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『狂犬お市様』 〜転生八回目、戦国を生活で支配した姫〜   作者: イサクララツカ


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41話 鳴海城に狂犬が歌う! ――戦場に咲く狂犬!ファン感謝祭!!!俺たちの尾張!今川追放ライブ!――

西暦一五五二年(天文二十一年)五月下旬 初夏

尾張・鳴海城外(城から見える位置/土嚢閉塞陣地/特設“ステージ無し”野外)

――狂犬記/作者:桃(お市様祐筆)

■桃視点:朝から世界が狂犬に吸い寄せられる

 朝だ。

 空が明るくなるより早く、道が鳴いた。

 尾張から。三河から。伊勢から。美濃から。

 ……遠くは、駿河、甲斐。

 「そんなに来る!?」って距離の民まで来ている。

 しかも、みんな顔が知ってる気がする。

 熱田のライブ常連。津島の感謝祭常連。清州の握手会常連。

 ――つまり、鍛え上げられたファンだ。

「姫様ぁぁぁぁ!!!」

「俺たちの尾張ぃぃぃ!!!」

「今川追放ぉぉぉ!!!」

「狂犬堂の煎餅うめぇぇぇ!!(混ざるな)」

 私は筆を握りながら、胃を押さえた。

 これは戦だ。

 ……いや、祭りだ。

 いや、戦だ。

 ……どっちでもいい、胃が痛い。

 会場は――野外。

 特設ステージ? そんな物はない。

 ファンと同じ目線。

 いるのは、完全武装のお市様と豊臣号。

 狂犬家臣団。

 そして、なぜか姫様の背後に槍を持って立つ――

「……柴田様、なんでいるの」

「警護だ!!(私的な)」

 柴田権六勝家様。

 休暇申請を通したらしい。

 通るんだ、休暇。織田家すごい。

 足元には簀巻きが二つ。

 山口親子。

 今日も“エサ”である。

 鳴海城の上――

 岡部元信が見ている。

 城兵も見ている。

 見たくないのに、見ている。

 で、姫様は、満足げに口を開いた。

■お市様:開幕の一声が、矢より刺さる

「――よく来たの、尾張の民よ」

 ざわっ、と波が静まる。

 この空気を一瞬で止めるのが、姫様だ。

「わらわは、世界一の美女ぞ」

「わが美貌、わが笑顔、わが歌を――魂に刻みつけよ!!!」

 民衆が息を吸って、次に吐いた。

「うぉぉぉぉぉ!!!」

「姫様ぁぁぁぁ!!!」

「ひざまずけぇぇぇ!!(すでに)」

 姫様は背中から、骨太の津軽三味線を抜く。

 ジャジャジャーーン、と一発。

 空気が変わる。

 戦場が、祭りになる。

 祭りが、戦場になる。

 姫様が吠えた。

「いくぞ!きさまら!ひざまずけ!」

「い!」

「おーーお!!」

ファン「おーーお!!」

「おーおーーーお!!」

ファン「おーおーーーお!!」

 開始して間もないのに、もう一体。

 この人、民の魂に直で触ってくる。

 危険。最高。胃が痛い。

■狂犬家臣団目線:嬉しい、怖い、忙しい、胃が死ぬ

 私(桃)は祐筆で記録。

 寧々様は衣装と舞台(無いけど)管理。

 まつ様は導線と販売(煎餅・団子・茶)とツッコミ。

 藤吉郎様とくのいち三人は警戒と諜報。

 ――全員、目が据わってる。

「藤吉郎! 人、多すぎや! 土嚢のとこ押されたら崩れるで!」

「押されないように導線作る! まつ、こっちに煎餅配れ!」

「煎餅で誘導すな! 犬か!」

「狂犬だよ!」

「開き直るな!」

 寧々様が叫ぶ。

「姫様の香水“お市”の風向き見て!! 風が城に流れるように!」

「香水で攻めるの!? 戦国って何!?」

「戦国は香り戦や!!」

「聞いたことない!」

 藤吉郎様が、光る頭で汗を拭きながら言う。

「……姫様、ほんとに城を落とさない気だ」

「え?」

「ほら見て。城兵が――見てる」

 私が城を見上げた瞬間、背筋が冷えた。

 城兵の目が、こちらに吸い寄せられている。

 矢をつがない。

 怒鳴らない。

 ただ――見ている。

 それが一番怖い。

 姫様は、さらに煽る。

 歌の前に言葉を刺す。

「鳴海の兵よ、聞いておるか?」

「お主ら、今川の後詰めは来たか?」

「来ぬじゃろ」

「来ぬのじゃ」

「つまり――捨て駒じゃ」

 うわ。

 それ、矢より効くやつ。

 まつ様が小声で言った。

「姫様……優しい顔で人を殺しにいくなぁ……(心を)」

「殺すなって言ってたのにね」

「心はノーカンなんやろな……」

■セットリスト:新曲だらけの狂犬感謝祭(※戦場)

 姫様が三味線を鳴らす。

尾張じょんがら節

尾張りんご節

伊勢のおんな(新曲)

尾張のおとこ唄(新曲)

三河慕情(新曲)

俺たちの織田家臣団

俺たちの尾張

日の本に咲く花(新曲)

