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『狂犬お市様』 〜転生八回目、戦国を生活で支配した姫〜   作者: イサクララツカ


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39話 鳴海城に狂犬が吠える!!!! ――「城を落とさない攻城戦」 土嚢が積もり、城が息を止める――

西暦一五五二年(天文二十一年)五月下旬 初夏

尾張・鳴海城外(赤塚より進軍)

――狂犬記/作者:桃(お市様祐筆)

■桃視点:静けさが、いちばん怖い

 鳴海城は――静かである。

 静かすぎる。

 城が静かなのは、籠城の基本だ。

 なのに、今日の静けさは、そういう「戦の静けさ」ではない。

 **「あれを見たくない静けさ」**だ。

 鳴海城の見張りが、こっちを見たまま固まっている。

 目が泳いでいる。

 顔が「理解不能」と書いてある。

 ……そりゃそうだ。

 城の外。

 城から見える位置。

 床几しょうぎに、どっかり座って。

 うちの姫様――狂犬お市様が、ただ黙って鳴海城を見ている。

 しかも足元には、簀巻き二つ。

 山口教継(父)と、山口教吉(子)。

 父はまだ顔が腫れたまま。

 子は、縄の隙間から「ん゛ん゛!」と息を漏らす。

 姫様は言った。

「……桃」

「は、はい」

「静かじゃの」

「……城が、ですか」

「違う」

 姫様の指が、鳴海城の上をなぞった。

「岡部の心が静かじゃ」

「は?」

「怖がって固まっておる。ほれ見よ。鐘も鳴らさぬ」

 私は喉をごくりと鳴らした。

 戦場で、鐘が鳴らないのは、油断か、恐怖だ。

 たぶん――後者。

 姫様は、欠伸を一つ。

「退屈じゃ」

「退屈って……今、攻城戦の真っ最中ですよ?」

「攻めておらぬ」

「……え?」

「詰ませる」

「将棋ですか」

「そうじゃ」

 姫様が、ぽん、と膝を叩く。

「城はな、落とすものではない」

「……」

「息を止めさせるものじゃ」

 ――この人、さらっと言う。

 その言い方が、優しいのが一番怖い。

 私は胃薬を飲んだ。

■岡部元信目線:見てはいけないものを見てしまった

 鳴海城主代行、岡部元信は、城内からじっと見ていた。

 城外。

 距離はある。

 だが――はっきり見える。

 深紅の鎧。

 床几。

 女が一人。

 そして、簀巻き二つ。

(……何だ、あれは)

 岡部は、喉の奥が乾いた。

 織田軍は撤収したと聞いた。

 信長が帰った?

 ならば攻めは来ない。

 ……はずだった。

(なぜ、あの女だけ残っている)

 しかも――動かない。

 突撃もしない。

 矢も放たない。

 ただ、座って、こちらを見ている。

 見張りが震える声で言った。

「お、お館様……あれは……織田の姫、だとか……」

「……」

「狂犬、などと……」

「黙れ」

 岡部は言いながら、自分の声がかすれていることに気づいた。

 家臣が続ける。

「攻めてきません」

「……攻めぬのが、気味が悪い」

「は」

「攻めぬなら、何をする」

 岡部の脳裏に、簀巻きがちらついた。

(見せつけ……?)

(脅し……?)

(いや、あの目は脅しではない)

 あれは、観察だ。

 獲物が逃げ場を失うまで、じっと見ている獣の目。

 岡部は唾を飲んだ。

「……兵糧を改めよ」

「はっ」

「水路、二本の道、見張りを厚くしろ」

「はっ」

 岡部は言いながら、心の底で思っていた。

(この城は――地形が強い)

(丘。湿地。川。二重の水堀)

(補給路は南北に二本。塞げば、泳ぐしかない)

 だからこそ、籠れば勝てる。

 籠れば――。

 ……本当に?

 岡部は、また城外を見た。

 床几の女が、笑った気がした。

(……籠れば、勝てるのは“普通の相手”だ)

■藤吉郎到着:土嚢と農民百人(※戦の概念が壊れる)

