40話 鳴海城に狂犬が吠える!!!!! ――**「土嚢で“城の息”を止める」**五日目。狂犬、煽りで天下を燃やす――
西暦一五五二年(天文二十一年)五月下旬 初夏
尾張・鳴海城外(南北通路・閉塞陣地)
――狂犬記/作者:桃(お市様祐筆)
■桃視点:五日目、土嚢が“壁”から“檻”になった
鳴海城に来て五日。
最初は「土嚢を積む」だけだった。
今は――違う。
南北二本の城門へ続く通路は、土嚢で完全閉塞。
高さは大人の二倍。
しかも、鳴海城からは見えにくい位置。
夜の闇の中、藤吉郎様が農民たちを指揮した。
「急げ! 夜のうちに“形”を作る!」
「見えない場所ほど大事だ!」
「土嚢は積んだだけじゃ壁! 掘れ! 回りを掘れ!」
農民たちが「へ?」となる。
「掘るんですかい」
「積むだけじゃねぇのか」
「……堀じゃあるまいし」
藤吉郎様が、ニッと笑った。
いや、笑ってるけど目が怖い。
「壊される前提だ!」
「土嚢を崩されても、城から外に出られないようにする!」
「壁の前を掘って、土嚢の周りを“落とし穴”にする!」
「壊した瞬間、足が沈む! 進めない! 戻れない!」
農民たちが、じわじわ理解して顔が引きつる。
「……それ、城が死ぬやつだ」
「逃げ道が……」
「ってか、城ってそんなに弱いのか」
藤吉郎様がぽつりと言った。
「城が強いのは、“外と繋がってる”からだ」
「繋がりを切ったら――ただの箱だ」
私はその言い方が、妙に冷静で怖かった。
五年の修行と、狂犬の教育の成果だ。
しかも、本人は気づいてない。
土嚢の向こうで、姫様が欠伸をしていた。
「……藤吉郎」
「はい!」
「良い檻じゃ」
「檻って言わないでください!」
「なら牢じゃ」
「もっと嫌です!」
姫様は、にっこり。
「褒めておる」
「……ありがたき幸せでございます(白目)」
藤吉郎様は、今日も光っていた。
頭が。
■狂犬お市様:鳴海を“言葉”で殴る(※戦より痛い)
朝。
姫様は床几に座り、鳴海城を見上げた。
足元には――簀巻き二つ。
山口親子。
父はまだ腫れがひどい。
子は「ん゛ん゛!」と何か言いたい。
たぶん「助けて」。
姫様は、ぱちん、と扇を叩いた。
「岡部ぇぇぇぇ!!」
鳴海城の見張りが、ビクッと震えたのが見えた。
城内で誰かが転んだ音まで聞こえそうだった。
「岡部! 岡部! 聞こえぬか!」
「山口親子はここじゃ! ほれ! 簀巻きでぴちぴちしとるぞ!」
「後詰めを一人も寄越さぬのか?」
「寄親のメンツは立たんのー!」
「それでも今川か!」
「今川は糞じゃ!!」
……口が悪い。
姫様、最高に口が悪い。
藤吉郎様が小声で私に言った。
「桃、これ……止めなくていいのか」
「止めたら、私が死にます」
「だよな」
姫様はさらに畳みかける。
「今からでも義元の皮を剥いで尻の下に敷いたるわ!」
「後詰めも寄越さぬ糞義元が!」
「岡部! 岡部!」
「見殺しじゃの!」
「わらわと一騎討ちもできぬ、糞漏らしか!」
「義元の顔に糞ぬりつけたるわ!!」
「臆病者の糞! 義元! 糞岡部が!!」
鳴海城の上から、矢が一本も飛んでこない。
飛んでこない、というより――
飛ばせないのだ。
反応したら負け。
怒鳴り返したら煽りが勝つ。
沈黙したら、城内の士気が死ぬ。
つまり、姫様の“言葉”は、城を削る刃だ。
その頃――城内。
■岡部元信目線:聞いてないぞ(※胃が死ぬ)
岡部元信は、城内で額に手を当てていた。
「…………聞いてないぞ」
「…………聞いてないぞ!!」
家臣が小さく言う。
「お館様……落ち着いて……」
「落ち着けるか!!」
「今川の後詰めが来ないだと!?」
「しかも、あの狂犬が“見殺し”だの“糞義元”だの言っている!」
「城内に響いている!」
「兵が動揺してる!」
別の家臣が青い顔で言った。
「……門前の通路が……土嚢で塞がれております」
「それくらい崩せ!」
「崩しましたが……前を掘られております」
「……は?」
「崩した瞬間、足場が落ちます」
「……誰がこんな発想を」
「……藤吉郎とかいう、頭の光る男が……」
岡部は頭を抱えた。
「……頭が光る?」
「はい」
「情報が雑だ!」
岡部は、ぐっと歯を食いしばる。
(この城は強い)
(地形も、水堀も、湿地も、補給路も二本)
(塞がれたら……)
岡部は、顔を上げた。
「……後詰めを、今川に早馬で――」
「すでに……出してあります」
「返事は」
「……来ておりませぬ」
