姉とトイレ
姉の肩をトイレの便座の蓋に強く押し付ける。
姉の吐息が僕の首筋にかかる。
暑さのせいで僕らは二人とも汗ばんでいる。
内股に座った姉の少し日焼けした脚は汗でうっすらと湿っていた。
「何すんの。」
僕は何も言わずに姉を抱きしめた。肩と首に手をまわして思い切り強く抱きしめた。姉は何も言わずに、ゆっくりと僕の背に手をまわして、抱きしめてくれた。
何分経っただろうか。
十分か、十五分くらいだと思う。僕はその間ずっと姉を抱きしめていたし、そして姉も抱きしめてくれた。息をするたびに動く姉の胸の動きが僕にも伝わってきたし、姉の吐息も僕の後ろのほうの首筋にそっと触れていた。姉はとても柔らかく、そして、とても、しっかりとした厚みを持ったものだった。身体は姉の方が僕よりもとても大きかった。背中も、脚の太さも、腕も。その厚みをぎゅっと感じていた。
そして僕はやっと腕をはなした。
姉の顔を見ることはできなかった。
腕をはなした後僕はトイレから抜け出して家を飛び出した。玄関を出るとちょうど強い太陽の日差しが正面から差し込んできた。熱のせいか僕の頭はとてもぼんやりとして、なにも考えられなかった。そして、どこへ行けばいいのかもわからないまま走りだした。
気がつくと、あたりが草原にかこまれた一本道につったっていた。この場所はずいぶんと小さいころにきて以来のことだった。あたりには誰も人がいなかった。もしかしたら、僕以外の全員が消えてしまったのかもしれなかった。
黙って僕は歩き続けた。夕方になったころ、家に帰った。姉はいつも通りテレビを見ていた。
この時から、幾度となく僕はこれを繰り返した。
僕と姉だけが家にいる。午後三時ごろにおもむろに姉がトイレへ行く。そして僕はその後を追うようにトイレへ向かう。
姉は最初の時とは違って下着を下げずに僕を待っていてくれた。僕が入ると静かに腕を広げて体をあける。僕は無言で姉を便器のふたに押し付け、強く抱きしめる。下から抱きしめる時もあれば、肩をぎゅっとすることもあった。姉の身体はいつも汗ばんでいて、そしていつもしっかりとした感触を持っていた。そして十分か十五分ほどすると、僕はいつも通り腕をはなして、トイレから出て、家を飛び出る。
夏休みのあいだじゅう、僕はこれをやった。姉はそのたびに受け入れてくれた。僕らは汗まみれになりながら抱き合った。どちらとも汗を噴き続けながら、ずっと抱きしめていた。僕の夏の記憶はこれしか残さない。
僕はその時で、その時間で、止まってしまった。