壁
一人で部屋に坐っていると、壁の中から音がする。かたかたかたかた、かたかたかたかたかたかたと、後ろの壁から響いてくる。
けれど振り向けば何もない。睨み付ければ音は止み、黙って壁が建つばかり。
堅い黄ばんだ木の板の木目。板と板の継ぎ目。継ぎ目に空いた穴。
あれは目だ。
見るのを止めて背を向けたなら、かたかたかたかた、音がする。黙って坐った背中に向けて、波打たず、一分の狂いもなく、繰り返し繰り返し。かたかたかたかた、かたかたかたかたかたかた。
壁の板目、黄色い木目、穿たれた虚の黒さ。扨、今は何時。夜か。それとも朝か。
虚。目。
かたかた。かたかたかたかたかた。
振り向けば止む。見るのを止めればまたも鳴る。振り向けば止む。目を逸らせば鳴る。
睨む。目を逸らす。また睨む。
目を逸らす。
かたかた。
かたかた。かたかた。
かた。
かたかた。かたかたかたかたかたかたかたかたかたかた。
扨、今は何時。
夜か。ならばこの灯の一つも点らぬ部屋が、これほどまでに明るいのは何故か。
それとも朝か。ならばあの虚の、塗り潰したような黒は何故か。
壁の向こうに在るはずの、寂れた裏庭、朽ちた井戸。破れ崩れた石塀の、傷の向こうに覗く月。穴が在るのに何故見えぬか。
虚の向こうに――。
壁の中から音がする。絶え間無く波打たず一分の乱れもなく、繰り返し繰り返し。
壁の向こうに何が在る。何が居る。
確かめたくとも。
振り向き、視線を飛ばし、壁の穴を睨めば音は止む。
向けられた目を感じて逃げるのか。それとも其処に潜んで居るか。
潜んで居るのだ。
見ているのだ。窺っている。あの穴は目だ。目の中に在るのは闇だ。闇の正体は虚だ。虚の奥にはあの音を繰り出す異形が居るのに相違ない。
そして見ているのだ。
立ち上がった。
壁までは僅か三歩の距離。壁に向かい床に膝をつけば、目と同じ高さに穴が在る。
中は黒い。何もない。そこに何か在るのなら、それは黒いものなのか。それともあれは黒々と淀んだ、ただの闇であろうか。
凝と見詰めているから、音はしない。
扨、今は何時。
近くで見れば――それはただの、壁の穴であった。音はしない。向こうも見えぬが、これは目ではない。穴だ。虚ではない。
見返すものなど。
何もない。
ふと思い立ち、握り込んでいた手を開き、指を一本。穴の中に差し入れる。黒い穴の中に、長い指が潜る。
――ぬたりとする。
壁の奥で。
かたかたかた、かたかたかた、かたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかたと、――音がした。
こんにちは。読んでくださりありがとうございます。
今回はたぶん、怪奇小説です。
最近、我が家に鼠が住み着いたようで、夜になると壁をかじります。
鼠なんか死んじゃえ、と思っていたらこんな小説が出来てしまいました。
割り切れない、変なものを目指してみました。最後の尻切れトンボは狙っていますが、変かもしれないです。
あんまり怖くないかもしれないです。
感想、アドバイス等、お待ちしています。