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『狂犬お市様』 〜転生八回目、戦国を生活で支配した姫〜   作者: イサクララツカ


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66話 狂犬お市様の狂犬式知多開発とブラック家臣団 その4

西暦1553年1月27日 夕(天文22年・正月下旬)

尾張国・鳴海城 評定の間

 親子丼が――旨かった。

 ちゃんこ鍋で腹を満たした後に、あの丼である。

 半熟の玉子が、とろり。鶏の旨味が、じゅわり。葱が、しゃき。

 そして米が、吸う。吸って吸って吸って、脳まで眠くなる。

「……あかん、意識が……遠のく……」

「藤吉郎殿、目が死んでます」

「利家、お前も目が死んでるぞ」

「……俺は最初から死んでるっす……」

 狂犬家臣団の幹部と奉行たちは、膳を抱えたまま、ふにゃふにゃになりかけていた。

 評定の間は、夕刻の冷えと、湯気と、白米の魔力で、完全に“眠りの結界”が張られている。

 その中心で、ひとりだけ――目が開いている男がいた。

 フリーター利家。

 利家は、膳の横に積まれた書類の束を、真顔で見つめていた。

 しかも、何枚かは朱印入り。

 達筆すぎて、雑に見える恐ろしい字。

(……これ、俺宛て?)

(……朱印って、俺の人生に必要なやつだった?)