岡部の胃が、ぐにゃりと鳴った。
城の外から、また聞こえる。
「岡部ぇぇぇぇぇ!! 糞ぉぉぉぉ!!」
岡部は、拳を握りしめた。
「……あの女……目的は何だ」
「城を落としたいのではない」
「落とさずに……」
「今川を辱めたいのか……?」
家臣が震え声で言う。
「……城内の者が……“今川は本当に助けに来るのか”と……」
「言うな!!!」
「……はい……」
岡部は理解した。
もう戦は始まっている。
城の中で。
■伊賀:三河・遠江・駿河が、ひっちゃかめっちゃか(※犯人不明)
同じ頃――伊賀の忍びは動いていた。
さくら、あやめ、せつなは鳴海へ戻るため、走っていた。
その背中に、父たちの言葉が乗っている。
「派手にやれ」
「疑心暗鬼を煽れ」
「“誰のせいか分からぬ”が一番効く」
三河で、火。疑心暗鬼。一揆
遠江で、火。疑心暗鬼。裏切り
駿河で、火。疑心暗鬼。謀反
そして、噂。
「今川の城主が寝返ったらしい」
「太原雪斎が倒れたらしい」
「義元は後詰めを捨てたらしい」
「岡部は見殺しにされたらしい」
どれが真実で、どれが嘘か。
分からない。
分からないから、怖い。
怖いから、人は疑う。
狂犬の戦は、“刃”より先に、“噂”が走る。
■桃・寧々・まつ:明日「感謝祭」宣伝で街を走る(※地元ネタ込み)
一方、尾張の町は――別の熱で燃えていた。
桃(私)、寧々様、まつ様。
三人で走り回っていた。
理由はひとつ。
「明日、鳴海城前で感謝祭(※名目)ライブ」
「握手会つき(※姫様の気分次第)」
立て札。
噂。
口伝。
団子屋。
湯屋。
市。
尾張の情報網は、だいたい“井戸端”で回る。
特に、清須から熱田にかけては速い。
津島方面も強い。
海と川と市があるからだ。
寧々様が息を切らして言った。
「桃! 次は熱田の湯屋! あそこは“情報の海”や!」
「分かりました! でも私、足が……!」
「走れ! 狂犬堂は走ってナンボや!」
「狂犬堂、ブラックすぎます!」
まつ様が笑う。
「ブラック言うな桃、姫様が聞いたら“黒は漆黒深紅の狂犬織や”って返ってくるで」
「返ってきそうで怖い!」
「でも宣伝は楽しいなぁ」
「どこがですか!」
「みんな“明日行く!”って笑うやん」
寧々様が、ふっと顔を赤くした。
「……藤吉郎、戦場におるんやろ」
「おるよ」
「……心配や」
「え、寧々、今さら?」
「うるさいまつ!」
まつ様がニヤニヤしながら肘でつつく。
「恋やなぁ」
「違う!」
「好きやろ」
「違う!」
「じゃあなんで顔赤いねん」
「走ってるからや!」
私は二人を見て、胃が痛いのに、ちょっと笑ってしまった。
その時、団子屋の親父が叫ぶ。
「おう! 狂犬堂の子らか!」
「明日の感謝祭、団子は用意しとくで!」
「尾張は祭りがあると腹が減るでなぁ!」
尾張のこういうところ、好きだ。
戦の匂いがしても、腹は減る。
笑うときは笑う。
……だからこそ、姫様の“戦”は刺さる。
人の生活を守るために、城を落とさず、息を止める。
■鳴海城外:狂犬は今日も吠える(※そして笑う)
夕暮れ。
鳴海城の上に赤い空。
姫様は床几で、指を組んだ。
「……五日」
「岡部はまだ出てこぬ」
「ふむ」
「ならば――」
姫様が、笑った。
その笑いが、戦より怖い。
「明日、祭りじゃ」
「城の前で、尾張の民が歌って踊る」
「城内が聞く」
「“今川は助けぬ”と知る」
「心が折れる」
藤吉郎様が、口を開く。
「姫様」
「なんじゃ」
「……それ、戦ですか?」
「祭りじゃ」
「……」
「戦は、殺すだけが戦ではない」
「心を折らずに勝つのが、狂犬の流儀じゃ」
私は、書きながら思った。
この人は狂ってる。
でも、狂ってる方向が――
人を生かす方に向いている。
だから厄介だ。
だから、最強だ。
◉桃の感想(祐筆)
鳴海は強い城だ。
強い城は「出入り口」が少ない。
少ないから、塞がれたら詰む。
姫様は剣ではなく、土嚢と噂と祭りで詰める。
怖い。
でも、血が流れない。
“落とさない攻城戦”は、確かに存在する。
◉桃の日記
・五日で土嚢が壁から檻になった。藤吉郎様の指揮、怖いほど冷静。
・姫様、鳴海城を煽りまくる。「糞義元」「糞岡部」言いすぎ。
・岡部殿、胃が死んでそう。「聞いてないぞ」連呼。分かる。
・伊賀の忍び、三河・遠江・駿河がひっちゃかめっちゃか。火と噂は最強。
・明日は感謝祭ライブ(名目)。寧々様とまつ様、宣伝しながら恋の火種が増えてる気がする。胃が痛い。




