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『狂犬お市様』 〜転生八回目、戦国を生活で支配した姫〜   作者: イサクララツカ


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54話 狂犬お市様の狂犬式訓練 ――冬?関係ない。愛部.まなべ、始動――

西暦一五五二年(天文二十一年)十二月下旬 厳冬

尾張・鳴海城下(大高城方面)

――狂犬記/作者:桃(お市様祐筆)

■桃視点:冬の朝、法螺は胃にくる

 冬である。

 寒い。刺さる。空気が刀である。

 普通の城は、冬にこうなる。

「火鉢…」

「味噌汁…」

「稽古は……明日で……」

 ――鳴海城は違う。

「ぶぉおおおおおおおおおお!!!!!」

 法螺貝である。

 鐘でも太鼓でもなく、胃に直接くるやつである。

(誰だよ……冬でもやるって言ったの……)

(……姫様だよ……)

 兵隊長屋が一斉に開いた。

 どどどどどっ、鎧の音が地鳴りになる。

 お市様直轄武士団(二百)

 水陸兼用機動部隊(犬かき衆)(二百四十)

 合わせて――四百四十名。

 もちろん全員、完全武装。

 雪でも降っているのかってくらい鉄が光っている。

 違う。太陽だ。太陽が負けている。

 先頭に立つのは――狂犬お市様。

 深紅の鎧。凶悪なガントレット。背中に三味線。

 顔は世界一の美人。表情はニコニコ。内容は戦。

 横には、五年鍛えられた藤吉郎様。

 呼吸が静かで、目が冷たい。鍛え上げられた兵の目である。

 そしてもう一人――新規採用。

 フリーターこと前田利家殿。

 派手な傾奇装束の上から鎧を着せられて、意味が分からない顔をしている。

「なぁ藤吉郎……」

「なんすか、利家殿」

「俺、採用されたの昨日だぞ」

「はい」

「いきなり四百四十名で出撃って、何の面接だよ」

「姫様流の“合格発表”っす」

「発表が戦場!!」

 さくらが横で、さらっと追い討ちをかける。

「利家、遅れると置いてかれるよ」

「置いてくの!?」

 せつなが笑う。

「置いてく。狂犬式は、情け容赦なく置いてく」

 あやめが淡々。

「でも死なせない。死ぬ前に引きずっていく」

「やめろ!優しさの方向が怖い!」

 その時、お市様が前に出た。

 空気が一段冷える。いや、背筋が凍る。

■朝礼:愛部.まなべ、爆誕

「狂犬家臣団、おはよう!」

「おはようございます!!」

「今日もわらわは、世界一美しいぞ!」

(毎日言う。毎日正しい。悔しい。)

