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『狂犬お市様』 〜転生八回目、戦国を生活で支配した姫〜   作者: イサクララツカ


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第62話 お正月のやり直し ――正月とは、休むこと。休ませること。――

西暦一五五三年(天文二十二年)一月二十一日 朝/冬

尾張・鳴海城 評定の間

鳴海城の評定の間は、珍しく“戦の匂い”が薄かった。

昨日まで、城を落とし、旗を騙し、簀巻きを積んで走り回っていた連中が――今日は、座っている。

常滑、緒川、刈谷の三城。

引き渡しは滞りなく終わった。

信長家臣団へ引き渡し完了。

狂犬家臣団は全員、鳴海へ帰還。

……帰還したのだが。

藤吉郎(胃を押さえながら)「……帰ってきたのに、まだ戦が終わった気がしないのは、なんでだ」

利家(目が死んでる)「俺は“正月”って言葉が怖くなった」

さくら「普通は餅食うだけや」

あやめ「城は落とさない」

せつな「簀巻きも増えない」

桃(祐筆)「増えるな、簀巻き……」

評定の間には、狂犬家臣団が一同に揃っていた。

藤吉郎。さくら。あやめ。せつな。利家。

そして、寧々、まつ、桃もいる。

寧々は帳面を抱えて、すでに顔が“経理の顔”。

まつは台所の段取りを脳内で回している“仕切りの顔”。

桃は祐筆として筆を握り、内心で祈る。

(今日は、休みの日……休みの日……)

そこへ。

襖が、すっと開いた。

現れたのは――狂犬お市様。

朝から肌はピチピチ、世界一の美貌は通常運転。

しかも、なぜか上機嫌。

お市様「狂犬家臣団!おはよう!」

全員「おはようございます!」(反射)

お市様「今日も、わらわは世界一美しい!」

利家(小声)「先に言われると、否定できない」

藤吉郎(小声)「否定したら死ぬ」

さくら(小声)「うちら何の組織やねん」

お市様は上座に座らず、いきなり床几にどかっと座った。

“今日は評定じゃない”という意思表示である。

その手には、雑な紙――メモ。

墨が走っている。朱印が押されている。圧がある。

お市様「藤吉郎」

藤吉郎「はっ」

お市様「これ、持て」

藤吉郎「……これは?」

お市様「休暇の朱印状じゃ」

藤吉郎「休暇……?」

お市様「読め」

藤吉郎(恐る恐る)「“本日より三日間、修行・訓練・兵を揚げることを禁ず。違反者は――”」

お市様「続きを読むな」

藤吉郎「はい……」

寧々が顔を上げる。

寧々「姫様、三日……ほんまに……?」

まつ「三日も? 姫様が? 兵を揚げへん? 世界終わるん?」

桃「正月が、やっと、来るんですか……?」

お市様は、満足げに頷いた。

「来る」

一言が重い。

この一言で、鳴海城の胃が救われる。

お市様「今日から三日間は――」

家臣団が身構える。(この後に“夜襲”とか言い出すから)

お市様「絶対に兵を揚げない」

静寂。

次の瞬間、評定の間がふわっと揺れた。

喜びというより、魂が抜ける音。

藤吉郎「……姫様」

お市様「なんじゃ」

藤吉郎「それ、約束でございますな?」

お市様「朱印がある」

藤吉郎「……神だ」

利家「朱印があるなら信じる」

せつな「うちらの胃に朱印押して」

あやめ「胃薬も出して」

さくら「診療所行け」

お市様は手を叩く。

「よい!では正月じゃ!」

寧々「遅すぎる正月や!」

まつ「一月二十一日正月って何!」

お市様「やり直しじゃ」

桃(祐筆)「……正月って、やり直せるんですね」

宴会準備――狂犬堂式、正月膳(※労働)

正月の宴会と言いながら、当然のように働かされるのが狂犬堂である。

ただし、今日は働く側も笑っている。

“兵を揚げない”という安心感は、労働すら甘くする。

寧々「まつ!餅つきの段取り! あんこ! 団子! 酒!」

まつ「任せとき! 尾張の正月は味噌や!雑煮は赤味噌!異論は許さん!」

利家「赤味噌雑煮……戦だな」

さくら「尾張の戦は台所から始まる」

藤吉郎「お市様、今日は本当に休むんですよね?」

お市様「休む。わらわは座って見守る」

藤吉郎「見守るだけで十分圧が強い」

お市様は床几に座ったまま、指を一本立てた。

「ただし」

全員「(来た)」

お市様「本日は面接がある」

全員「ですよね!!」

簀巻き面接――水野信元と家族、そして“おだい”

