46話 狂犬お市様の面接試験 ――鳴海城代、引っ越し命令、そして“役職ごと丸のみ採用”――
西暦一五五二年(天文二十一年)五月下旬 初夏
尾張・清州城 → 熱田(狂犬堂本店)
――狂犬記/作者:桃(お市様祐筆)
■桃視点:引っ越し=戦(※帳簿が死ぬ)
鳴海城が落ちた。
正確には、落とされた。
戦ではなく、狂犬の“営業”で。
で、狂犬お市様は言った。
「鳴海は、わらわの城代地じゃ。拠点にする」
……はい、来た。
この言い方は、あとで必ず「丸投げ」が付いてくる。
清州城。評定の間の余韻も抜けきらぬうちに、姫様は私たちを呼んだ。
「桃、寧々、まつ」
寧々が背筋を伸ばす。まつが帳簿の気配を察知して目を細める。
私は胃が、すでに痛い。
■清州城:鳴海へ引っ越し命令(雑に確定)
「引っ越せ」
「……へ?」
三人の声が、綺麗に重なった。
寧々が恐る恐る聞く。
「姫様、引っ越しとは……鳴海へ、ですか?」
「うむ。引っ越し終わりしだい、清州には帰らぬ」
まつが即座に食いつく。
「姫様、清州店は!? 店は生き物です! 放っといたら死にます!」
「狂犬堂清州店は全力営業じゃぞ!」
「全力営業の指示だけ出して、当の本人が清州に居ないの、経営として最悪です!」
まつ、秒でツッコミ。さすが“尾張の帳簿巫女”。
姫様は涼しい顔。
「だから、お主らが回せ」
「丸投げじゃないですか!!」
今度は寧々が叫んだ。寧々、最近ツッコミの筋肉が育っている。
姫様は頷く。
「そうじゃ。狂犬様はいつも丸投げだ」
「誇るな!!!!」
三人、同時ツッコミ。清州城の柱が少し揺れた(気がした)。
■追加命令:城改築・工場・鳴海店(雑の上塗り)
姫様は、指を折りながら淡々と告げる。
「鳴海城は、引っ越し次第、改築する」
「城、改築……? 城って、家じゃないですよね?」
私が聞くと、姫様は即答。
「城は家じゃ。でかいだけじゃ」
「発想が武将じゃなくて大工の親方です!」
まつが叫ぶ。
「そして、鳴海に狂犬堂」
「鳴海に狂犬堂工場」
寧々が顔面蒼白になった。
「……店と工場……同時に……?」
「うむ。準備に入れ」
「寧々、まつ頼むぞ」
「頼むぞ、で終わるのズルい!!」
寧々、今日一番の魂。
姫様は、さらっと“最重要の配置”を口で言い切った。
書面? ない。
布告? ない。
姫様の口が、法である(狂犬)。
「これで狂犬堂店舗は――
熱田・清州・津島・鳴海」
「はい!」
まつ、条件反射で返事。怖い。
「生産管理工場は――
中村・熱田・津島・鳴海」
「増えたぁ……」
寧々が崩れそうになった。
「中村が基礎。熱田が本店。津島が広域。鳴海が前線」
「覚えよ。今後、尾張の銭はここから流れる」
姫様の言い方が、戦の兵站のそれである。
さすが補給の鬼(狂犬)。
■狂犬様、熱田へ:面接=採用=役職付与(雑に完結)
清州で投げ終えた姫様は、次の瞬間には方向転換した。
「わらわは熱田に行く。面接じゃ」
「……捕虜の面接ですか?」
私が聞くと、
「そうじゃ。殺さず、使う」
この一言で、熱田の空気が少し冷えた。
だが同時に、少しだけ温かい。
“殺さない”が前提だからだ。
熱田・狂犬堂本店。
長屋に預かりの岡部元信、山口親子と家族。
まだ怯えが目に残る。
その前に、白衣を羽織った狂犬お市様が立った。
「まず岡部」
■面接:岡部元信(町奉行=火付盗賊改方を命ず)
岡部元信は、吐血のあとで顔色が紙だった。
家臣たちは、刀の柄を握りしめ、しかし抜けない。
ここは狂犬堂。
抜いた瞬間、商売の邪魔である(雑)。
姫様は脈を取り、喉元を軽く押さえた。
「……胃じゃな」
「……っ」
岡部は言葉を失う。
「城を孤立させられ、後詰めも来ず、民衆に囲まれ、わらわに煽られ」
「そりゃ吐く」
「……殺されると……」
「殺さん」
姫様は淡々。
「働け。岡部」
「……働け、と申されましても……」
「鳴海城下町で――」
姫様、ここで“役職”を雑に確定させた。
「火付盗賊改方をやれ。町奉行じゃ」
「……は?」
岡部も家臣も固まった。
まつが小声で私に言う。
「町奉行って、普通、任命状とか、評定とか……」
「うん。普通はね」
私は小声で返す。
「でも狂犬様は“言ったら任命”なんだよ……」
姫様は続ける。
「詳しくは追って話す」
「家族を連れて鳴海に来い」
「家族は狂犬堂鳴海店で働け」
岡部の妻が息を呑み、子が目を見開いた。
武士の家族が“商いの店で働く”――普通なら屈辱になり得る。
だが狂犬堂は、給金が出る。湯も出る。学びもある。
今の尾張で、それは“強い”。
さらに姫様は、岡部の背後に控えていた今川武士たちを指で示した。
