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『狂犬お市様』 〜転生八回目、戦国を生活で支配した姫〜   作者: イサクララツカ


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44話 鳴海城に狂犬が笑う!無血開城へ――鳴海城丸のみ ――白衣の狂犬/城内突入/医術と調略の二段構え――


西暦一五五二年(天文二十一年)五月下旬 初夏

尾張・鳴海城外→城内(本丸近く/岡部元信の寝所)

――狂犬記/作者:桃(お市様祐筆)

■桃視点:交渉の余韻、そして「白衣」

 今川の後詰めは、来ない。

 鳴海城は、静かだ。静かすぎる。

 ――静かすぎて、逆に怖い。

 土嚢の壁の向こう、城門は閉じたまま。

 さっき使者が走って帰ったのに、返事が遅い。

 私は筆を握りしめたまま、藤吉郎様を見た。

 藤吉郎様は城を睨み、さっき自分が言った言葉を、何度も反芻している。

「体面は、買える……」

「藤吉郎様、顔が、商人です……」

「商人です。だって、姫様が……」

 その時。

「桃」

 床几に座った姫様が、あくび混じりに私を呼んだ。

 目が笑っている。嫌な予感しかしない。

「わらわの白衣と医術道具、薬の調剤箱を持ってこい」

「……はい(来た)」

 私は、迷いなく袋を取り出した。

 狂犬お市様の丸投げ無茶ぶりに対応するため、私は常に用意している。

 ――祐筆は、荷物持ちでもある。泣きたい。

 寧々様が横で小声。

「桃、ほんまに出てくるやん……」

「出ます。姫様、急に医者になります」

「急に医者って何……」

「狂犬です」

 姫様はすっと立ち上がった。

 深紅の鎧はそのまま、ただ――両手の凶悪なガントレットを、

「ぽい」

 と藤吉郎様に投げた。

「は?」

 藤吉郎様が受け損ねて、ズドンと落ちた。

「ズドン重ッ!!」

「当然じゃ。凶悪じゃからな」

「凶悪って重量の話じゃないです!」

「細かいのー」

 姫様は平然と、手を消毒する。

 戦場の真ん中で。

 尾張の民衆が見てる前で。

「……姫様、今やるんですか?」

 私が言うと、姫様はにこり。

「今じゃ」

「え?」

「今が一番、相手が弱っておる」

「怖っ……!」

「医者とは、そういうものじゃ」

「医者の定義が狂犬すぎます!」

 姫様は調剤箱を開け、薬草を選び、手際よく粉を合わせた。

 薬の匂いが、風に乗る。

 その瞬間――城門がまた少し開き、使者が戻ってきた。

 顔が真っ青だ。

「お、市様……!岡部様は血を吐いたあと、寝ております!」

「ふむ」

「判断が……できませぬ!」

 民衆がざわつく。

「え、城主ダウン?」

「終わったやん」

「勝ち確やん!」

 姫様は、あっさり言った。

「危険じゃの」

「……は?」使者が固まる。

「わらわが城内に入り、見てやろう。医者じゃからな」

 ――城内。

 今、城内って言った?

