48話 狂犬お市様の狂犬式兵士採用試験 ――水陸兼用特殊戦闘隊、爆誕(丸投げ)――
西暦一五五二年(天文二十一年)六月下旬 初夏
尾張・鳴海城
――狂犬記/作者:桃(お市様祐筆)
■桃視点:鳴海城、引っ越し完了(なお胃)
鳴海城は、城であり――
今や狂犬家臣団の拠点である。
住んでいるのは、藤吉郎と、伊賀の三人娘――さくら、あやめ、せつな。
狂犬様の直轄、胃が死ぬ部署である。
一方、狂犬堂は分担制。
清州:私(桃)
熱田:寧々(※熱海じゃない、熱田!)
津島:まつ
従業員教育は五年回してきた。
だから責任者がいなくても回る。回るのが普通。
――という圧が、上から降ってくる。
降ってくる?
違う。
狂犬様が投げてくる。
■毎週月曜:鳴海城・軍議(名目)
毎週月曜日。
鳴海城の一室――軍議。
軍議と言っても、地図の上に石を置いて、皆でうんうん唸る真面目なやつ……ではない。
最初に狂犬様が言う。
「よいか、狂犬家臣団よ」
「本日の議題、三つじゃ」
藤吉郎が背筋を伸ばす。
さくらが目を輝かせる。
せつながニヤニヤする。
あやめが嫌な予感で眉間を押さえる。
「一、店は回っておるか」
「二、諜報」
「三、兵士と船」
藤吉郎が言う。
「姫様、三は……規模がでかすぎませんか」
「うむ」
「だから楽しい」
終わりである。
■ポニー三頭(栗毛・雌):褒美(雑)
そこへ、狂犬様がさらっと言った。
「桃、寧々、まつ」
「徒歩は不便じゃろ。これやる」
庭に連れて来られたのは――
栗毛のポニー、雌、三頭。
寧々が固まった。
「姫様、え、え、馬……? 私ら、馬乗れませんけど!?」
「乗れ」
まつが目を輝かせる。
「うわ、かわい! 名前つけてええ?」
狂犬様は頷く。
「よい。好きにせい」
私(桃)は、冷や汗をかいた。
「姫様……これ、経費ですか?」
「褒美じゃ」
「働け」
褒美とは。
圧とは。
寧々がポニーの首を撫でながら呟いた。
「……これ、移動が楽になる反面、世話が増えません?」
「気づくの遅い」
狂犬様が笑った。
まつが肩を叩く。
「寧々、あきらめ。狂犬はそういう生き物や」
■諜報員、三倍(雑メモ)
狂犬様は、藤吉郎を呼び出した。
場所は軍議の部屋の隅。声が低い。怖い。
「藤吉郎」
「諜報員、三倍にせい」
「……三倍?」
「三倍」
藤吉郎が真顔で計算し始める。
「いま百……三倍……三百……」
あやめがツッコむ。
「数字にするな、胃が死ぬ」
せつなが笑う。
「藤吉郎、顔が青いぞ。化粧落ちる」
さくらが天然で追い打ち。
「藤吉郎さん、胃薬のんどきます? 狂犬堂のやつ!」
藤吉郎は優しく微笑んで、死んだ目で言った。
「……ありがと……」
狂犬様は、さらに丸投げする。
「男も女も、化粧品の行商を強化せい」
「獄門(男化粧品)も、狂犬堂も、売れ」
「諜報も強化」
「特に今川」
「それと尾張内部にも気をつけよ」
藤吉郎が呻く。
「姫様……今川だけでも広いのに、尾張内部まで……」
「当たり前じゃ」
「内が腐れば、外より臭い」
言い回しが、胃に刺さる。
■兵士200名+早舟10艘+補給舟2艘(雑メモ投下)
狂犬様は、懐から紙を一枚出した。
くしゃくしゃ。達筆。雑。
それを机に――ポイ。
「はい」
藤吉郎が拾って読む。
兵士 二百名
早舟 十艘
補給舟 二艘
補給人員 四十名
水陸兼用特殊戦闘隊
以上(雑)
藤吉郎が顔を上げる。
「姫様、これ……誰が、集めるんです?」
「お主ら」
即答。
あやめが頭を抱えた。
「やっぱり来た……水陸兼用……」
せつなが肩を揺らして笑う。
「特殊戦闘隊って言ったもん勝ちやん」
さくらがキラキラする。
「かっこいい! 特殊! 水陸! わたし泳げます!」
「泳げるだけで戦はできぬ」
狂犬様は真顔で言い切った。
「だが、やる気は合格じゃ」
藤吉郎が恐る恐る言った。
「姫様、兵士二百って……募集ですか? それとも徴兵……」
「募集じゃ」
「採用試験する」
私(桃)は思った。
――出た、狂犬式“面接”。
人間を、採る。
店員だけじゃない。
今度は兵士。
戦国の価値観が、また壊れる。
■採用試験:会場、鳴海城の広場(胃が鳴る)
翌日から、鳴海城下に張り紙が出た。
鳴海城 兵士募集
条件:命を粗末にしない者
給金:応相談(上限なし)
食:ちゃんこ鍋(毎日)
休:一勤二休(※捕物・戦時除く)