「本日より――」

 お市様、胸を張る。

 凶悪な鎧が“どや”と言っている。

「わらわの武士団は、**愛部.まなべ!**じゃ」

 ざわっ、と四百四十名が揺れる。

 “愛部”は分かる。

 “まなべ”は何だ。どこの尾張の地名だ。

 利家殿が小声で。

「……まなべって何だ?」

 藤吉郎様が即答。

「姫様の気分っす」

「気分で部隊名が決まる!?」

「狂犬っす」

 お市様が続ける。

「愛は、愛より出でて、愛より愛しいと言うじゃろ?(雑)」

「言いません!!」

 誰かが反射でツッコみかけたが、命が惜しいので飲み込んだ。

「皆のもの!わらわは、貴様らを愛ゆえに鍛えるぞ!」

「うおおおおお!!」

 犬かき衆がなぜか先に燃えた。

 燃え方が“水”なのに。

「犬かき衆の由来は、そのままじゃ(笑)」

「そのままなんかい!」

 利家殿が叫ぶ。

 お市様、ニコニコ。

「今日も!わらわの愛を存分に受けとれ!」

「笑顔と愛はただじゃ!」

「笑顔ゼロ文!」

「愛はゼロ文じゃ!」

 全軍が唱和しかけたところで、最後の号令。

「いくぞ!貴様ら!全速前進!」

「大高城一周して、脅してかえってくるぞ!」

「うぉおおおおおおお!!」

 利家殿が白目のまま混ざる。

「脅すって言った!?公式に“脅す”って言った!?」

 藤吉郎様が利家殿の背を軽く叩いた。

「利家殿、口は走りながらっす」

「それができたら今ここにいねぇよ!」

■狂犬式訓練:圧をかけて、帰るだけ

 お市様が先頭。

 横に藤吉郎、利家、さくら、あやめ、せつな。

 後ろに四百四十名。

 鳴海を出て、二里南下。

 目標は大高城(鵜殿氏)。

 城は遠目に見える。

 冬の空の下、黙って立っている。

 しかし――そこへ“狂犬の圧”が来る。

「おーい、大高ぁ!」

 お市様が笑顔で叫ぶ。

「今日も元気かぁ!」

「元気じゃなかったらどうするんだよ!」

 利家殿が震え声でツッコむ。

 城は沈黙。

 だが、その沈黙がもう“効いている”のが分かる。

 お市様は、城の外周を走りながら、平然と言う。

「ほら見よ、利家」

「はい!」

「攻めぬ」

「はい!」

「ただ走る」

「はい!」

「それでも胃は削れる」

「最低の兵法!!」

 藤吉郎様が、落ち着いた声で補足する。

「城は、心で持ってるっす」

「心?」

「“いつ来るか分からん恐怖”は、槍より効く」

「怖い!言い方が怖い!」

 さくらが、利家殿の横で軽く笑う。

「利家、顔がもう“家臣”になってる」

「俺、顔で採用されたの!?」

 せつなが指を折る。

「姫様の採用基準は三つ」

「何だよ」

「一、折れない」

「うん」

「二、走れる」

「うん」

「三、ツッコミできる」

「そこ!?」

 あやめが静かに頷く。

「今、三つとも満たしかけてる」

「やめろ!褒め方が地獄!」

 一周して帰還。

 帰ったら終わり――ではない。

「では稽古じゃ!」

「やっぱある!!」

 鳴海に戻り、激しい稽古。

 槍、組討、隊列、合図、そして犬かき衆は水路想定の動き。

 冬の水路想定。狂犬である。

 午前中が終わる頃、利家殿は膝に手を当てた。

「……これ、毎日?」

「毎日じゃ」

 お市様、笑顔。

「大高が泣くまでな」

「俺が先に泣くわ!」

■昼:ちゃんこ鍋と卵と、食トレ

 昼は、ちゃんこ鍋。

 茹で卵。

 白米。

 全員、腹いっぱい。

「これは天国…」利家殿が呟く。

「食トレっす」藤吉郎様が即答。

「天国じゃない!!」

 お市様が卵をぽいっと利家殿の器に増やす。

「食え」

「はい……」

「武士は腹が減ると、心が減る」

「急に名言っぽい!」

「名言じゃ」

「でも言ってる本人が狂犬!」

 満腹になったら昼寝。

「昼寝も訓練じゃ」

「どこまで訓練!」

「夢の中で反省せよ」

「夢で!?」

 藤吉郎様が、利家殿に静かに言う。

「利家殿、姫様の訓練には意味があるっす」

「……何の意味だよ」

「“戦う前に勝つ”ため」

「……城一周で?」

「城一周で」

「狂犬すぎる……」

 そして藤吉郎様は続けた。

「でも一番大事なのは、技でも筋力でもない」

「何だ」

「学ぶ姿勢っす」

「……学ぶ姿勢」

「はい。姫様は、教える時は雑っす。だから、自分で拾う」

「拾うって、訓練中に?」

「拾うっす。命がけで」

「ブラックすぎる!!」

 利家殿は、しばらく黙って――

 そして、悔しそうに笑った。

「……分かったよ。拾ってやるよ」

「それでいいっす」

「ただし!」

「?」

「俺は、ツッコミながら拾う!」

「それが“愛部.まなべ”っすね」

「まなべの意味はまだ分からん!」

 冬の鳴海。

 狂犬式訓練は、今日も続く。

◉桃の祐筆感想(狂犬記)

 お市様の“脅して帰る”は、冗談ではない。

 攻めぬからこそ、相手の心に根を張る。

 恐怖を長く残し、戦う前に勝ち筋を作る。

 そして、味方の士気を“愛”で燃やす。

 ただし、愛はゼロ文でも、胃は減る。

 利家殿はまだ粗いが、折れずにツッコむ。

 あれは才能だ。

 狂犬幹部は、だいたい胃が痛い。だが折れない。

 私?

 私は……胃薬を増やす。

◉桃の日記

天文二十一年 十二月下旬 晴れ 寒気強し

一、早朝、姫様が法螺貝を吹き鳴らし、総員起床。

一、お市様直轄武士団(二百)および水陸兼用機動部隊(犬かき衆)(二百四十)出動。総数四百四十名。

一、朝礼にて、武士団の呼称を「愛部.まなべ」と布告。姫様曰く「笑顔ゼロ文、愛ゼロ文」。

一、鳴海より二里南下し、大高城(鵜殿氏氏照)周囲を一周。威圧のみ実施。

一、帰還後、各種稽古を実施。午前終了。

一、昼食はちゃんこ鍋・茹で卵。食トレの後、昼寝。

一、新規採用の前田利家殿、疲労著しいが折れず。藤吉郎様より「学ぶ姿勢が大事」と諭される。

――祐筆 桃

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