第342話 ローマへ行きたい殿と、現場に立つ狂犬
西暦1556年4月26日(弘治二年・卯月下旬)
豊後国・府内 大友館
豊後府内の館は、晴れていても空気が重い。
人が多いからではない。言いたいことを飲み込む者が多いから、空気まで詰まるのだ。
その日、戸次鑑連と由布惟信は、ついに大友宗麟公への報告の席に呼ばれていた。
先に豊後三老へ話は通してある。臼杵鑑速、吉弘鑑理、大友の爺こと吉岡長増。加えて軍配者・角隈石宗。
皆、もう一度同じ話を聞くことになると分かっていても、顔は晴れなかった。
狂犬お市の領地を見てきた。
病を切られた。
領地の隅々まで見て回った。
軍神長尾景虎が義理姉妹として側におり、軍事訓練を回していた。
北条の風魔に監視されながらも、手は出されなかった。
豊前・筑前北部は急速に狂犬へ傾き、税は水田一割、畑無料へ寄せられ、下関から洞海湾まで商館町と工業町になりつつある。
堺商人も連合商人も土地を買い始め、胡散臭い南蛮商人まで彦島へ出入りし、狂犬と何かを進めている。
そして――毛利までも、連合へ入ろうとしている。
そこまで話したうえで、最後に何を言うか。
何を言っても、宗麟公がそれをどう受け取るか。
それが一番重かった。
「……参れ」
小姓の声で、戸が開く。
広間の上座にいた宗麟公は、相変わらず美しい衣をまとっていた。
派手ではない。だが、どこか“この世のものではない美しさ”を目指しているような、そんな整い方だった。
その脇には、近ごろ館に出入りすることの増えた南蛮宣教師の姿もある。衣の色も匂いも、和の館に馴染まぬ。
鑑連と由布が平伏すると、宗麟公は穏やかに言った。
「戸次、由布。ご苦労であった。
狂犬お市のこと、聞かせてくれ」
声だけ聞けば、よい主君だった。
実際、昔はそうだったのだ。だからこそ、今がつらい。
鑑連は頭を下げたまま、簡潔に報告を始めた。
もう三老の前で話したことだ。だが今は、宗麟公の耳に届く言葉として、少しずつ慎重に並べる。
「はっ。
狂犬お市は、武のみならず、経済、医療、法、町割り、雇用をもって領地を広げております。
下関、門司、洞海湾は日に日に整い、人が集まり、税は軽く、民は逃げず、むしろ他領から流れ込んでおります」
宗麟公は静かに聞いている。
笑ってもいないし、怒ってもいない。
その無表情が、余計に読めない。
由布が続けた。
「また、軍神長尾景虎が義理姉妹として軍事を見ており、連合は武田、北条、織田、雑賀、根来まで含め、強固にございます。
戦になれば、大友は毛利まで敵に回す恐れがございます」
そこまで言って、広間は静かになった。
戸次も由布も、三老たちも、固唾をのんで上座を見る。
宗麟公は、少しだけ目を細めた。
それは怒りでも、動揺でもない。
むしろ、何か別のことに心を動かされている顔だった。
「……南蛮の宣教師たちは、言うのだ」
宗麟公が、ふいに呟く。
誰も返事ができない。
話の流れが、狂犬からずれている。
「荒れた世であればあるほど、神の御心は必要だと。
剣ではなく、信仰が世を洗うのだと」
臼杵鑑速が、目を閉じた。
吉弘鑑理の眉が寄る。
吉岡長増は、嫌な予感をもう隠しもしない。
宗麟公は、どこか遠くを見るような目で言った。
「私は……ローマへ行きたい」
広間の空気が止まった。
「は?」
口に出したのが誰か、一瞬分からなかった。
たぶん吉弘鑑理だった。たぶん皆の心の声でもあった。
宗麟公は穏やかに続ける。
「宣教師らと共に、すさんだ世の中に神の御心を広めたい。
洗礼を受け、真の道に入り、この国にも新たな光を……」
鑑連は、目の前が少し暗くなった。
報告した狂犬お市の話が、全部、急に遠くなる。
