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『狂犬お市様』 〜転生八回目、戦国を生活で支配した姫〜   作者: イサクララツカ


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第63話 狂犬お市様の狂犬式知多開発とブラック家臣団

西暦1553年(天文二十二年)一月二十七日 昼/冬

尾張国・鳴海城 評定の間

――ちゃんこ鍋のあと。みな、眠い。

 ちゃんこ鍋は、強い。

 腹が満ちると、人は優しくなる――そして、眠くなる。

 評定の間。

 狂犬家臣団の幹部と奉行衆が呼び出され、正座の列がずらり。

 なのに空気は、どこかぬるい。目が半分閉じている者もいる。戦国なのに。

 藤吉郎は(これは奇跡や……)と頬をつねった。

 なにせ姫様が五日も兵を揚げなかったのだ。

 修行も訓練も無し。

 その結果、家臣団の身体は「回復」した――ただし回復しすぎて、ちゃんこ後に全員眠い。

(回復って、こういう落とし穴あるんやな……)

 そこへ、戸が開いた。

 ――す、と静かに入ってくる影。

 白い肌。艶のある黒髪。背筋の一本線。

 そして、世界一美しい顔。

 お市様である。

 その瞬間、眠気が評定の間から消滅した。

 誰もが反射で背筋を伸ばす。

 ブラック家臣団、起床。

 上座に座すや否や、お市様は藤吉郎を指差した。

「藤吉郎!」

「は、はひっ!」

「今日の評定は長いぞ」

「途中休憩を入れる。そのつもりで」

「日も暮れるであろうから明かりの用意」

「寧々、まつ。夕食の用意もしておけ。みなで食べるぞ」

 寧々が「はいっ!」と元気よく返し、

 まつが「台所が戦場や……」と顔を引きつらせる。

 利家が小声で言った。

「評定って、飯付きなん?」

「黙れ利家。飯付き評定は、地獄の前触れや」

「なんでやねん」

「食うてから、さらに働かされるんや。腹パンで正座や。逃げ場が無い」

「ブラックやん」

「今さら気づいたんかい」

 お市様は扇をぱちりと閉じ、朗々と宣言した。

「では――収入確保からじゃ」

「全ての問題の根本は、腹じゃ」

 奉行衆が頷く。

 藤吉郎も頷く。

 利家だけが首を傾げる。

「腹が強ければ打撃は強い」

「腰が回れば蹴りは早い」

「よいな」

 岡部元信(町奉行)が真顔で応じた。

「まことに。腹は天下にございます」

「奉行、そこ“ことわざ”にする気やろ!」と利家が小声で突っ込み、

 まつが肘でどつく。

「余計なこと言うたら、腹筋千回追加やで」

「それは死ぬ!」

 お市様は続ける。

「兵は神速を尊ぶ」

「わらわの兵法は、銭で打撃じゃ」

「戦する前には、終わっておる」

 評定の間の温度がすっと下がる。

 “銭”と言い切る姫武者は、強い。

 戦国にありがちな“気合い”ではなく、仕組みと流れで殴るからだ。

「敵が修行してる間、わらわは修行し銭をもうける」

