起こり得る“可能性”全てに、別々の“未来”が存在する……。


◇◆◇◆◇


「……例えばの話。我が昨日納豆を食べていなかったら、この世界が滅んでたかも。という話なのじゃが。」


要するに、“現在”の時点で何をするかによって“未来”が変わる、というだけの事だ。

勉強しなかった“現実”では入試に落ちる“未来”が、

勉強していた“現実”では入試に合格する“未来”が訪れる。というだけの話だ。


「まあ、難しい話は置いとくとしよう。」


里奈は体育館の壁の前に立つ。


「例えば、今から『我が、この壁の、この部分を、軽く、蹴った』時、その“未来”では何が起きるんじゃろう?」


彼女の“レンズ”は全てを見通す。

それはこの“現在”から無限に広がる、ありとあらゆる可能性の“樹状未来(パラレルワールド)”をも。

その中には、例えば。


「我のこのか弱い蹴りで、この体育館がぶっ壊れるような“未来”もあるんじゃよ!!!!」


里奈は、その壁を思い切り蹴った。

その小さな衝撃は、偶然にも、体育館の小さな傷や小さな綻びに連鎖するように広がって、

……体育館を支えていた巨大な柱、全てを破壊するに至った。


◇◆◇◆◇


体育館が音を立てて崩れる。


「……ふぃ~。危ないところじゃった~……。」

「それ私のセリフだからね!? 里奈ちゃん!?」


……その脇に、ボロボロになりながらも辛うじて脱出に成功した二人がいた。

陽子が崩れた拍子に“納豆”の捕食から脱出し、里奈を抱えて脱出したのである。


「いや~、壁を蹴るのに全力を使い切ってしまっての~……。」

「そこに全力!? あれって、軽く小突く程度で良かったんじゃないの!?」


実際の話、さっきのは里奈にとっても予想外の出来事なのである。

彼女は確かに“レンズ”を使えば何もかもを見通せる。

……ただ、この世界では“レンズ”を通して、自分自身を見ることは不可能なのである。

その上彼女はあの時、壁しか見ていなかった。

先に陽子の未来でも見ておけば、こんな危ない橋を渡ることは無かっただろう。

迂闊としか言い様のないヘマであった。


「でもまあ、助かったから良しとしましょうや。」

「全く納得がいかない……。」

「ま、この程度で死んでくれる悪魔でも無いけどね。」

「え?」


直後。

――ドゴォオオオンッ!!!


「っ!!?」


ガレキになった体育館の下から、天に向かって“納豆”が高く伸び上がった。


「おおー! でけえ!!」


その姿に里奈が歓声を上げる。


「呑気に観察してる場合!? 早く逃げなきゃ……!」

「まーまー。ゆっくりでいーんじゃない?」

「へ?」


走り出そうとした陽子の肩に手を置く。


「アレの未来は、もう既に決まっているんだから。」


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