 昼下がり。

 土煙が上がった。

 鳴海街道の方から、列が来る。

 槍兵ではない。

 足軽でもない。

 農民だ。

 藤吉郎様が、先頭で歩いていた。

 いつもより声が張っている。

「姫様ー! 連れてきましたー!」

「遅い」

「はい!」

 姫様は床几に座ったまま、指を一本立てた。

「人数」

「百人! まず百人!」

「よい」

「あと、周辺の村にも触れを回しました!」

「いくらじゃ」

「土嚢一つ、百文!」

「よい」

 藤吉郎様が、汗を拭いて、農民たちを振り返る。

「聞いた通りだ!」

「土を詰めて運べ!」

「一つ百文!」

「仕事は山ほどある!」

 農民の一人が、恐る恐る聞いた。

「あ、あの……ほんまに百文、くれるんですか」

「くれる」

「誰が」

「狂犬様が」

 その瞬間、農民たちの目がキラッと光った。

「狂犬様が……?」

「噂の……?」

「握手してくれるって……?」

「今日も三味線……?」

 藤吉郎様が即答した。

「握手は知らん!」

「えええ!?」

「ただし、百文は出る!」

「それは出るんかい!」

「出る!」

 農民たちが、ざわざわ笑って動き出す。

 姫様が、私(桃)に小声で言った。

「ほれ、動いた」

「……はい」

「人は銭で動く」

「身も蓋もない……」

「そして、銭よりも――」

 姫様の目が、城を刺した。

「希望で動く」

「希望?」

「百文と、わらわに会える希望じゃ」

 私は、背筋が冷えた。

 希望を餌に、人を動かす。

 それを悪びれずに言えるのが、狂犬。

■鳴海の地形:強い城ほど、詰みが早い

 藤吉郎様が、地面に棒で線を引いた。

「鳴海城へ続く道は南北二本」

「うむ」

「この二本を、土嚢で塞ぎます」

「うむ」

「城の周りは湿地と川、二重の水堀」

「うむ」

「出るなら泳ぐしかない」

「うむ」

「つまり――」

 藤吉郎様が姫様を見た。

 姫様が頷いた。

「城が、自分で首を絞める」

 藤吉郎様が、農民たちに叫ぶ。

「土嚢は、“壁”じゃない!」

「“蓋”だ!」

「城の息を止める蓋だ!」

 農民が目を丸くする。

「息を止める……」

「こわ……」

「戦ってこういう……」

 藤吉郎様が、苦笑した。

「俺も最初はそう思った」

「でも姫様は言った」

「落とすな、詰ませろってな」

 姫様が、床几から立ち上がった。

 すっと、背筋が伸びる。

 世界が静まる。

「城はな、戦で落とすと血が流れる」

「血は嫌いじゃ」

「骨を折るのは好きじゃが」

「好きなんかい!」

 藤吉郎様がツッコむと、姫様はにっこり。

「骨は治る」

「死は治らぬ」

「だから――」

 姫様が、鳴海城を指差した。

「出てこい、岡部」

「出てきて、話せ」

「出てこねば――」

 姫様が足元の簀巻きを指でつつく。

「エサが先に泣くぞ」

 簀巻きの子が「ん゛ん゛!!」と鳴いた。

 私は心の中で合掌した。

■伊賀パート:上忍三人、娘に弱すぎ問題

 一方その頃――伊賀。

 さくら、あやめ、せつなは、走りに走って実家に滑り込んだ。

「父ちゃーん!」(さくら)

「父上!」(あやめ)

「とーちゃん!」(せつな)

 百地丹波、藤林長門守、服部半蔵――

 三人の上忍が、同時に立ち上がった。

「さくらぁぁぁ!!」

「帰ってきたかぁぁ!!」

「無事かぁぁ!!」

 三人、秒速で抱きしめる。

 娘たち、潰れる。

「ぐえっ!」(せつな)

「父上、骨……!」(あやめ)

「父ちゃん、呼吸……!」(さくら)

 だが上忍、止まらない。

「任務はどうした!」(丹波)

「なぜ帰った!」(長門守)

「誰に追われた!」(半蔵)

 三人娘が、顔を見合わせた。

 そして――一斉に言う。

「家出した!」

「は?」×3

 あやめが真顔で続ける。

「忍の身分が低い」

「稼ぎが少ない」

「くのいちの扱いが酷い」

「嫌になった」

「それで――」

 せつなが、にぱっと笑う。

「熱田で、狂犬堂の募集見つけた!」

 上忍三人の顔が固まる。

「……狂犬堂?」

「……あの狂犬の?」

「……織田の姫の?」

 さくらが、胸を張った。

「採用された!」

「はぁ!?」×3

 丹波が震え声で聞く。

「採用って……お前ら、何をさせられる……」

 あやめが淡々と答える。

「普段は従業員」

「でも配属は直轄の諜報員」

「修行は早朝から」

「部屋は藤吉郎と四人部屋」

「藤吉郎と!?」×3

 半蔵が叫ぶ。

「男と同室だと!?」

 せつなが即答。

「藤吉郎、めっちゃ自重してる」

「むしろ光ってる」

「頭が」

「頭が!?」×3

 長門守が頭を抱える。

「情報量が多い!」

 さくらが、真剣な目になった。

「父上たちに、依頼がある」

「……依頼?」(丹波)

 あやめが紙を出す。

 狂犬印が押してある。

「手付け、二万貫」

 三人の上忍が、同時に息を止めた。

「……にまん?」

「にまんかん?」

「……銭の匂いがする」

 せつなが、にやり。

「仕事して」

「流言飛語」

「放火」

「煽動」

「疑心暗鬼」

「徹底的に」

 三人の父が、娘を見る。

 娘は真顔。

 上忍は、ふっと笑った。

「……狂犬に噛まれたか」

「噛まれたな」

「噛まれたわ」

 丹波が、娘を抱き直して言った。

「よし、やる」

「娘の頼みだ」

「――いや、狂犬の頼みでもある」

 長門守が頷く。

「伊賀の誇りにかけて」

 半蔵がニヤッと笑う。

「派手にやるぞ」

「太原雪斎が胃を押さえる程度に」

 三人娘が、同時に礼をした。

「よろしくお願いします!」

 父上三人、同時に泣いた。

「うちの娘、立派になったぁぁぁ!!」

「いや、泣くとこ今じゃない!」(あやめ)

「父ちゃん、仕事!」(さくら)

「とーちゃん、顔ぐしゃぐしゃ!」(せつな)

 伊賀は今日も平和である。

 たぶん、嵐の前だけど。

◉桃の感想(祐筆)

鳴海は強い城だ。

強い城は、籠れる。

籠れる城は――外を閉じられると、息が止まる。

姫様は、攻めていない。

でも確実に、城を殺しにいっている。

怖い。

なのに、どこか綺麗だ。

私は、この姫様の背中を、書き残す。

◉桃の日記

・鳴海城、静かすぎる。見張りの顔が「理解不能」。

・姫様、床几で城を見てるだけ。圧が戦。

・藤吉郎様、農民百人連れてきた。土嚢一つ百文。人が動いた。

・道は南北二本。塞げば泳ぐしかない。詰み。

・伊賀、父上三人、娘に弱すぎ。二万貫で即泣いて即了承。強い。

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