追記:狂犬様が面接する
※逃げるなら今
最後の一行で、応募が減ると思ったら増えた。
世の中には、狂気に惹かれる人間がいる。
試験当日。
広場に集まった男たち。元浪人、元海賊、元足軽、漁師、舟乗り、馬借。
背中に過去を背負った顔。
そこへ、狂犬様が出てきた。
深紅の鎧。
凶悪なガントレット。
そして、白い笑顔。
「よいか、貴様ら」
「わらわは、命を買う」
場がざわついた。
「命を軽く扱う者はいらぬ」
「殺したがる者もいらぬ」
「殴れ、捕らえよ、縛れ、裁け」
「守れ」
藤吉郎が小声で言う。
「姫様、兵士募集なのに、奉行所みたいなこと言ってます……」
狂犬様は聞こえている。
「水陸兼用特殊戦闘隊とは、そういうものじゃ」
せつながニヤ。
「理屈はあとづけ」
あやめが即ツッコむ。
「言うな」
■第一試験:舟(泳げ)/第二試験:土嚢(運べ)/第三試験:心(折れるな)
狂犬様の試験は、単純で地獄だった。
「一、泳げ」
「二、土嚢を運べ」
「三、泣くな」
応募者が叫んだ。
「姫様! 泣くなって何です!?」
「人生は泣く」
「だが仕事中は泣くな」
意味が分かるようで分からない。
でも、妙に刺さる。
舟の試験では、川へ飛び込ませた。
泳げない者は、補給人員へ回す。
泳げる者は、早舟へ。
土嚢は、城下の堀の補強用。
運べない者は、港警備へ回す。
運べる者は、突入要員へ。
そして最後――“心”。
狂犬様が、一人ずつ目を見る。
「貴様は、誰を守りたい」
それだけ。
答えられない者は落ちた。
答えた者は、涙目でも合格した。
藤吉郎が呟いた。
「……姫様、これ、兵の採用っていうより……人の採用です」
「当たり前じゃ」
狂犬様はさらりと言う。
「兵は人じゃ」
「人を採れぬ者は、国を持てぬ」
場が静かになる。
その瞬間だけ、狂犬様は“姫”ではなく“主”だった。
■人手足りぬ問題:身内、出せ
試験がひと段落した頃。
軍議の部屋。
狂犬様が、急に言った。
「……人手が足りぬ」
藤吉郎が頷く。
「はい。足りません。胃も足りません」
「胃は関係ない」
「ある」
せつなが笑い、あやめが拳で黙らせた。
狂犬様は、家臣団を見回す。
「だれか、身内や知り合いに」
「狂犬家臣団に入りたい者はおらぬか?」
さくらが手を挙げた。
「はい! 伊賀にいっぱいいます!」
あやめが即座に引っ張る。
「おい、軽い! 話が重い!」
せつなが肩をすくめる。
「でも、伊賀は確かに人材の宝庫やな。親父連中も来たがる」
藤吉郎が咳払いした。
「姫様、採用試験で集めるのは兵二百。船団もある。さらに諜報三倍……」
狂犬様は、にこり。
「足りぬなら、増やせ」
「銭はある」
藤吉郎の胃が鳴った。
実際に鳴った。
狂犬様は優しく言った。
「藤吉郎」
「胃薬、飲め」
優しい(雑)。
◉桃の祐筆感想
狂犬様の採用試験は、兵の腕前より先に
“誰を守るか”を問う。
戦国の兵は、強さが正義だと教えられてきた。
けれど狂犬様は、強さに“目的”を縛りつける。
命を奪うためではなく、
命を守るための武。
それを、雇用と給金と制度で形にしていく。
信長様が「織田家当主」として厳しくなるのは、当然だ。
家を守るためだ。
けれど狂犬様は、その厳しさとは別の場所で、
“仕組み”によって戦を変えようとしている。
私は祐筆として思う。
この鳴海で始まった水陸兼用の隊は――
いつか尾張の戦い方そのものを変える。
そして、その中心にいるのは、
深紅の鎧で笑う、狂犬姫である。
◉桃の日記
天文二十一年 六月中旬
一、鳴海城に藤吉郎・さくら・あやめ・せつな居住。直轄のため全員の胃が常に緊張。
一、狂犬堂は清州(桃)・熱田(寧々)・津島で分担。教育五年のため回るはず、回らねば圧。
一、姫様、堺の南蛮商人を呼び、褒美として栗毛の雌ポニー三頭を授与。かわいいが世話増。
一、藤吉郎に諜報員三倍を命じ、今川・尾張内部の監視強化、化粧品販売も強化。藤吉郎の目が死んだ。
一、兵士二百、早舟十、補給舟二、補給人員四十の編成を雑メモで布告。水陸兼用特殊戦闘隊という言葉が出た。
一、採用試験実施。「泳げ」「土嚢運べ」「泣くな」。最後に「誰を守りたい」と問う。答えた者が残った。
一、姫様、人手不足を理由に「身内や知り合いに入りたい者はおらぬか」と家臣団に問う。伊賀が動きそう。
――祐筆 桃




