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『狂犬お市様』 〜転生八回目、戦国を生活で支配した姫〜   作者: イサクララツカ


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50話 狂犬お市様の狂犬式人材募集中(幹部不足と“隠し事かえ?”の圧)

西暦一五五二年(天文二十一年)十月中旬 初秋

尾張・鳴海城/鳴海城下

――狂犬記/作者:桃(お市様祐筆)

■桃視点:人は増えた。胃薬も増えた。幹部だけ増えない。

 十月の風は、夏の狂気を洗い流すように冷えていた。

 鳴海の外堀は深く広く、扇川と繋がって“港”の顔をしている。

 ――城が港で、港が町で、町が工場で、工場が診療所で。

 全部、狂犬様の気分で増えていった。

 この募集で、数字だけ見れば大成功だ。

水陸兼用特殊戦闘隊 二四〇

お市様直轄武士団 二〇〇

同心 三〇

工場・生産・店舗の一般社員 山ほど

 工場は煙を吐き、反物は染まり、薬は煎じられ、石鹸の匂いが町に溶ける。

 鳴海の朝は、湯気と香りと、遠くの掛け声で始まる。

「よし! 今日も売れ!」

「工場! 止めるな! 止まったら死ぬ!」

「誰が止めるか! 胃が先に止まるわ!」

 ――止まるのは、幹部募集だけである。

 お市様は診療所を作り、無料で診る。

 寺小屋を作り、無料で学ばせる。

 民は喜ぶ。町は栄える。

 けれど、幹部だけは――来ない。

 理由?

 単純だ。

「狂犬様直属」

この文字が、命を削るからだ。

■鳴海の診療所:狂犬様は医者(※本物)

 診療所の土間に、咳き込む老人が運び込まれた。

「息が……」

「寝かせよ。湯を。胸を温めよ」

 白衣の狂犬様は、脈を取り、瞳を覗き、舌を見て、迷いなく指示を飛ばす。

 さくらが薬草を用意し、あやめが煎じ、せつなが汗を拭う。

「……助かりますか」

 家族が震える声で聞く。

「助ける」

 お市様は、ただそれだけ言った。

 その一言で、家族の肩が落ちる。

 涙が落ちる。

 民の目が、祈る目になる。

 優しい。

 誰より優しい。

 ――だからこそ、幹部が怖いのだ。

 この人の“守る仕組み”の中に入るには、覚悟がいる。

■鳴海城:軍議(※月曜ではない)