 新曲が並ぶ。

 感謝祭なのに、新曲の物量が狂犬。

 姫様の喉がどうなってるのか、誰も知らない。

 そして、曲と曲の間に――必ず“煽り”が入る。

「伊勢の女は強いぞ! 海を抱いて生きておる!」

伊勢から来た女衆「うぉぉぉ!!」

「尾張の男はどうじゃ! ただ槍振るだけか!」

尾張男衆「うぉぉぉ!!(刺さる)」

「三河よ! 今川の鎖は重いか!」

三河勢「うぉぉぉ!!(泣く)」

 ……歌で地盤が揺れる。

 矢じゃない。

 政治でもない。

 感情が、揺れる。

■鳴海城兵目線:上から見て、心が折れていく

 城兵Aが震える。

「……なんだ、あれ」

「祭り、だよな?」

「戦場で……?」

 城兵Bが唇を噛む。

「……今川様は、来るのか」

「来るって言ってた」

「でも……五日だ」

「土嚢で出られない」

「俺たち……捨てられたのか」

 城兵Cが、吐き捨てるように言う。

「黙れ! 敵の言葉に乗るな!」

「でも……」

「……でも、だ」

 城の上から見えるのは、狂犬。

 狂犬の周りに集まる、数千の民。

 笑い、歌い、拳を上げる。

 そして――城に向けて叫ぶ。

「今川追放ぉぉぉ!!」

「俺たちの尾張ぃぃぃ!!」

 城兵の誰かが、ぽつりと言った。

「……俺も、叫びたい」

 それが、終わりの始まりだった。

■岡部元信目線:これは攻城戦ではない、公開処刑だ(名誉の)

 岡部元信は、城内で歯ぎしりしていた。

「……こんなもの、聞いていない」

「誰だ……誰がこんな戦を……」

 家臣が言う。

「……狂犬、お市です」

「知っている!!」

 岡部は城壁に手をつく。

「後詰めは……」

「……来ませぬ」

「……ふざけるな」

「今川は、鳴海を捨てたのか」

 外から、姫様の声が響く。

「岡部ぇぇぇ!! 聞いておるかぁぁ!!」

「お主の寄親は糞じゃ! 助けに来ぬ糞じゃ!」

「わらわの祭りは三日三晩できるぞ!!」

 岡部は、胃が痛いどころじゃない顔をした。

「……やめろ」

「やめろぉぉぉ!!」

 だが、止まらない。

 止められない。

 反応したら負けだ。

 無視したら城内が死ぬ。

 岡部は理解した。

(この女は、城を落とすのではない)

(城の“心”を、落としに来ている)

■柴田権六勝家目線:推し活、合法。拳、最強。

 わしは権六。

 今日は警護である(私的な)。

 姫様が三味線を鳴らす。

 姫様が歌う。

 民が泣く。

 拳が上がる。

 ……わしも上がる。

「姫様ぁぁぁぁぁ!!」

「俺たちの織田家臣団!!」

「俺たちの尾張だぁぁぁ!!」

 はっ。

 いかん。

 警護だ。

 警護をしつつ、叫ぶのが正しい。

 わしは槍を握り直し、真顔で叫んだ。

「警護は完璧だぁぁぁ!!!」

 周りの民が一瞬止まり、次の瞬間笑った。

「なんだあのデカい町人!」

「町人じゃねぇだろ!」

「でも好き!」

 ――よし。

 今日も尾張は平和だ(狂犬基準)。

■お市様ファン目線:生きててよかった、尾張でよかった

 私は尾張の百姓の娘。

 でも今日は、百姓でも町娘でもない。

 姫様の歌を聞くために来た。

 姫様の笑顔を見るために来た。

 姫様の香りを吸うために来た(吸うな)。

 姫様が言った。

「わらわの歌で、生きよ」

 胸が熱くなった。

 隣の男が泣いていた。

 隣の女が笑っていた。

 城の上にいる兵が、こちらを見ていた。

 私は叫んだ。

「今川追放ぉぉぉ!!」

「俺たちの尾張ぃぃぃ!!」

 声が枯れるほど叫んだ。

 不思議だ。

 怖くない。

 姫様がいるから。

 姫様が笑う。

 それだけで、腹の底から力が湧く。

■狂犬家臣団:最後の曲で“城の上”が揺れる

 7曲目――「俺たちの尾張」。

 姫様が弦を叩く。

 ファンが拳を上げる。

 尾張が叫ぶ。

 三河が泣く。

 伊勢が笑う。

 美濃が便乗する(おい)。

 そして――鳴海城の上。

 城兵の一人が、小さく口を動かした。

「……俺たちの……尾張……」

 それを見た瞬間、藤吉郎様が息を飲んだ。

「……落ちた」

「え?」

「城が、じゃない」

「心が、だ」

 姫様は、気づいているのかいないのか。

 いつもの笑顔で、最後に言った。

「鳴海の者ども」

「今日のところは、歌で許してやる」

「だが――」

「明日も来るぞ」

「祭りは終わらぬ」

「今川が来るまで、毎日やる」

「来ぬなら、来ぬで――」

 姫様がにっこりした。

「岡部が先に折れるだけじゃ」

 怖い。

 最高。

 胃が痛い。

◉桃の感想(祐筆)

戦場で歌う女を、私は初めて見た。

矢より先に、心が折れる。

怒りより先に、笑いが広がる。

恐怖より先に、誇りが湧く。

お市様は「城を落とさない攻城戦」を、民衆で完成させている。

今日、鳴海城の上で、兵の口が動いた。

それが一番の戦果だと思う。

◉桃の日記

・朝から人が来すぎ。尾張の道が鳴いた。胃が痛い。

・姫様の「世界一の美女ぞ」で民がひざまずくの、慣れてきた自分が怖い。

・柴田様、町人変装に失敗してるのに人気者。推し活は正義。

・鳴海城兵が歌った。あれは……効いた。

・明日もやるらしい。姫様、祭りを戦にする天才。胃薬が必要。

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