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第1話~始まりの予感~

気付けば生まれ落ちていた。

……先まで、とても寒くて哀しい場所にいた気がする。

意識が徐々に浮上し、温もりに包まれていくのを強く感じる事が出来る。

あぁ、温かい。なんて温かいんだ。

この陽だまりにずっと居続けたいと願ってしまうのは罪なのだろうか?

だって、こんなに温かい。ずっと触れていたいと、居続けたいと思うのは当然じゃないか。

……あぁ、そうか。僕は進まなきゃいけないんだ。

陽だまりに居続けるのは罪ではないけれど、進まないのは罪らしい。

ならば進むさ。


この先にも……温かい未来があると信じ――――。







……

………
























この世に、神というものは存在するのだろうか。

居るのだとしたらあんたに一つ訊ねたいことがる。どうしてあいつにだけこんな過酷な運命を強いる?

どうしてこう理不尽なんだ?どうしてこう不条理なんだ?どうして……世界と言うものは……。

あぁ、畜生。もう訳が分からない。

「……なぁ……神様。あんたのこと、ぶん殴っていいかな……」

この世に存在するなら……の話だがな。

「どうしてっ……だよっ……畜生……」

握っている最愛の妹の手を強く強く握りながら、俺は嗚咽を漏らす。

さっきから、忘れたいと……なかったことにしたいと思ってる言の葉が俺の頭の中で復唱され、それが現実だということをこれでもかというほど証明している。……医者から宣告されたのだ。

ドライアイスを思わせるような、絶対零度の冷たさを持ってしてその一言が俺の五体を抉り貫いた。

『妹さんの命は、もって三カ月でしょう』

一瞬、この医者は何を言ってるんだと思った。次の瞬間に、「冗談です。すぐによく治りますよ」と言ってくれるんだとばかり思い、俺はその言葉を求め喘ぐように乾いた声で「冗談ですよね?」となんとか言の葉を紡いだ。しかし、俺の願いを嘲笑うように先生は固い表情を崩さない。

――つまり、そういうことだ。……俺の妹は、あと三カ月で、その命を散らす。

「……っん……お兄ちゃん……?」

「っ!お、起しちまったか……悪い」

俺は妹に、泣いていたという事実を知られないように、急いで自分の袖で涙を拭きとり、正面から彼女と向き合った。

「……?お兄ちゃん、泣いてたの?」

「あ、あぁ……ちょっと、寝ててさ怖い夢、見ちまって」

「どんな夢?」

「えっ……?あぁっ……えっ……と。高い所から……墜ちる夢」

咄嗟に思いついたのが、そんなへんちくりんな嘘だった。

それで泣くとかどんだけ俺はヘタレなんだよ。嘘とはいえ、言ってて哀しく、空しくなるぞ。

しかも妹相手に……。あ、やべぇ、こっちの方で泣きそう。

「……ぷっ」

俺の発言がウケたのか、それとも俺の情けない姿に吹き出したのか判らないが、唐突に妹が笑いだした。

「くすくす……あはははっ……!」

「えー……そこで笑う?兄がこんな怖い思いしたのに……?」

「だ、だってお兄ちゃっ……く、ふふ……あはははっ……!」

「俺は、お前を……人の涙を軽んじるやつに育てた覚えは無いぞ!妹よっ!」

「ご、ごめんごめん……くっ、ふふふ……」

駄目だ、こいつ完全にツボッたな……。


こいつは……俺の妹の(かん)菜崎(なざき)()()。明るくて人懐っこく、接しやすい俺の妹だ。

自分で言うのはかなりあれかもしれんが……こいつはかなりのブラコンだ。いや、自惚れとかじゃなくてな。

これはれっきとした事実だ。覆しようのない事実であって、別に俺が勝手に「俺の妹はお兄ちゃん大好きなブラコン妹なんだぜ」と痛い妄想に浸ってる訳でもない。何度も言うがこいつがブラコンなのは事実だ。

まぁ、かくいう俺もシスコンなわけだけど。

――そして、こいつはその身を病に侵されている。……見えないよな。こんな、元気なのに。

しかも原因不明の謎の病と来た。そんなの、安い創作物の中だけの産物だと思っていたが、実際にそういった類の病は存在するらしい。


今から遡ること、約一か月程前に真矢が突如として倒れた。

すぐに近くの病院に搬送し、診断してもらったが、何が原因で倒れたのかは不明。

最初は、過労による立ちくらみなどが原因だろう、と考えられそれで落ち着いたのだが……そのような生易しい物ではなかった。

後日、レントゲンを撮ったところ、真矢の脳に巨大な影が見つかった。

何によるものなのか……そもそもこれは何なのか?

色々と疑問は尽きなかったが放置するのは危険だということでひとまず入院させて、様子をうかがう

……ということになったのだ。

それから真矢は不定期に目まいや吐き気を訴えるようになった。本人は大丈夫と言ってるが……とてもそんな風には見えない、見えるわけがない。


……そして、体力的に考え、あと真矢に残された時間は三か月だろう、と医者は診断したのだ。


「っていうか私……ふぁ……寝ちゃってたんだ。ごめんね、せっかくお見舞いに来てくれたのに……」

「別にいいって 俺も寝ちまってたし」

妹に嘘をついている、その罪悪感が俺の胸をチクリと痛ませた。

「あ、お兄ちゃん そろそろ時間……大丈夫?」

俺は時計を見る。……もう八時半……か。面会時間もそろそろ終了だ。

「そうだな……。じゃ、惜しいけど、今日はもう帰るよ」

「うん、じゃあね、お兄ちゃん。……また来てくれないと嫌だよ?」

「わかってるって。じゃ、またな、真矢」

「うんっ。おやすみ、お兄ちゃん」

「あぁ、おやすみ」

俺は病室を後にして、ただ目の前に闇が広がる夜道を、独り歩く。

「……っ……」

止まらない。涙が蛇口を捻った水道のように溢れかえる。熱くて、冷たい雫が俺の頬を、俺の無力を責め

立てるように流れて行く。嫌だ。あいつが居なくなるなんて、耐えられるはずがない……。

今まで当たり前のように隣にいたんだ、それをいきなり「じゃぁ、三ヶ月後にはお別れだから」で納得できるはずがないだろう。諦め切れるはずがないだろう。あいつを……見殺しにできるはずがないだろう。

「神様がいねぇんなら……悪魔でも死神でもいいっ……。頼むから……真矢の命を救ってくれ……!」

届くはずの無い想いを、俺は声帯がはち切れんばかりに声を振り絞って夜の天空に咆哮した。

そう……届くはずがないと思ってたんだ。


――――この瞬間までは。



「……へぇ」


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