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――味方063号・敵の狙撃により大破――
狙撃を受けた063号機のデータが転送され、地形、被弾箇所、弾道、天候……様々な要素から弾き出された狙撃ポイントが、私の網膜上に、現実の地形と重なって映し出された。
右腕の神矢二十八重対人・対電化兵用砲が、フル稼働する電力を充電し唸りを発する。
強化された私の筋肉が大地を蹴る、ギミックが作動し補助車輪が私を加速させる。
目の前のフレームだけを残して焼け焦げた車を弾き飛ばし、私は狙撃ポイントに向かい突進した。
いつからだろう、空はとっくに見えなくなっていた。
理由は単純だ、戦争だ。長い長い戦争だ。
便利な世界を襲った戦争の嵐は、またたくまに簡単に、人々を減らした。
人間の想像力、技術力、全てを尽くしてあらゆる兵器が使われた。生き残るには体を電化・機械化するしかなかった。
空は汚染され塞がれた。いや、お互いが上空からの攻撃を恐れわざと塞いだのかもしれない。
私の目の前で彼女が死んだ。体を吹き飛ばされ、骨の代わりに電極を突き出し、逆立つ髪の毛のような電気を発して動かなくなった。
生身で唯一残ったのは、電気・機械化されていない目玉が一つだけ。
血の流れないクリーンな戦争、焼き尽くされた清潔な大地に、彼女だったものが転がっていた。中身が抜けてクリーンな、彼女の魂の入れ物だったものが。
――自機被弾・右脚部大破――
廃屋を迂回して敵推測地点に回りこもうとした私が撃たれた。
視界が傾き、フィルタリングが間に合わない視界がコマ送りで揺れる。
――データ補足修正・次被弾率95%――
敵の着弾、発射タイミングから予測した行動パターンが網膜に浮かび上がる。
片足では回避不可能。
――回避・次弾道予測――
脳内の電気信号を活発化、興奮物質を大量発生させる。随意神経を活動させ、擬似ニューロンを半ばジャックするように優先権を奪い、電子予測と違う行動を取った私は、その攻撃を回避した。
強引に前方向、弾の弾道に向かい倒れたのだ。
私の体は倒れた衝撃で右腕部の接続に異常が発生した。
――命中・神経カット――
倒れた私に、敵の6.8口径炸裂弾頭ライフルが命中した。
擬似神経のニューロンが逆流、電子化された脳、及び魂への影響を保護する為、全身の神経をカット。
ソフトがスタンバイ状態になり、セーフモードで次々に接続を遮断する。
――スリープモード・行動不能――
今回の任務は、敵ミサイル基地の襲撃。
赴いたのは我々十二名。
そして逆方面からも十二名がダブルアタックを仕掛ける。
接続が切れる寸前まで行動していたのは六名だった。
――戦闘モード解除――
水が水面に落ちて波紋をつくる。
波紋のような余韻を残し、私は通常モードに切り替えられた。
代わりに、それまで抑えられていた、人間として残された部分を活動させる。
倒れた私は、そのまま攻撃目標から外れたようだ。
撃たれもせず、狙撃兵のレーダー反応も消えた。
荒廃した世界、焼け焦げた地面の上で、スクラップ同然の私は、動けずに転がっている。
二キロ先には小山があり、小山の向こうには発射されるミサイルの先端が、黒い山が帽子を被ったように見えた。
数分後、戦いの音が消え、我々の部隊は全滅した。
生命維持の為だけに稼動する鉄クズの私は、暗く汚された空を見ていた。
半日経過、ミサイルが発射された。
黒い小山の後ろが眩く光、光学処理の負荷を超えた光がカットされフィルターが掛かる。
日が昇るような燃える炎を吹き、ロケットの先端が空を目指す。
膨大な熱と光フレアの残像、そして尾を引くような発射煙を残して空へと消えた。
私は右手の中で潰れたお守りに、残りの電力を全て使い接続した。
ひび割れた隙間から涙のような液体を流す眼球が、神経細胞を刺激され熱を発する。
遺伝子情報と残留記憶の中の彼女は、いつも明るい空の下で笑っている。
私が残してほしいと哀願した、たった数分の情報。
「あ、飛行機だ」
彼女が指差す、その方向に飛行機はいない。
視覚、電子情報を幾ら使おうが、脳に電気を直結しようが魂は騙せない。
私は答えた。
「それはミサイルだよ、大丈夫、私も皆もすぐにそっちに行くから。二人で見つけよう」
彼女は答えた。
「冗談ばっかり」
「冗談じゃない、本気だ」
「こじつけだー……でも、いいなそれ」
「空の見える場所で、式を挙げようか」
「うん」
きっとそれは天国かな。人工的な夢を見る機械も電気脳も天国に行けますように、私は祈った。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
数多いネット小説の中で、ここで出会えたことが何よりの出来事です。