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第4話~契約~

「…………」

見つめ合う。視線と視線が濃厚に絡み合う。心臓が爆裂してしまいそうなほどに脈を打つ。

息が出来ない、吐いてしまいそうだ。何だこいつは?人間じゃないのは確かだ。

何故なら、音も無くこの病室に入ってくることは不可能だからだ。

化け物か?妖怪?悪魔?悪鬼羅刹?あぁ、畜生、思考回路の回線がグチャグチャに絡まりやがる。

訳が分からない……。訳が判らないが、何があろうとも真矢だけは守り抜かなければ。

そんな使命感が俺の身体を勝手に動かし、俺は真矢を守るようにして彼女の前に躍り出た。

「そんな構えなくてもいいわよ。別にとって食べたりするわけじゃないんだから」

そんな俺に対して眼前の彼女は、クスクスと妖しい笑みを浮かべながら少しずつ俺ににじり寄ってくる。

くそっ……こいつ、何が目的だ?

「お前は……」

「アウラ」

何者だ?そう問おうとした瞬間、それを遮るように彼女はそのか細い口から自身の名と思われる単語を紡ぎだした。

「……っえ?」

「私の名前……アウラっていうの」

名乗りながらクスクスと笑い声を上げる、アウラと言う名の少女。

そんな笑いから、一瞬こちらを馬鹿にしているのかと疑ったが、別段そういうわけではないらしい。

彼女の雰囲気がそれを語っている。

「えーっと……神菜崎圭介……で合っているわよね?あなたの名前」

「……っ!」

衝撃と言う名の暴力が俺の五体をぶん殴った。立ちくらみと吐き気を覚える。

当然だ。名前も教えてない奴に、一発で名前を言い当てられたら……誰だってそうなるだろう。

だが、落ち着け……。相手が人間でないと判った以上、この程度のことでいちいち動揺するな。

それこそ、相手の思うつぼかもしれない。

俺は心を落ち着けて、努めて冷静な声色で、先の問いを、訂正したうえで再び投げかけた。

「名前を訊いたんじゃない……。俺が訊きたいのは……お前の正体が何者かってことだ」

「死神よ」

「…………っ!!!」

至極あっさりと、こいつは自身の正体を、まるで何でもないことを言うかのように吐露しやがった。

しかし……こいつは何と言った?


死神だと――――?


こんな状況でなければ「そんなバカな」と一蹴するところだっただろう。

だが、今はそれができない。いや、したくてもさせてくれないのだ。

……何より、目の前にいるこいつの存在自体が、その事象を肯定している。

「……何が目的だ。俺と妹の命か」

だとしたら絶対に真矢だけは守る。刺し違えてでも……例え俺の命がここで果てる事になってしまおうが、必ず真矢だけは守り切る。

しかし、死神……アウラの返答は予想を反するものだった。

「むしろ逆よ。妹さんの命を助けてほしいんでしょ?それに協力するって言っているの」

「っ……!な、ど、どうしてそれをっ……!?」

「あなたが言ったんじゃない?悪魔でも死神でもいい……って」

「あ……」

確かに言った。あの日、暗闇が俺を包み込む夜に……独り、絶望に打ちひしがれるように咆哮したのを覚えている。

だがまさか……それが現実になるなんて。

……正直、今は藁にでもすがりたい気持ちだ。あの言葉に嘘は無い。

本気だ。真矢が助かるのなら、真矢の命を救えるというのなら、死神にでも悪魔にでも魂を売ろう。

黒魔術にだって手を染めたっていい。自分の命だって――――捧げてもいい。


……なら――――その覚悟を、形にして表せ、神菜崎圭介……!!


「その言葉……信じてもいいのか?」


――――第三者がこの光景を目にしたら何と言うだろうか。

未知の化け物の言葉を信じるなど、愚の骨頂と嗤うだろうか。

馬鹿にもほどがあると罵るだろうか。

あぁ、いいさ、いくらでも言うがいい。俺には関係ない。

周りからなんと言われようが、俺のこの意志をねじ曲げるつもりなど毛頭ない。

俺は真矢を救うって……決めたのだから。


「えぇ、信じてちょうだい。……ただ、妹さんの命を救う代償として、あなたに捧げてもらいたいものがあるの」

「っ……!」

そりゃそうだ。死神が無条件で困っている人間を救済するなど……そんな虫のいい話があるわけない。

「……何がご所望だ。俺の命か」

何度も言うようだが、今更命を投げ出すことに抵抗など感じない。

恐怖がないと言えば……嘘になるが、真矢が助かるのであれば本望だ。

「ふふ……。そうね。似たようなものかしら」

似たようなもの?どういうことだ?

