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『狂犬お市様』 〜転生八回目、戦国を生活で支配した姫〜   作者: イサクララツカ


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42話 鳴海城に狂犬が歌う!魂のライブ三日目 ――伊賀上忍の技/今川ぐちゃぐちゃ/岡部、胃が死ぬ――

西暦一五五二年(天文二十一年)五月下旬 初夏

尾張・鳴海城外(城から見える位置/土嚢封鎖陣地/“ステージ無し”野外)

――狂犬記/作者:桃(お市様祐筆)

■桃視点:三日目、民衆が“軍勢”になった

 三日目。

 朝の空気が、もう祭りの匂いをしている。

 煙じゃない。香でもない。

 人の熱だ。

 城の前が――埋まっている。

 昨日まで「数千?数万?」でふわっとしてたのに、今日ははっきりわかる。

「……一万、いる」

 私は筆を握ったまま呟いた。

 鳴海城の外、土嚢の壁。

 その外側に、一万の民衆。

 しかも全員、拳が上がる準備をしている。

 怖い。楽しい。胃が痛い。いつもの三点セット。

 狂犬堂の販売は、もう戦だ。

 煎餅が飛ぶ。団子が飛ぶ。茶が飛ぶ(こぼれる)。

 子供は無料煎餅に群がり、母は薬棚に走り、男は「獄門」の髪結いに並ぶ。

「ちょ、ちょっと! “獄門”の列、長すぎるって!」

 まつ様が叫ぶ。

「男が綺麗になりたいって言い出したら止まらん!」

 寧々様が腕まくりする。

「でも並びすぎや! 髪結い、手が四本ほしいわ!」

 藤吉郎様は光る頭を押さえながら、導線を組み直していた。

 土嚢の近くに人が寄りすぎないように、売り場で流す。

 売り場が詰まったら、握手会へ流す。

 握手会が詰まったら、煎餅で釣る。

「……これ、戦の兵站と同じだな」

 藤吉郎様がぼそっと言った。

 私は頷いた。

 いや、もっと難しい。

 だって――相手は一万人の熱狂だ。

 その中心に、姫様がいる。

 お市様は、今日も完全武装。

 深紅の鎧、凶悪なガントレット、背には津軽三味線。

 そして、笑顔。

「桃」

「は、はい!」

「今日は“魂”じゃ」

「……魂?」

「昨日は心を折った。今日は魂を抜く」

「物騒すぎます!」

 姫様はケラケラ笑った。

「まあ見ておれ。岡部が先に倒れる」

「……もう倒れそうですけど」

「なら、倒してやろう」

 優しい声で、怖いことを言う。

 この人、ほんと狂犬。

■城内:岡部元信、胃の限界

 鳴海城。

 岡部元信は、城壁に手をつきながら息をしていた。

「……三日目、だぞ」

「後詰めは?」

「……来ませぬ」

「太原雪斎は?」

「……国内が騒然で、動けぬ、と」

「義元様は?」

「……鎮圧に走り回っている、と」

 岡部は笑った。

 笑ってしまった。

 乾いた笑いだ。

「……なんだそれは」

「わしは、鳴海に閉じ込められ」

「外は祭りで一万」

「中は兵が揺れて」

「寄親は、国内で火消し……」

 家臣が声を震わせる。

「殿……これは……」

「わかっている」

岡部は唇を噛む。

「……誰が、こうした」

「“伊賀”でござる」

「……伊賀?」

 岡部の顔色が変わった。

「馬鹿な……伊賀が動けば、裏が燃える」

「燃えております……三河、遠江、駿河」

「……は?」

「放火、流言、疑心暗鬼。本願寺の動き。城主同士が疑い合い」

「今川家中も、身内まで“謀反の疑い”が回っております」

 岡部は、腹の底が冷えた。

「……狂犬」

「姫様は、城を落とす気がない」

「今川を、内側から崩している」

 その瞬間――外から声が響いた。

「岡部ぇぇぇ!! 聞いておるかぁぁ!!」

「義元は、鳴海を捨てたぞぉぉ!!」

「今日も祭りじゃ! わらわの歌で死ねぇぇ!!(言い方!!)」

 岡部の胃が、きゅっと縮む。

 視界が白くなる。

 口の端が熱い。

「……血、か」

 口元から赤が落ちた。

 岡部は、膝をついた。

「殿!!!」

「……薬だ……狂犬堂の……胃薬……」

「買いに行けませぬ! 土嚢で……!」

「……そう、だったな……」

 岡部は、倒れた。

■伊賀上忍サイド:三人娘、里帰りが戦になる

 一方その頃――三河、遠江、駿河。

 “伊賀上忍の技”が、音もなく広がっていた。

 さくら、あやめ、せつな。

 そして――三人の父。伊賀上忍。

 夜の林。

 火の粉が舞う。

 燃えているのは家ではない。

 疑いだ。

「――父上、ここまでやる必要ある?」

 さくらが、珍しく真顔で言った。