 夜。鳴海城。

 軍議の間という名の“丸投げ会場”に呼ばれたのは、

藤吉郎

寧々

まつ

そして私、桃

 お市様は上座で腕を組み、低く唸る。

「……幹部が足りぬ」

 全員の胃が同時に鳴った(気のせいではない)。

「足りませんね」

 藤吉郎が真面目に頷く。

 頷きながら胃薬を握るのはやめなさい。

「足りません」

 寧々が即答。表情は冷静、声が冷たい。

 何か怒ってる時の“寧々”だ。

「足りひん」

 まつは肩を落とす。

 私も落としたい。落とす肩が足りない。

「なぜじゃ」

 お市様が言う。

 寧々、容赦なく刺す。

「怖いからです」

「……怖い?」

 お市様が小首を傾げる。

 まつが両手を広げた。

「怖いに決まってるやろ! 幹部って言うたら“責任”や! 責任って言うたら“狂犬様”や! 狂犬様って言うたら“丸投げ”や!」

「丸投げではない。委任じゃ」

「同じや!」

「違う!」

「違わん!」

「違う!」

「違わん!」

 言い合いが幼い。

 姫様も幼い。

 でも世界一美しい。

 腹立つほど美しい。

 私は恐る恐る口を挟む。

「……あと、幹部って“胃”が……」

「胃がどうした」

「死にます」

「死ぬな」

「無理です!」

 藤吉郎が真顔で頷いた。

「姫様。幹部は判断の連続です。姫様の“委任”は、たまに国家レベルです」

「国家レベルとは何じゃ」

「今川を滅ぼす、みたいな」

「それは楽しかった」

「胃が死んだやつの台詞です」

 寧々が小さくため息。

「……ほら。こういうところ」

「ほら、こういうところです」

 私も乗った。

 まつが手ぬぐいを噛む。

「幹部募集の札見た瞬間、みんな魂が抜けるんや……」

 お市様は、ふっと微笑んだ。

 その笑顔が、ただでさえ武器なのに、今は凶器だった。

「――ならば、問う」

 全員、姿勢が正しくなる。

 来た。狂犬様の“圧質問”が来た。

「誰かおらぬか?」

 寧々、即答。

「おりません」

 まつ、即答。

「おらん!」

 私も即答。

「……おりませぬ……」

 お市様、目を細める。

「使えん」

「ひどい!」

「ひどいです!」

「祐筆、泣きます!」

 お市様は、机を指でとん、と叩いた。

「――まつ」

「はいっ」

 まつ、反射で返事する。かわいい。

 本人は気づいてない。

「まつの彼氏の、前田利家は?」

 空気が凍った。

 凍った空気の中で、寧々だけがゆっくり顔を上げる。

 目が怖い。

 氷より怖い。

「……利家?」

 まつの声が裏返る。

 お市様は首を傾げ、当然のように言った。

「フリーターじゃったな?」

「どこで覚えたん!?」

「噂じゃ」

「噂で人の人生決めるな!!」

 藤吉郎が、なぜか咳払いをした。

 咳払いが、妙に気まずい。

「……利家殿は、槍が強いです」

「藤吉郎! 何、急に褒めてんねん!」

「事実です」

「事実で殴るな!」

 寧々が、静かに追撃。

「……まつ。呼びなさい」

「なんで寧々が命令口調やねん!」

「幹部が足りないのは事実」

「また事実で殴るな!」

 お市様は、笑みを深くした。

 ――狂犬の笑みだ。

「よばぬのか? まつ」

 まつが口を開けたまま固まる。

 逃げ道が消えた顔。

「……いや、でも……」

「でも?」

「利家は……うちの店の手伝いで……」

「ほう。店に貢献しておる」

「そこ褒めるな、余計や!」

 お市様が、すっと身を乗り出す。

 声が低い。

 圧が濃い。

「――隠し事かえ?(圧)」

 その一言で、まつの背筋がぴん、と伸びた。

 武将の前で嘘をついた時の顔になった。

「ち、ちがう! 隠してへん!」

「なら、呼べるな?」

「……呼べるけど……」

「けど?」

「……胃が痛い」

「胃薬やる」

「優しさの方向が雑ぅ!」

 お市様は満足げに頷き、指を一本立てた。

「利家を呼べ。面接する」

 まつが叫ぶ。

「面接って何!? 本人の意思は!?」

「意思は聞く」

「順番!」

「呼ばねば、聞けぬ」

「詭弁!」

 寧々がぼそっと言う。

「……呼ばない理由があるなら、それも面接で言えばいい」

「寧々、怖い!」

「いつもです」

「いつもって言うな!」

 藤吉郎が、真顔で姫様に確認する。

「姫様。利家殿を幹部に?」

「うむ。槍担当じゃ」

「雑!」

「雑じゃない!」

「雑です!」

「雑ぅ!」

 お市様は、ふっと柔らかく笑った。

「……民を守る者が要る」

 その声だけ、まっすぐだった。

 冗談が消えた。

 狂犬の牙が引っ込んだ。

「幹部は、民を泣かせぬためにいる」

 藤吉郎が、静かに頷く。

「はい」

 寧々も、まつも、私も。

 一瞬だけ、言い返せなかった。

 ――優しい。

 お市様は、いつも優しい。

 だから、狂犬式でも、ついていく者が出る。

 ただし、胃は削れる。

■結論:利家、召喚決定(※まつの胃が鳴る)

 まつは、両手で頭を抱えた。

「……呼ぶ。呼ぶけど、利家、絶対びっくりする……」

「びっくりしてからが本番じゃ」

「本番の意味が違う!」

 お市様は最後に一撃。

「逃げるなら、追う」

「追うな!」

「鳴海港まで追う」

「港使うな!」

「早舟も出す」

「早舟やめろ!」

 藤吉郎がぼそり。

「……逃げたら捕縛ですね」

「藤吉郎、味方やろ!?」

「姫様の味方です」

「裏切り!」

 寧々が冷たく微笑んだ。

「まつ、頑張って」

「その“頑張って”が一番怖い!」

 私は日記帳を開いた。

 書く。これは確実に伝説になる。

 次は、槍の男――前田利家の登場である。

 鳴海が、また騒がしくなる。

◉桃の祐筆感想

 十月になり、鳴海の町は“仕組み”として回り始めた。

 兵も増え、同心も増え、工場も増え、診療所と寺小屋まで動いている。

 だが、幹部だけが増えない。

 それは当然だと思う。

 狂犬様の真の姿は、優しい。守るために全部を作る。

 その“守る”の重みを、幹部は背負うことになる。

 今日、お市様はまつを追い詰め、前田利家を呼べと言った。

 圧は狂犬。言葉は凶器。

 だが根は「民を泣かせぬため」だった。

 優しさと狂犬は、同居する。

 ――それが、お市様である。

 そして私は、祐筆として、胃薬を追加したい。

◉桃の日記(丁寧)

天文二十一年 十月中旬

一、九月の募集成果により、水陸兼用特殊戦闘隊二四〇名、お市様直轄武士団二〇〇名、同心三〇名、一般社員多数が配置され、鳴海の町と工場は全速稼働中。

一、お市様は鳴海に診療所を開設し、白衣にて無料診療を継続。さくら・あやめ・せつなが補助し、民の信頼は厚い。

一、鳴海に寺小屋も設置し、読み書き算盤を教える。城下の評判はさらに上がる。

一、しかし幹部人材が不足。お市様の委任(丸投げ)に耐える覚悟と判断力が必要であるため、応募が集まらないと推察。

一、お市様は軍議の場にて、まつ・寧々・桃へ「誰かおらぬか」と問い、まつの交友として前田利家の名を挙げる。

一、「フリーター」と噂で断じ、「よばぬのか?」「隠し事かえ?(圧)」と圧を加え、まつに召喚を命じる。

一、次回、前田利家の面接(=採否以前に胃薬が必要)となる見込み。

――祐筆 桃

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