「あなたの運命を……私に捧げてほしいの」

「運命……?」

「そうよ。運命……」

アウラは何がおかしいのか、くすくすと嗤い声を上げる。

……運命、か。また随分とロマンチックな単語が飛び出してきたもんだ。

運命が何を示唆しているのかは判らない。

俺の命そのものかもしれない。はたまた、死神達に一生、奴隷として使われる……なんていう可能性もある。

だが、構うものか――もう、躊躇いはいらない。

「で、どうする?」

「わかった。……捧げる。俺の運命を」

拳を強く握り、宣言するように、アウラに向けて言い放つ。

すると途端にアウラは何故か、泣き笑うような表情を作り――――

「……ありがとう。……」

と、涙を含んだ声で、俺に感謝の言葉を述べた。……ありがとう、は聴き取れたが、その後は何と言ったのか聴き取れなかった。

しかし……何故、あんな表情を作り、「ありがとう」を言ったのだろう。

今ではもう表情は元に戻っているが……さっきの表情に、何か真意はあるのだろうか……。

……ありがとう、か。

「……お互い様だ」

とだけ、俺はぶっきらぼうに答えた。

「……でもね。勘違いしないでね。私がこの娘を助けられるわけじゃないから」

「なっ……? お前……話がちがっ……!!」

「助けたいのも山々だけれど……無理なのよ。私じゃ」

「……どういうことだ?」

てっきり、こいつが奇跡の魔法的なものを使い、真矢の病を治してくれるんだとばかり思っていたが……さすがにそれはありえなかったか、それこそ虫のいい話ってもんだ。

「彼女にはね、一生癒える事のない刻印が刻まれてるのよ。それが、彼女が体調を崩した原因」

「刻印……」

また胡散臭い単語が飛び出てきたな、と一瞬頭の隅で考えたが、その考えをすぐさま吹き飛ばす。

今はそんなどうでもいいこと考えてる暇はない。

「まぁ……言って判るわけないわよね。そんな単語、ゲームとかでしか聞いたことないでしょう?」

「……あぁ」

「それと一緒って思ってくれればいいわ。これはね、堕天使の刻印(Luzifer stempel)」

……ルシフェル?確かルシフェルって……キリスト教とかに出てくる、あの堕天使のことか?

そしてステンペル……。英語の発音ではないな。

聴き覚えはないが、恐らくスタンプ、とか刻印とかいう意味だろう。

「で、その堕天使の刻印(Luzifer stempel)ってのを……なんで真矢が?」

「天使の仕業よ。この刻印は天使の技による……禁呪ね」

天使……。天使とはあれか?あの羽を生やして、リングを頭の上に付けてるフワフワした……というのは少し俗っぽいかもしれんが……。俺が認識してる天使で相違ないのだろうか。

そして、禁呪って……あれか。使用するのを禁止されている術やら技やらってのか。

しかし……創作物に出てきそうな単語がポンポンと出てくるな。

正直現実味がない。

「んで……その、天使ってのは?その刻印の効力は?」

矢継ぎ早に出てくる疑問の嵐。正直、そんな専門用語をずらずら並べられたって理解しようにも理解できない。まず、各々の単語の意味を理解せねばならない。そう思い、俺はアウラに疑問を投げると、アウラは「そうね……」と、短く呟きながら、部屋の壁にかかった時計を見るや否や、ふぅっ、と息を吐き、そして瞳を閉じた。

「ごめんなさい、今回は時間切れ。貴方の疑問についてはまた追って説明するわ。いい?」

「……あぁ。わかった」

正直、自分の脳内で渦巻く疑問から先に処理してしまいたかったが、相手が『時間切れ』というのであれば致し方ないだろう。……ん、いや……そもそも『時間切れ』とは何を指しているのだろうか?