 百地丹波が鼻で笑う。

「必要だ。姫様の命令だ」

「でも放火は……」

「燃やすのは“心”だ。家ではない」

「……言ってること、姫様と同じになってるよ」

 藤林長門守が淡々と補足する。

「放火は“誰のせいかわからぬ”程度。怪我人は出すな。火は小さく。恐怖は大きく」

「あやめ、怖い」

「事実を述べただけだ、せつな」

 服部半蔵が、にやっと笑う。

「疑心暗鬼は勝手に育つ。水をやるだけだ」

「水やるな、火やぞ!」

「両方育つ」

 三人娘は顔を見合わせた。

 これが伊賀。

 これが上忍。

 そして――資金源は狂犬。

 使う金は、増えていく。

 最初に手付け二万貫。

 追加二万貫。

 さらに三万貫。

「姫様、札束で殴るの好きすぎる」

 さくらが呟く。

「でも効いてる」

 あやめが冷静に言う。

「今川、ぐちゃぐちゃ」

 せつなが楽しそうに笑った。

 “松平が裏切る”

 “井伊が動く”

 “今川の身内が義元を見限る”

 “雪斎が実は病で倒れた”

 “尾張の狂犬が駿河まで噛みに来る”

 噂は噂を呼び、火は火を呼ぶ。

 止めようと動けば動くほど、疑いは増える。

「――義元は、もう鳴海どころじゃない」

 半蔵が言った。

「姫様の狙い通りだ」

 三人娘が頷いた。

 そして、鳴海へ走る。

 戦場へ帰る。

 “就職先”の戦場へ。

■狂犬家臣団目線:姫様の三日目は“魂”の回収日

 鳴海城前。

 くのいち三人が戻ってきた時、藤吉郎様が迎えた。

「おかえり。顔がいいな」

「伊賀、楽しかった!」さくら

「仕事だからな」あやめ

「父上たち、ノリノリやった!」せつな

「ノリノリで国を燃やすな!」

 私は胃を押さえる。

「姫様に報告を――」

「あとでいい」

藤吉郎様は城を見た。

「今、城が死にかけてる」

 城の上の動きが鈍い。

 兵が叫ばない。

 矢が飛ばない。

 ただ、見ている。

 見ているだけで、折れていく。

 そして姫様が――歩いた。

 ステージ無し。

 民衆の中へ、ずかずか入る。

「近い!姫様近い!」

「香水が刺さる!!」

「目が合った!!死ぬ!!」

「死ぬな!!生きて買え!!」

 まつ様がツッコミながら誘導する。

「姫様! 導線!導線! 押されたら土嚢が!」

「押させぬ」

姫様がにこっと笑う。

「藤吉郎」

「はい」

「押す者がいれば――煎餅を投げよ」

「兵法が雑すぎる!」

「煎餅は正義じゃ」

「正義の使い方!」

 寧々様が半泣きで叫ぶ。

「姫様! 今日の衣装、昨日より派手にしてますよ!?魂ってそういう意味ですか!?」

「魂は派手に抜く」

「抜き方がわからん!!」

 姫様は三味線を構える。

 民衆が静まる。

 一万人が、息を止める。

「――鳴海の者ども」

姫様の声が、城へ刺さる。

「お主ら、助けは来ぬ」

「だが安心せよ」

「わらわが、毎日ここで歌ってやる」

「腹の底から叫べ」

「叫べば胃は治る」

「治らねば、狂犬堂の胃薬を買え」

 民衆が笑い、叫び、拳が上がる。

「うぉぉぉぉ!!!」

「胃薬ぅぅぅ!!!」

「姫様ぁぁぁ!!!」

 姫様が弾く。

 魂のライブ、三日目。

■岡部目線:倒れる直前に聞いた“歌”が、一番残酷

 岡部は薄い意識の中で、外の音を聞いた。

 歌声だ。

 一万人の合唱だ。

 城の上から聞く合唱は、矢より怖い。

(……これは……攻城戦ではない)

(……これは……公開処刑だ)

(……名誉の……)

 そして最後に聞いたのは、姫様の声。

「岡部ぇぇぇ!!」

「倒れてもよいぞ!!」

「倒れたら、次は義元じゃ!!」

 岡部の意識が落ちた。

 胃も落ちた。

 今川の面子も落ちた。

◉桃の感想(祐筆)

三日目で、一万が集まった。

歌が兵となり、笑顔が武器となり、煎餅が兵站になる。

伊賀上忍の流言と疑心は、今川の腹を内側から裂いている。

岡部元信は倒れた。

鳴海城はまだ落ちていない。

だが、城の「心」は、もう折れ始めている。

◉桃の日記

・一万。数えたくないのに数えた。一万。胃が痛い。

・くのいち三人、伊賀から帰ってきた顔が明るい。国が燃えてるのに明るい。

・姫様、今日も民衆の中へ突っ込んだ。危ない。最高。胃が痛い。

・岡部殿、口から血。倒れた。かわいそう……でも姫様はニコニコ。狂犬。

・太原雪斎と義元が鎮圧に走ってるらしい。今川が“自分の火”で手一杯。姫様の勝ち筋が見える。怖い。

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