 私の胃がキュッとなった。

 藤吉郎様も、さくら達も固まった。

 権六様だけが、なぜか目を輝かせた。

「姫様!!城内での警護!!わしが!!」

「推し活の声量を落とせ」

 せつながツッコむ。

「目立つやろが!」

 あやめが冷静に付け足す。

「敵地で叫ぶな」

 姫様は白衣を羽織った。

 深紅の鎧の上から白衣。

 ――混ぜるな危険、が歩いてる。

「行くぞ」

 姫様は、ずかずか城門へ向かった。

「姫様、待ってください!危険です!」

 藤吉郎様が慌てて追う。

「危険?だから面白いのじゃ」

「面白がらないでください!」

「藤吉郎、凶悪ガントレット持て」

「これ持ちながら警護!?むり!」

 権六様が張り切って前へ。

「姫様の盾はわしじゃ!!」

「盾がデカすぎて的じゃ!」

 私が叫ぶと、民衆が笑った。

 私たちは――城へ入った。

 鳴海城、場内。

 空気が一気に冷える。

 城兵の視線が刺さる。

「……あれが、狂犬」

「白衣……?医者?」

「いや、鎧……」

「どっちだよ……」

 どっちでもない。狂犬だ。

■鳴海城内:岡部元信、倒れた現場

 岡部元信の寝所。

 武具も乱れ、畳には吐血の跡。

 家臣が狼狽している。

「医師を呼べ!」

「呼べぬ!外は土嚢で封じられ――」

「今川の後詰めは!?」

「来ぬ!!」

 そこへ――白衣の姫様が入ってきた。

「……道を開けよ」

 声は静か。

 でも、圧が凶悪。

 家臣が咄嗟に槍へ手を伸ばす。

 権六様が一歩前に出ようとした瞬間――

「止めよ」

 姫様が指一本上げた。

「ここは診察場じゃ。血の匂いに槍を混ぜるな」

 家臣が固まった。

 藤吉郎様が急いで頭を下げる。

「鳴海の皆様。こちらは織田の姫君、織田市――医師として参りました」

「医師……?」

「はい。狂犬堂の“ほんまに天才医師”です」

「天才医師って何!?」

 後ろで私が叫んだ。

「今それ言うな、桃!」と寧々様。

 姫様は、岡部の手を取った。

 脈を取る。

 目が冷える。

 ――戦の目じゃない。治療の目だ。

「脈、早い」

「……」

「胃に穴が空きかけておる」

「は、はい……!」家臣が震える。

「血を吐いたのは、恐怖と疲労と絶望じゃ。あと責任感。真面目すぎる」

「岡部様は真面目なお方……!」

「真面目は胃を殺す」

「名言やめて!」

 姫様は手早く口元を拭き、温い湯を用意させ、薬を溶いた。

「飲ませよ」

「で、ですが……意識が……」

「飲ませるのじゃ。あとはわらわがやる」

「どうやって……」

「口移しはせぬ。安心せよ」

「安心できません!」

 せつながニヤついて私の耳元で囁く。

「姫様、そういうの嫌いじゃないのにね」

「黙れ!」

 姫様は竹筒で少しずつ流し込み、喉をさすり、呼吸を整えた。

 岡部の眉がわずかに動く。

「……」

「聞こえるか、岡部」

 姫様が優しい声を出す。

 ――優しい。怖い。どっち。

「おぬしは負けたのではない」

 家臣が息を呑む。

「今川が助けぬだけじゃ」

「……」

「恥ではない」

「……」

「生きよ」

 岡部の瞼が、薄く開いた。

「……お……お……」

「喋るな」

「……う……」

「喋るなと言うておる」

 藤吉郎様が前に出た。

 声は柔らかい。けれど、芯がある。

「岡部殿。城兵と家族は守ります」

「……」

「あなたが守るべきは体面ではなく、命です」

「……」

「無血開城なら、あなたの名は“虐殺を止めた城主”として残ります」

 岡部の目が、揺れた。

 家臣が唇を噛む。

 その時、姫様がニヤリ。

「岡部」

「……」

「働くか?」

 場が凍った。

 権六様が「え?」と口を開けた。

 藤吉郎様が「姫様!?」と叫んだ。

 私が「今それ!?」と叫んだ。

 さくらが「え、就職?」と目を輝かせた(やめて)。

 姫様は平然。

「鳴海城の兵も、家族も、働き口がいる」

「……」

「狂犬堂は人手不足じゃ」

「……」

「岡部、面接じゃ」

 岡部が、かすれた声で言った。

「……わしは……武士……」

「武士でも働ける」

「……」

「笑顔の訓練からじゃ」

「……」

「いやなら、買い取る」

「買い取る!?」

「体面は買える。藤吉郎が言った」

 藤吉郎様が頭を抱えた。

「姫様ぁ……それ、使い方ぁ……!」

「便利であろ」

「便利すぎて怖いんです!」

 姫様は岡部の家臣に視線を投げる。

「決めよ」

「……」

「城門を開ければ、命は守る」

「……」

「閉じれば、わらわは明日も歌う」

「……」

 家臣が震えながら言った。

「……歌は……もう……胃が……」

「うむ」

「無血開城……いたします……!」

 その瞬間、外の民衆から歓声が上がった。

 城内の空気がほどける。

 誰かが泣いた。

 姫様は白衣の袖で手を拭き、あっさり言った。

「よし」

「……よし?」

「鳴海城、丸のみ完了じゃ」

 藤吉郎様が呻いた。

「いや、まだ……手続きが……」

「手続きはお主がやれ」

「やっぱり丸投げ!!」

 権六様が嬉しそうに頷く。

「姫様、さすがでございます!!」

「推し活の声量を落とせ(二回目)」

 あやめが冷静に刺した。

◉桃の感想(祐筆)

姫様は、戦で城を落とすのではない。

胃を落とし、心を折り、命を拾い、働き口まで用意する。

無血開城とは、こうも“丸のみ”なのか。

恐ろしく、そして……

なぜか、鳴海の者が少し救われた顔をしていた。

狂犬は、残酷で、優しい。

どっちも本当だ。

◉桃の日記

・城内に入った。生きて帰れたのが奇跡。

・姫様、白衣+鎧=最悪の組み合わせ。怖いのに清潔。

・岡部様、胃が限界。真面目は胃を殺す(名言)。

・姫様、岡部を面接にかけた。戦場で就職の話をするな。

・無血開城が決まった瞬間、鳴海の空気がほどけた。

・次は鳴海城の「採用面接」と「今川の反応」。胃が痛い。

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