いや、遠くなったのではない。比べてしまったのだ。
一方は、民の中にいる。
病と向き合い、畑を起こし、税を下げ、町を作り、雇い口を増やし、子を売らせぬようにしている。
もう一方は、神の国へ情熱を燃やし、海の向こうへ行きたいと言っている。
主君の差は、あまりに明らかだった。
吉岡長増が、額を押さえた。
臼杵鑑速は、開いた口がふさがらないまま固まっている。
吉弘鑑理は、うっすらと天井を見上げていた。
角隈石宗だけが、妙に冷静な目で宗麟公を見ている。冷静すぎて、逆に疲れているのが分かる。
「……二階、崩れたな」
誰かが、小さく呟いた。
「三階も、崩れてよいのか」
吉岡長増の声だった。
老人の愚痴にしては、重すぎた。
宗麟公は、その言葉の意味を深くは取らなかったらしい。
むしろ、自分の見ている“神の楽園”の方に、熱を傾けている。
「大友は、武だけではない。
新しい道を示す国になれる。私は、それを見たい」
その言葉を聞いた瞬間、家老たちの顔から、一斉に力が抜けた。
怒る気力も、諫める熱も、いったん底を打った顔だった。
鑑連は、黙っていた。
忠義はある。間違いなくある。
だが今、何を言えばよいのか、本当に分からなかった。
狂犬お市を見た後では、なおさらだ。
お市は、したたかで、強い。
武もある。経済もある。
だが何より、“何をしたいか”がはっきりしていた。民を助ける。病と戦う。売られぬ国を作る。
それが嫌になるほど見えた。
宗麟公は、どうだ。
美しく、教養もあり、昔はよい主君だった。
だからこそ、今の“飛び方”がつらい。
長い沈黙のあと、吉岡長増が息を吐いた。
「……好きにされませ」
その声には、諦めと、疲労と、わずかな情が混じっていた。
「宗麟公がローマへ行かれたあとも、大友は大友にございます。
残る者が、残る国を守ります」
臼杵鑑速も、ゆっくりとうなずいた。
「止めても、心はもう行っておられる」
吉弘鑑理が、乾いた声で続ける。
「ならば、行かれる前に片付けるものだけ、片付けてもらいましょう」
角隈石宗が、軍配を畳の上に置いた。
「我らは、現実を見る役目。
殿は、楽園を見る役目。……そう割り切るしかありますまい」
それは忠義の形として、あまりに苦かった。
だが、国を持つ家臣というものは、苦いものを飲み込んで立つしかない。
鑑連は深く頭を下げた。
心は晴れない。むしろ、下関で見た狂犬の姿が、余計に胸を刺す。
神の楽園に情熱を燃やす主君。
民の中に立ち、病と戦い、働き口を作る狂犬。
差は明らかだった。
明らかだからこそ、つらかった。
広間の外では、府内の風が吹いていた。
それは潮の匂いのない、乾いた風だった。
祐筆桃の日記(弘治二年 卯月下旬/西暦1556年4月26日)
今日は、豊後府内で戸次鑑連殿と由布惟信殿が宗麟公に会い、狂犬お市様のことを報告した話が届いた。
三老と軍配者も同席し、皆、宗麟公がどう反応するかを息を詰めて見ていたらしい。
ところが宗麟公は、狂犬の脅威を聞いたその先で、南蛮宣教師に心酔し、キリスト教に改宗して、ローマへ行きたいと言い出したという。
聞いた瞬間、私は筆を持つ手が止まった。
それは、あまりにも、下関で見たお市様と対照的だったからだ。
お市様は民の中にいて、病と向き合い、畑や港や仕事を作る。
宗麟公は神の楽園へ心を燃やす。
どちらも理想を見ているのかもしれない。
でも、目の前の民がどこにいるか、その差は大きすぎる。
家老たちは疲れ果て、「宗麟公の好きにするしかない」と腹をくくったらしい。
“大友は宗麟公がローマへ行ったあとも、大友なのだから”――その言葉が、妙に哀しかった。
忠義というのは、綺麗なだけでは続かないのだと、また一つ知った。