「今川武士五十名おるな」
「お主が指揮して、鳴海の治安維持に当たれ」
「……五十……」
岡部の喉が鳴った。
それは“部下”であり、同時に“責任”だ。
「制服は寧々に作らせる」
「は!?」
寧々が反射で振り向いた。
「姫様! 制服って、五十着!? しかも武士用!?」
「うむ。城下町の奉行の配下は、見た目が大事じゃ」
「治安は“威圧”と“整列”が半分じゃ」
「それ、軍隊の理屈です!!」
寧々が叫ぶ。
姫様は笑った。
「戦国じゃ」
……強い。
この人、強い。
岡部は、しばらく沈黙したあと、深く頭を下げた。
「……承りました。鳴海に参ります」
「よし」
姫様は即決。
「逃げるなよ?」
「逃げません!」
「よし、仮採用」
「仮なんですか!?」
岡部家臣が叫んだ。
「仮じゃ」
「働きが良ければ、本採用」
「悪ければ……」
「悪ければ……?」
姫様、にっこり。
「胃薬の試験台」
「それだけは嫌です!!」
岡部、魂の叫び。
民衆の笑いが起きた。
――鳴海の治安、たぶん大丈夫だ(雑)。
■面接:山口親子(煎餅配り=罪の償い&ブランド強化)
次は山口教継(父)と教吉(子)。
顔はまだ腫れている。白目の名残がある。
可哀想である(自業自得)。
姫様は問う。
「裏切りの理由、言え」
教継は震えながら答えた。
「……今川が強く……織田は滅ぶと……」
「正直じゃな」
教吉が続ける。
「……父を守りたかった……」
姫様は一拍置いて、あっさり言った。
「家族は守りたいか」
「守りたい!」
「なら働け」
そして、ここで“配置”が雑に確定する。
「山口親子」
「家族は狂犬堂熱田工場で働け」
山口の妻が涙をこぼした。
生きる場所が決まったからだ。
姫様は続ける。
「お主ら二人は、熱田で――」
「狂犬堂の“狂犬印煎餅”を、町の子どもに毎日無料で配れ」
「……毎日、ですか?」
教継が呟く。
「毎日じゃ」
「……無料で……?」
教吉が固まる。
「そうじゃ」
姫様は平然と、商いの核心を言った。
「子どもは未来じゃ」
「子どもが覚えた味は、一生残る」
「“狂犬印”が尾張の常識になる」
まつが小声で震えた。
「……姫様、えげつない……(褒め言葉)」
寧々も小声。
「罪の償いにもなるし、宣伝にもなるし、治安にもなる……」
私は、祐筆として書く。
これが狂犬式の“慈悲”であり“支配”である。
教継は、地面に額がつくほど頭を下げた。
「……承りました。毎日、配ります」
「よし」
姫様は最後に、いつもの一言で締めた。
「以上(雑)」
「雑が締めになってる!!」
まつが叫び、場が笑った。
山口親子の肩の力が少し抜けた。
――生きる道が、できたのだ。
◉桃の祐筆感想
今日、私ははっきり分かった。
狂犬お市様の面接は、“人を救う”形をしている。だが同時に、“人を配置する戦”でもある。
岡部元信は、敵将だった。
それが今は、鳴海城下の町奉行――火付盗賊改方として、治安を担う。
武士五十を束ね、城下を守る。
制服を揃え、威圧と整列で秩序を作る。
姫様は、刀を抜かずに町を支配する手を打った。
山口親子は、裏切り者だった。
だが斬られず、家族は工場へ、本人たちは煎餅配りへ。
償いであり、宣伝であり、子どもの心をつかむ布石である。
罪を「死」で清算するのではなく、「働き」で清算させる。
それが狂犬様の流儀なのだと思う。
信長様は本当は優しい。家族思いで、情が深い。
しかし当主として、厳しくならざるを得ない。
その厳しさがあるから、織田家は崩れない。
そして、狂犬様の無茶が、なぜか“結果”として積み上がっていく。
この二人の間で、尾張は進むのだろう。
――私は祐筆として、笑いながら震えている。
狂犬記だから、全部書く。
怖いほど、面白い時代が来た。
◉桃の日記
天文二十一年 五月下旬 晴れ(胃は曇り)
一、姫様、鳴海城代となる。清州には帰らぬ宣言。
一、清州店は「全力営業」。言い方が軽いが内容は地獄。
一、狂犬堂店舗:熱田/清州/津島/鳴海。
一、生産管理工場:中村/熱田/津島/鳴海。増えすぎ。帳簿が燃える未来が見える。
一、姫様、熱田にて面接を行う。捕虜を殺さず、役職を与え、配置する。
一、岡部元信、鳴海城下町の町奉行(火付盗賊改方)を命じられる。家族同行。今川武士五十を指揮し治安維持。制服は寧々担当(寧々が倒れないか心配)。
一、山口親子、家族は熱田工場へ。本人たちは毎日、狂犬印煎餅を子どもへ無料配布。償いであり宣伝であり未来投資。
一、姫様の「以上(雑)」は、もはや呪文。締めが雑でも、結果が強いのが怖い。
一、明日から引っ越し準備。寧々とまつの顔が青い。私も青い。
――祐筆 桃