 固まっている利家に、上座から声が飛ぶ。

「フリーター」

 お市様が、丼を置き、頬杖をついて笑っていた。

 今日も世界一美しい。腹立つほど美しい。

「は、はい! ……って、フリーターやめてくださいよ!」

「やめぬ」

「即答で!?」

 藤吉郎が、乾いた笑いを漏らす。

「利家、諦めろ。姫様は呼び名を決めたら曲げん」

「藤吉郎さん、あなたも“婿殿”固定で苦しんでるじゃないっすか!」

「それは言うな。胃が痛くなる」

 お市様は、楽しそうに頷いた。

「フリーターは自由じゃ。自由ゆえ発想力がある」

「自由っていうか、仕事がないだけっす……」

「同じことじゃ」

「同じじゃないっす!」

 まつが口元を押さえて笑い、寧々が肩を揺らしている。

 この二人、今日は料理担当で評定の裏方に回っていたのに、結局いじりに参加してくる。

 お市様は、利家の前にある紙束を、指でちょんと叩いた。

「利家。脳筋でもよい」

「よいんすか!?」

「じゃが――算数は勉強しろ」

「そこは厳しい!」

「まつから算盤を習え。そなた、同じ部屋で寝起きしておるのじゃろ?」

「うっ……」

「逃げ場はないの」

「ぐぅ……!」

 まつがにっこりする。

「利家。うち、算盤も、手元も、早いで?」

「……すでに怖いっす……」

 お市様は、さらに追い打ちをかけるように、にやりと笑った。

「まつ、利家よ。祝言はいつじゃ?」

「ちょっ、姫様!?」

「はやくヤヤコが見たいの。可愛いのー!」

「ヤヤコって……子供のことっすか!?」

「そうじゃ。子供はたーんと作るのじゃぞ?」

「言い方が雑!」

「狂犬家臣団採用じゃ!」

「採用枠そこ!?」

 評定の間に、笑いとむせが広がる。

 咳き込んだ奉行が、涙目で言った。

「……姫様、少子化対策が早すぎます……」

「この時代に“少子化”はないけどな」藤吉郎がぼそっと突っ込む。

「よい。先取りじゃ」お市様は胸を張る。

「先取りしすぎっす!」

 お市様は、笑いながらも、すっと声を締めた。

 空気が変わる。

 狂犬家臣団が、反射で背筋を伸ばす。眠気が引く。怖い。

「さて、利家」

「はっ!」

「愛部の部隊長を任す」

 どん、と言葉が落ちた。

 利家が瞬きを忘れる。

 愛部。

 お市様直轄武士団。

 最前線で姫の“狂犬式”を体現する連中。

「……俺が?」

「うむ。わらわの直轄武士団じゃ」

「いや、俺、フリーターですよ!?」

「だから良い」

「何が!?」

 お市様は、さらりと言い切る。

「死んでも叩き起こして鍛えよ。わらわの武の根っこじゃ」

 利家の喉が鳴る。

 冗談が冗談に聞こえない。

 しかし、その目は真剣だった。

「時期、藤吉郎が武田信虎を引っこ抜く」

「……え、引っこ抜くって言い方」

「信虎から武田流兵術を学べ」

「武田流……!?」

 戦国小ネタで言えば、甲斐武田は騎馬と兵法の名門。

 尾張の野武士上がりの利家にとっては、夢みたいな話だ。

「じゃが、殺すなよ?」

「そこ強調しますね……」

「簀巻きが基本じゃ」

「基本が簀巻きって何ですか!」

 藤吉郎が遠い目をした。

「利家……それが姫様の優しさだ……」

「優しさの形が変だよ!」

 お市様は、笑ってから、また声を冷やす。

「じゃが、子供と女子、弱き民を殺す武士は――即、首をはねよ」

「……っ」

「わらわの名で、はねよ。悪即斬じゃ」

 利家が、深く頷いた。

 脳筋でも、そこだけは、まっすぐ理解した。

「……はい。そこは、絶対に守ります」

 お市様は、満足そうに頷き、ふっと表情を戻した。

「基本、殺すなよ?」

「また戻った!」

「戻しておくのが、わらわの愛じゃ」

「愛の方向が狂犬!」

 そして、お市様は次の紙束を指で弾いた。

「で、利家。前田の実家に慶次がおろうが」

「……います」

「あれ、採用してこい。騎兵隊を作る」

「慶次……あいつ、自由すぎて、俺よりフリーターっすよ?」

「だから良い」

「またそれ!?」

 お市様は、にっこり。

「狂犬が呼んでおる、と言え」

「……言った瞬間、喜んで来そうなのが腹立つっすね……」

「来たら鍛えよ」

「結局そこ!」

 評定の間の空気が、また少しだけ軽くなる。

 重い任命の後に、ちゃんと笑いを挟む。

 この姫、恐ろしいほど人心掌握が上手い。

 お市様は、膳を押しやり、両手を打った。

「質問は? あるかの?」

 利家は息を吸って、正面を見た。

「……あります。俺、愛部の人数、今、何人っすか?」

 場が、ぴしり。

 藤吉郎が小さく頷く。良い質問だ。

 お市様は、さらりと言った。

「愛部は二百。犬かき衆は状況で増減するが、今は主力が四百台じゃ。

 この先、騎兵と諜報でさらに膨らむ。覚えておけ」

「……二百……四百台……」

 利家の顔が青くなる。

 まつが肩を叩いた。

「利家、算盤やで」

「今、その現実やめて……!」

 お市様は、満足そうに頷くと、次の束を取った。

「よし。つぎ!」

 視線が、すっと右へ動く。

「――寧々」

 寧々が、紙の束をトントンと揃えだした。

 その音が、なぜか雷みたいに聞こえる。

 藤吉郎が、反射で呟いた。

「……今夜、帰れるかな」

 まつが即答した。

「無理やな」

 利家も即答した。

「無理っす」

 奉行が泣いた。

「助けて……」

 お市様は、世界一美しい笑顔で言った。

「大丈夫じゃ。夕食はまだある」

 ブラック家臣団、確定。

◉狂犬記・作者 桃(祐筆)/日記

親子丼、恐るべし。

眠気と引き換えに、心を掴まれる。

利家殿、愛部隊長に任命。

顔は青いが、目は真っ直ぐだった。

姫様は「殺すな」と言いながら、悪は斬れと言う。

矛盾ではない。

姫様の中では、一本の道なのだ。

そして次は寧々殿。

紙の束を揃える音が、地獄の始まりの合図に聞こえた。

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