「敵が飯を食う間、わらわは飯を食いながら修行し銭をもうける」

「敵が寝ている間、わらわは修行し銭をもうける」

 利家が耐えきれず、口を挟む。

「姫様、寝てないやん」

「利家、黙れ。寝るのは勝ってからじゃ」

「人生がブラックすぎる!」

 お市様はにこりと笑う。

 それがいちばん怖い。

「敵に近づき――タコ殴りじゃ」

「タコ殴りし終えたときには、修行も銭もうけも続けておる」

 家臣団の幹部たちはなぜか誇らしげに頷いた。

 ブラック家臣団は、ブラックであるほど結束が固い。

 怖い構造である。

 お市様は声を少し落とした。

 ふっと、優しさが混じる。

「水田は休む。畑も休む」

「人は学び鍛え、腹一杯にし、夢を見て生きる」

「幸せになりたい。だから休む」

「休まないと人は潰れる」

 藤吉郎は、その言葉に胸が熱くなった。

 姫様は本当は、家族思いで優しい。

 優しいからこそ、過激な“仕組み”で守ろうとする。

 それが狂犬。

 だが次の瞬間――鋼の声が戻る。

「だが、銭は二十四時間三百六十五日休まぬ」

「休まず働き稼ぐ」

「銭が人の幸せの基礎じゃ」

「よいな。休みが欲しいなら、銭を働かせよ」

 利家がぼそり。

「銭に労働基準法は?」

「無い。戦国じゃ」

「じゃあ、俺らの労働基準法は?」

「……姫様の笑顔や」

「それ基準、ブレるやろ!」

「黙れ利家。笑顔ゼロ文、愛ゼロ文のときが一番危ないんや」

 お市様が胸を張る。

「わらわは中村二百石からの天下取りぞ」

「他のむさい男どもとは、訳が違うぞ」

 むさい男ども(藤吉郎含む)が反射で頭を下げる。

 理不尽なのに、なぜか納得してしまう。

 世界一美しい理不尽は通る。これが狂犬。

「――水野」

 新規採用の水野元信が、背筋を正した。

 そこへ、お市様が“雑な書類の束”をどさりと置く。

 畳が沈み、水野の顔色が死ぬ。

「その前に、謎かけじゃ」

「天下には平野と海があり、一本の海の潮でつながっておる」

「銭の潮じゃな」

 奉行衆が「ほう……」と唸る。

 利家が首を傾げる。

「黒潮って海の潮やろ? 銭、濡れるやん」

「利家、黙れ。濡れても銭は働く」

「銭、強すぎ!」

「これを抑えたら天下が取れる」

「過去も今も、天下を取った者はそこから立ち上がっておる」

「天皇家、神武天皇は日向から天下を目指した」

「陸戦が多いのは皆同じ。だが、わらわは海も陸も戦う稀な姫武者ぞ」

「世界一美しいからの!」

 最後で全部が“姫様理論”に着地する。

 誰も突っ込めない。ブラック家臣団、沈黙。

「伊勢湾は天下にとって重要な“湾”の一つじゃ」

「過去ここを抑え、天下を取った武者がいた――誰じゃ?」

 水野が必死に考え、岡部が助け舟を出す。

「……平清盛など、海と銭を押さえました」

「よい」

 お市様が満足げに頷き、水野が(助かった……)と心で泣く。

「では、水野からじゃ。ゆくぞ」

■水野元信:知多開発(=胃が痛くなる未来設計)