襖が開き、評定の間に通されたのは、簀巻きの水野信元。

その後ろに水野の家族たち。

そして、空気を一段冷やす存在――

松平元康の母、おだい。

桃(祐筆)(うわ……ほんものの“戦国の目”だ……)

藤吉郎(小声)「政治が来たな……」

利家(小声)「俺、帰っていい?」

さくら(小声)「逃げたら簀巻き増えるで」

おだいは怯えていない。

“値踏み”している。

この狂犬の城で、女と子がどう扱われるかを。

お市様は、にっこり笑った。

笑顔が怖い。だが今日はどこか柔らかい。

お市様「水野よ」

水野(簀巻きのまま)「……ぐぬぬ……!」

お市様「鳴海で働け」

水野「はぁ!?」

お市様「選べ」

水野「選べ……?」

お市様は、指を折りながら言う。

「一、わらわ直轄・知多半島開発担当」

「二、岡部みたいに、火付盗賊改役」

「三、フリーターでさよなら」

利家「フリーターでさよならって選択肢が重い……」

藤吉郎「利家、刺さるから黙れ」

まつ「水野さん、選びや……(圧)」

寧々「フリーターは鳴海城で生き残れんで……(圧)」

桃「……面接の場の圧が、戦より濃い……」

水野「ふざけるな!わしは水野だぞ!」

お市様「簀巻きじゃ」

水野「簀巻き言うな!」

お市様「簀巻きは状態を表す言葉じゃ」

水野「状態で呼ぶな!」

お市様は、家族の方へ視線を移した。

「水野の家族は、みな狂犬堂で雇う」

家族たちが息を呑む。

お市様「人手が足りぬからな」

寧々「姫様、それ理由がいつも一緒や」

まつ「でも雇用は強い」

桃(祐筆)「……家族を守る宣言は、民心を掴む。姫様、やっぱり政治が上手い」

おだいが一歩前へ出た。

「……姫君。私ら女は、どう扱われる」

評定の間が静まる。

さくらたちの背筋が伸びる。

藤吉郎の頭が一気に回る。

(ここでの返答一つで、松平の未来が変わる)

お市様は、目を逸らさずに言った。

「女子と子は、守る。鳴海はそういう地にする」

おだい「言葉だけでは、信じられぬ」

お市様「ならば制度で信じさせる」

床几から立ち上がり、お市様は水野へ戻る。

そして、さらっと爆弾を落とした。

お市様「それと――松平元康」

おだいの瞳が鋭くなる。

「そちの妹の息子は、糞義元の人質よな?」

おだい「……っ」

お市様「さらってきて、救出してやろうか?」

寧々「姫様、言い方ぁ!」

まつ「さらうって言うた!」

藤吉郎(頭を抱える)「“救出”って言ってください姫様ぁ!」

利家「救出(物理)だな」

さくら「物理言うな!」

お市様は平然としている。

「わらわなら、できるぞ」

おだいは、一瞬だけ言葉を失った。

恐怖か、期待か、怒りか――混ざった顔だ。

お市様「考えて答えよ。今後のみらいだ」

水野が唸る。

家族が揺れる。

おだいが、姫様を真っ直ぐ見る。

鳴海城の評定の間は、宴会前なのに――すでに一つの戦場だった。

ただし、刀ではなく、言葉と制度で切り結ぶ戦場。

藤吉郎は、心の中で深く頷く。

(姫様は“暴”に見せて、“選択肢”で縛っている)

(生かして、働かせて、守って、取り込む)

(狂犬の顔で、統治をしている)

お市様が、にやりと笑った。

「さあ、水野。どれを選ぶ?」

◉狂犬記/作者:桃(祐筆)日記・感想

天文二十二年 一月二十一日 朝 鳴海城

三日休暇の朱印状が出た。

私はそれを見て、涙が出そうになった。

一月二十一日に、正月が来た。

狂犬堂の正月は遅い。遅いが、来た。

だが、姫様は休ませると言いながら、面接を始めた。

休暇とは、戦をしないという意味であって、胃が休むとは限らないらしい。

藤吉郎殿の胃は、今日も働いている。

簀巻きの水野殿と、その家族。

そして、松平元康の母――おだい様。

あの方の目は怯えではない。

生き残るために、未来を測る目だった。

姫様はその目を避けず、守ると言った。

言葉だけでなく、制度で守ると言った。

さらに、元康殿の人質の話まで出た。

姫様は軽く言う。「さらってきて救出してやろうか」と。

軽い。軽すぎる。

だが、できてしまうのが狂犬である。

宴会はまだ始まっていない。

けれど今日の評定の間には、正月より濃いものがあった。

それは、戦の後の“未来”だ。

人を殺さず、取り込み、守り、動かす未来。

私は筆を握る。

この狂犬の城で起きることを、ひとつ残らず書くために。

――狂犬記/作者:桃

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