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『狂犬お市様』 〜転生八回目、戦国を生活で支配した姫〜   作者: イサクララツカ


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72話 狂犬お市様の狂犬式知多開発とブラック家臣団 その7(追い酒・岡部編)

西暦1553年1月27日 夜(天文二十二年 正月二十七日)

尾張国・鳴海城 評定の間

 さらに酔いはじめた。

 いや、正確には――酔わされはじめた。

 お市様が「チリン」と鈴を鳴らした瞬間、座敷の空気が変わる。

 酒が増える。あてが増える。

 そして不思議なことに、朱印の気配も増える。

 運ばれてきたのは、湯気が立つ煮付け。

 鯛の煮付け、鰤の煮付け。

 尾張の冬は腹に来る。だから旨い。旨いから眠い。

 眠いから……危ない。

(これは罠だ)

 藤吉郎は、箸を持ったまま悟った。

 ――旨い飯のあとに、姫様の“ひらめき”が来る。

「さきほどの焼酎――麦、米……」

 お市様が盃を傾けながら、さらりと言う。

「名前を考えなくてはいけないの。いい案があれば採用するぞ」

「急に商品会議!」利家が突っ込む。

「しかもここ評定の間!」まつも突っ込む。

「酔ってるときに決めた名前、あとで黒歴史になりません?」寧々が現実を刺す。

 お市様は、にっこり。

「黒歴史も銭になる」

「ならんわ!」

 姫様は、指を折って“直轄店”の構想を並べはじめた。

「わらわの直轄店は――

 無料寺小屋、無料診療所、薬屋、

 狂犬印煎餅屋、狂犬印団子屋……さらに、居酒屋もやるゆえの」

 家臣団の胃が、また鳴った。

 空腹ではない。痛みで鳴った。

「おこづかい増やして研究せねばの。奉仕も大切じゃ」

「奉仕って言いながら、事業増えてますよね?」藤吉郎が思わず言う。

「奉仕じゃ」

「奉仕の規模が天下取り!」

 そのとき。

 お市様の視線が、ふっと岡部へ落ちた。

「さて――岡部よ」

 岡部が、すっと姿勢を正す。

 火付盗賊改役。鳴海の治安を握る男。

 そして、この評定で最も“胃の強い”男かもしれない。

「そちには、鳴海火災の計略の際には大変世話になった。――許せ」

 珍しく、姫様の言葉が少し柔らかい。

 家臣団が息を飲む。

「同心にも大変世話になった。

 感謝状と祝い金二百貫じゃ。明日以降、奉行所で部下をねぎらってくれ」

「……はっ」岡部が短く応える。

 その声だけで、同心たちの背が軽くなるのが見えた。

 姫様は続ける。

「酒とあては城にあるゆえ、使いを出せ。頼むぞ」

「……城の酒、勝手に出していいんですか?」利家が小声。

「いいの。姫様の財布や」まつが即答。

「財布がデカい!」

「胃が痛い!」

 ――だが、優しさはここまでだった。

「でな」

 岡部に、朱印の気配が寄る。

「大高、常滑、緒川、刈谷――

 知多全域、そちの警備範囲が増えておる。

 同心を採用せよ。水野と相談し、今川武士を切り崩せ」

 岡部が眉ひとつ動かさない。

 動かないが、背中の圧が変わった。

「三河の松平、遠江の井伊など――こだわらでよい。

 働く気がある者を採用せよ。治安を任せる」

「お市様……それ、人材市場を丸ごと買いに行く指示です……」藤吉郎が震える。

「そうじゃ」

「認めた!」

 さらに姫様は、地図のように空を指でなぞる。

「さきほど挙げた城下町は、勝手に大きくなる。

 道を広げ、詰所を置き、警備しやすいようにせよ」

「道路拡張は土木!?」

「治安って言いながら都市計画まで!」

 家臣団のツッコミが渋滞する。

 岡部は静かに頭を下げた。

「……承知」

 短い言葉に、“やり切る覚悟”が詰まっていた。

 そして――

「以上で評定は終わる」

 家臣団が、心の底から安堵した。

 やっと終わる。胃が生き返る。明日が――

「酒はまだある。あてもまだある。存分に飲んでよいぞ」

「終わってない終わってない!」

「“評定が終わった”だけで、“地獄が終わった”とは言ってない!」

 藤吉郎が叫ぶと、姫様は上機嫌に笑った。

「無礼講じゃ。宴会に入るぞ」

 その瞬間――

 お市様が、すっと座を整え、何かを構えた。

 そして。

 津軽三味線を弾きだした。

 ――鳴海城の夜に、乾いた高音が走る。

 鯛の煮付けの甘辛い匂い。

 鰤の脂の湯気。

 盃の音。

 そして、世界一美しい姫武者の指先が、弦を叩く。

 家臣団は見惚れた。

 だが同時に思う。

(……この宴会、明日も仕事あるよな)

(ある)

(絶対ある)

 胃が、また痛んだ。

狂犬記・作者 桃(祐筆)/日記

今夜は評定が“終わった”と宣言された。

だが酒が増え、鯛と鰤の煮付けが増え、結局は宴会が始まった。

焼酎の名を考えよと姫様。

皆が酔っている時に決める名ほど、怖いものはない。

岡部殿へ感謝状と二百貫。部下をねぎらえと仰せ。

優しい……と思ったのは束の間。

知多全域の警備、同心採用、今川武士の切り崩し、さらに道を広げ詰所を置けと都市計画まで。

岡部殿の胃は鉄でできているのかもしれぬ。

そして姫様が津軽三味線を弾きだした。

美しい。音も鋭い。

だが、我らの明日も鋭い。

胃薬が欲しい。切実に。

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