「大高城下町、港湾整備」

「安宅舟二十艘がつけられるぐらい広くせよ」

「常滑港も同じじゃ」

「“ぐらい”が雑すぎます!」

「雑でよい。現場で固めろ」

「現場が泣きます!」

「知多半島の村々、農村改革」

「年貢は水田一割。畑は年貢なし」

 奉行衆がざわつく。

 水野が叫ぶ。

「畑、年貢なし……!?」

「畑が増える。作る者が増える。腹が満ちる」

「腹が満ちれば働ける。働けば銭が回る」

「銭が回れば港が太る。港が太れば伊勢湾が太る」

「よいな、水野。腹は天下じゃ」

「奉行、その言葉ほんまに流行らせる気やろ!」

「利家、静かに」

「換金作物の植え付け――小麦、小豆、大豆、綿花、養蚕、桑畑、薬草畑、その他」

「後は書類に沢山書いてある。目を通せ」

「“その他”が一番怖いんです!」

「常滑に焼き物の施設を増設」

「塩田も整えよ」

「大高に生産工場(化粧品、織物、薬)」

「清酒の酒造」

「酢、みりん、味噌――加工の工房も立てる」

「狂犬堂、常滑店・大高店、出店」

「城下町整備も忘れるな」

「漁業改革――書類に目を通せ」

「(売れるものは全部じゃ)」

「“全部”が雑すぎる!」

「鳴海で、美濃の関や堺から刀鍛冶・鉄砲鍛冶を呼べ」

「狂犬の社員として囲い込み、拡大生産じゃ」

 水野はついに半泣き。

「囲い込みが強い!」

「銭で口説け。腕の良い者は宝じゃ」

「結局ぜんぶ銭で殴る……!」

 お市様は最後に、朱印を押すように言い切った。

「手付けに予算十万貫」

「足らぬなら申せ」

「足りません!」

 水野が即答した。

 静寂。

 ――そして、なぜか全員が頷く。

(正直者は、狂犬では生き残る)

 ブラック家臣団の暗黙知である。

「水野」

「中村へ行け。農村改革を学べ」

「学んだら、すぐ開発にかかれ」

「はい……!」

■狂犬式・入社祝い(福利厚生:札束)

 お市様が“雑なメモ”に朱印を押し、差し出した。

「そちの家臣団入社祝いじゃ」

「桃から千貫、貰うように」

 桃が筆を持ったまま固まる。

「姫様……桃の財布……」

「桃、書け。経費じゃ」

「経費は魔法……!」

「家族一人一人に奮発料、五十貫ずつ」

「身の回りに使え」

 水野の家族が息をのむ。

 泣く者もいる。

 恐怖と救済が同居しているのが狂犬の怖さだ。

「おだい」

 お市様の視線が、松平元康の母・おだいに向く。

 空気が一段冷える。黒圧が乗る。

「水野に付き従い、内政を畑の土作りから覚えよ。よいな」

「……はい」

 お市様は小箱を差し出す。

「わらわの作った化粧品じゃ」

「元康が帰ってくるまでに、美を整えよ」

 おだいは箱を抱え、深く頭を下げた。

 その手は震えていたが、目は真っ直ぐだった。

「水野よ」

「これができたら、百年後、そちの銅像が知多の村々に立つ」

「水野様、と毎日拝まれるぞ」

「気合いじゃ!」

「拝まれる前に倒れます!」

「倒れるな。畑は休むが、水野は伸びる」

「伸びるって何ですか姫様!」

 そしてお市様は、次の紙束を持ち上げた。

 水野に渡した束より――明らかに分厚い。

「つぎに」

「藤吉郎じゃ」

 藤吉郎の魂が、畳へ沈んだ。

「……はい……」

 利家が肩を叩く。

「頑張れ婿殿。俺らブラック家臣団や」

「励ましになってへんわ!」

 寧々とまつは無言で立ち上がり、台所へ“夕食戦争”に向かった。

 評定は、まだ終わらない。

 だが腹は満ちている。

 ――銭の潮は、今日も休まない。

つづく。

◉狂犬記 作者・祐筆 桃(日記・感想)

天文二十二年(一五五三年)一月二十七日 鳴海城

ちゃんこ鍋のあと、みな眠かった。

でも姫様が入って来た瞬間、全員目が覚めました。

美は、最強の号令だと思います。

姫様は「人は休まないと潰れる」と言いました。

その言葉が優しくて、胸が温かくなりました。

けれど次の瞬間「銭は休まない」と言って、全部を仕組みに変えていきます。

優しいのに、容赦がありません。狂犬です。

水野様は書類の束で顔が死んでいました。

「足りません!」と即答したところだけ、少し格好よかったです。

たぶん、狂犬家臣団で生きるのに必要なのは“正直”です。

嘘をつくと、仕事が増えます。ブラックです。

次は藤吉郎様。

水野様より分厚い紙束を渡された瞬間、畳が沈みました。

(沈んだのは畳ではなく藤吉郎様の魂かもしれません。)

夕食は遅くなりそうです。

でも姫様が「みなで食べるぞ」と言ったので、台所も頑張ります。

ブラック家臣団でも、同じ釜の飯は、少し嬉しい。

狂犬記 作者 桃

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