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『狂犬お市様』 〜転生八回目、戦国を生活で支配した姫〜   作者: イサクララツカ


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第65話 狂犬お市様の狂犬式知多開発とブラック家臣団 その三

西暦1553年(天文二十二年)一月二十七日 夕/冬

尾張国・鳴海城 評定の間

 会議が――終わらない。

 終わる気配すら、ない。

 夕刻。障子越しの光が赤く伸び、評定の間の影が長くなる。

 狂犬家臣団幹部と奉行衆は、ちゃんこ鍋の余韻でまぶたが重い。眠い。とにかく眠い。

 だが、眠気より強いものがある。

 ――姫様の“次の一言”への恐怖だ。

 寧々とまつが、静かに夕食を支度し、みなの前へ御膳を置いた。

 食べながらの会議。

 それはつまり、“逃げ道が塞がれた”という意味である。

 膳の向こう側。

 お市様は、ことの他、美しい。世界一美しい。

 尾張の男が推し活する意味は分かる。

 分かるが――直接関わる我ら狂犬家臣団は、ブラックそのもの。

 毎日、胃が痛い。胃が、戦をしている。

 藤吉郎は、背筋を伸ばした。

(姫様の意図を考えろ。知恵にしろ。生き残れ)

 自分に言い聞かせるように、箸を握る。

 お市様が扇をとん、と置いた。

「……前田まつ、利家」

 名を呼ばれた瞬間、利家の顔色が変わる。

 まつは平然としている。実家が強い女は、心臓も強い。

 お市様は紙の束を差し出した。

 朱印入りも混じっている。

 その朱印が、なぜだか“血判”に見える。

「まずは、前田の実家に行け」

「根こそぎ採用してこい」

「根こそぎ……」

 利家が震える。

 まつが肘で突く。

「利家、震えるな。うちの実家は、根こそぎされ慣れとる」

「慣れとる言うな! どんな家やねん!」

「津島や」

「地名で全部片づけるな!」

 お市様は、にこりともせず続ける。

「まつを楽にさせる」

「ゆえに、津島の狂犬堂は前田に任す」

 利家が反射で胸を張る。

「おう! 任せ――」

 その瞬間、お市様の声が落ちた。

「死ぬほど利益を上げよ」

「死ぬほど!?」

「死ぬほどじゃ」

「生きろって言うて! まず生きろって言うて!」

「生きて死ぬほど稼げ」

「言い方が悪いわぁぁ!」

 ざわつく評定の間。

 だが、お市様は涼しい顔で、次の札を切る。

 ――ちりん。

 鈴の音。

 女中が、みなの膳に“丼”を置いた。蓋付きだ。湯気が立っている。

「……なんやこれ?」

 利家が恐る恐る蓋に手をかける。

 藤吉郎も、寧々も、まつも、桃も――全員が同じ動作になった。

 蓋が開く。

 半熟卵が、つややかにとろり。

 鶏の香ばしさ。出汁の甘辛さ。刻み葱の青い匂い。

 胃が痛い家臣団の胃が、一瞬だけ“救われる匂い”を嗅いだ。

 お市様が言った。

「名は、親子丼じゃ」

「まずは、食べよ」

 誰かが小さく、泣きそうな声で言う。

「……文明……」

 お市様は、箸を持ち、さらりと続ける。

「材料は、鶏、玉子、葱じゃ」

「うまいだろ?」

 まつがひと口食べ、目を見開いた。

「……うまい……!」

 寧々が二口目で固まる。

「なにこれ……簡単な顔して、心を殴ってくる味やん……!」

 利家は三口目で、膝から崩れた。

「姫様……胃が治る……」

「治らぬ」

「え?」

「これから悪化する」

「言うた! 本人言うた!」

 お市様は、親子丼の湯気の向こうで、優しい顔のまま、残酷な命令を放つ。

「まつ」

「熱田を中心に店を出し、各地に出店せよ」

「料理は簡単じゃ。基本、女性を採用せよ」

 まつが姿勢を正す。

 “料理が得意”というのが、ここで武器になる。

「病や戦で夫を亡くした女を救え」

「子は、狂犬寺小屋に入れよ」

「無料給食付きじゃ――ちゃんこ鍋でな」

「ちゃんこ鍋、ここで回収されるんかい!」

 利家が叫び、寧々が吹き出しかけて咳き込む。

 お市様は、ふっと笑った。

「まつよ」

「そちに、屋号をやる」

 まつの箸が止まる。

 評定の間の空気が、ぴんと張った。

「まつ屋じゃ」

「まつ屋・前田まつ」

「任すゆえ、親子丼の店を増やし、女の居場所を作れ」

 まつは一瞬だけ目を伏せ――すぐに、笑って頷いた。

「……承知」

「津島も熱田も、まつ屋で染めたるわ」

 利家が横で震える。

「まつが覚悟決めると、周りが死ぬやつや……」

「利家、まず稼げ」

「はい!」

 お市様は、扇で口元を隠し、最後に“おまけ”を落とした。

「よいな」

「もれなく――諜報付きじゃがの」

「それ、いる!?」

「いる」

「親子丼屋に諜報!?」

「客は情報の塊じゃ」

「うわ、怖い! でも賢い!」

 藤吉郎は、親子丼を飲み込みながら思う。

(姫様は“救い”を商いにし、商いを“刃”にする)

(女の居場所を作ることが、同時に情報網になる)

(優しさが、そのまま戦力に変わる)

 ――ブラックだ。

 だが、筋が通っている。

 そして腹が満ちれば、人は立てる。

 お市様が、ゆっくりと周囲を見回した。

「質問は? あるか?」

 誰も言えない。

 親子丼がうますぎて、質問が喉に詰まっている。

 お市様は満足げに頷き、次の獲物に視線を向けた。

「つぎ――」

 利家の肩が跳ねる。

「フリーター利家!」

「まだ言うたぁぁぁ!」

 評定の間に悲鳴が響く。

 そして、夜は深くなる。会議も深くなる。

つづく。

◉狂犬記 作者・祐筆 桃(日記・感想)

天文二十二年(一五五三年)一月二十七日 夕 鳴海城

会議が長引き、寧々様とまつ様が夕食を整え、食べながらの評定になりました。

姫様は夕日の中で、さらに美しく、見ているだけで心が洗われます。

ですが同時に、胃が痛くなります。差し引き、毎日胃が痛いです。

今日、親子丼という丼が出ました。

半熟卵が美しく、鶏と出汁と葱の香りがして、皆が一瞬だけ静かになりました。

戦より強い静けさでした。

「食で心を動かす」――姫様はそれを、当たり前のようにやります。恐いです。

姫様は、まつ様に屋号を与えました。

「まつ屋」

親子丼の店を増やし、夫を亡くした女性を雇い、子は寺小屋へ、給食付き。

救いと商いを同じ線で結び、さらに諜報まで付けると言いました。

優しさが、仕組みになり、戦力になる瞬間を見ました。

最後に「フリーター利家!」と呼ばれ、利家様が悲鳴を上げました。

笑ってはいけないのに、少し笑ってしまいました。

親子丼は美味しく、会議は地獄です。

でも――ここにいると、人が救われていく形が見えるのです。

狂犬記 作者 桃

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