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胞子の園【2026年版】【AI作品】全5話  作者: マツリカイツカ


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第1話 発見

 午前二時。加賀谷誠は、北川食品研究所の外壁フェンスの前に立ち、巨大な墓標のような建物を仰ぎ見た。

 十年前の閉鎖以来、時を止めた三階建てのコンクリート。かつて窓があった場所は無骨なベニヤ板で塞がれ、街灯のない郊外の闇の中で、その輪郭だけが鋭利に浮き上がっている。加賀谷はバッグを背負い直し、錆びついたフェンスの南西の角、大人が一人ようやく通れるほどの隙間に身を滑らせた。

 敷地に足を踏み入れた瞬間、プロの探偵としての嗅覚が警鐘を鳴らした。砂埃の積もった地面には、無数の靴跡が交錯していた。エッジの立った新しい跡が、建物の奥へと続いている。

(数日以内……誰かがここを使っている)

 重い金属扉を押し開けると、軸受けの摩耗した絶叫が暗闇に吸い込まれた。懐中電灯を点け、剥がれかけたリノリウムの床を照らす。受付カウンターの残骸を抜け、案内板の〈地下貯蔵室〉という文字に従って奥へと進む。階段を降りるにつれ、空気の質が劇的に変わった。


 地上より温かく、飽和した湿り気を帯びている。そして、嗅いだことのない甘ったるい芳香――熟れすぎた果実と腐肉が混ざり合ったような匂いが、肺の奥にへばりついた。


 最下層の重厚な扉を開けた瞬間、加賀谷は息を呑んだ。

 暗闇に漏れ出したのは、幽玄で、毒々しいまでに青白い光。

 目が慣れるにつれ、室内の異常な光景が浮き彫りになる。そこには、十二基の巨大な培養タンクが整然と並んでいた。


 金属フレームに強化ガラス。大人一人が収まる縦長の筐体からは、無数のチューブが天井の配管へと脈動するように繋がっている。加賀谷は最初の一基に吸い寄せられるように近づき、ガラスに顔を寄せた。


 霧の向こうに、人間の輪郭があった。


 傾斜台に固定された肉体。その首から肩にかけて、タンクの発光体と同じ色をした『何か』が群生している。

 加賀谷は反射的に後退り、背中が対面のタンクにぶつかった。ドクドクと耳元で脈打つ心音。振り返った先のタンクにも、やはり人の影がある。激しい震えを抑えながら、彼は再び懐中電灯を十番タンクに向けた。


 そこには、悍ましくも美しい光景があった。


 宿主の皮膚を突き破り、白く細い柄が直接生え出している。傘を開いたキノコたちが、青白い光を放ちながら波打っていた。根元の皮膚は無惨に盛り上がり、網目状の菌糸が血管のように全身へ広がっている。

 加賀谷はバッグから一枚の写真を取り出した。バースデーケーキを囲み、ラメ入りのとんがり帽子を被って笑う青年。柴田健太。

 タンクの中の顔と、写真を見比べる。角度も照明も違うが、額の形、耳の位置。間違いなかった。


(警察だ、すぐに通報を――)


 スマートフォンを取り出そうとした、その時だった。

「……す、けて……」

 それは、呼吸音に紛れるほど細く、湿った呟きだった。健太の唇が動いたようにも見えたが、霧のせいで定かではない。

(……聞き間違いか?)

 確認しようと加賀谷が顔を近づけた、その時だった。


 背後で、空気を裂くような気配がした。


「あ――」

 振り向く間もなく、首筋に鋭い衝撃が走った。

 懐中電灯が床に転がり、光が虚しく天井を照らす。コンクリートの冷たさが頬に触れ、視界の端に、床に落ちた写真が見えた。

 とんがり帽子で笑う青年。その幸せな色彩が、急速に遠のいていく。

 加賀谷の意識は、底なしの青白い闇へと沈んでいった。

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