新たな疑問を口にしようとした瞬間、それを遮るようにアウラが口を開いた。

「じゃぁ……文字通り、あなたにはあなたの、運命を捧げてもらうわ。とりあえず私について来てきてもらうわ。……その前に」

アウラは突拍子もなく、自身の親指に、自らの犬歯を立てる。

そして、それを少し力を入れて押し込むと、プツッ、という小さな音がしたと共に、アウラの親指から真紅の液体……血が流れ始めた。

「何をっ……」

一瞬、余りにも美しく、透き通り輝いてる『赤』に目を奪われてしまうが、一瞬にしてハッ、と自我を取り戻し、眼前でアウラが起こしている不可解な行動に疑問の声を発した。

だが、俺が全てを言い切る前に、俺の言いたいことを察したのか、アウラは当たり前のことを言うかのように俺に言葉を投げてきた。

「契約よ。私と同じ運命を辿るっていう……ね」

アウラは柔らかい微笑みを浮かべながら、徐々に徐々に……ゆっくりと俺に近づいてくる。

そして、いずれその距離は必然的に零に還り――――


唐突に……唇を奪われた。


「っ……!?」

口の中に濃厚な鉄の味が広がっていく。アウラがさっき口に含んだ血だろう。真紅の液体が俺の唾液と混ざり合い、踊りだす。そして、血は暴れ馬のように俺の口内を散々に弄んだかと思うと、俺の体内へと降って行った。

しかし、血液が体内に吸収されようが、俺の唇を塞ぐアウラの唇は健在。

未だに俺の唇を貪り続けている。唇が焦熱したかのように熱い。このまま焼きただれてしまうのではないか、などとありえないことを考えてしまう。

そして熱いと思うと同時に――気持ちいいとも思えてしまう。

快感が走る。疾走を幾度となく、飽くことなく繰り返す。

これが……キス。……皮肉だな。ファーストキスを死神に奪われるなんて。

というか……俺は何故こいつにキスされてるんだ……?

そんな呑気なことを考えている最中、突如、自身の身体に異変が発生した。

「っ……!!!」

アウラの熱が、自分の身体の中に流れ込んでくるのを感じた。それも並はずれて強く。ただ、強く。

しかし、そこに苦痛もなければ快楽もない。

ただ、受け入れるのが当たり前のように俺の体内に、アウラが流れ込んでいく。

……その異変が止まると同時に、アウラはようやく、俺の唇から自身の唇を離した。

「っ……ふぅ。……くす、どうだった?私とのキス」

アウラの顔面が間近にある。キスをした直後なのだから当たり前だ。

さっきまで自分が触れていた、唾液で少し濡れた艶っぽいアウラの唇が眼球に飛び込んできた。

俺は照れ臭さからアウラから顔を逸らしながら、

「……ノーコメント」

とだけ、やはりぶっきらぼうに答えた。……まさか気持ちよかったなんて言えるわけないしな……。

いや、まぁ気持ちよかったのは確かだけれども!

「ふふっ、可愛い」

何が可愛いだ畜生……。あぁ、不覚。神菜崎圭介、一生の不覚だよ。Oh。

「つか、今のにどんな意味があったんだよ!!?」

「だから言ったじゃない、契約って。それはまた後で説明するから、ほら、ついてきなさい」

その言葉と共に、アウラは自分の真横に、自身の左手をかざす。

……すると、まるで巨大な槍で穿ったかのような黒い穴が出現した。

一瞬ありえない光景を目の前で展開されたため、足が竦んでしまったが、勇気を持ち、中をチラッと盗み見てみる……するとそこには……何も無かった。いや、正確には……『黒』しかなかった。

ただ暗黒が広がるのみ……それだけだ。

「さ、行きましょう。私の世界へ」

「……死神界……ってやつか」

「えぇ。行きましょう」

アウラの手が、眼前に差し出される。……もし、この手を握ってしまえば……俺はもう、戻れない。

あの陽だまりの中に。あの日常に。もしかしたら……もう未来へと進めなくなってしまうかもしれない。

何せ俺はこれから……死神界へと向うのだ。

俺に何をさせるのかは判らないが……死んでしまうかもしれない。現在(イマ)を失ってしまうかもしれない。

正直……怖い。命を差し出すのを今更惜しみはしないが……やはり、現在(イマ)を失うのは怖い。

だけど、だけど……あぁ、だけど……!


俺は真矢を守りたい。だから、だからこそ――――


「あぁ。行こう」


俺はそう頷いて、アウラと共に、死神界へと飛び込んで行った。



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