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『狂犬お市様』 〜転生八回目、戦国を生活で支配した姫〜   作者: イサクララツカ


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32話 赤塚の戦い ――山口親子の謀反――

西暦一五五二年(天文二十一年)五月下旬 初夏 尾張・清州

――狂犬記/作者:桃(お市様祐筆)

 尾張に、戦の匂いが戻ってきた。

 それも――「外敵」ではない。

 身内の裏切りの匂いである。

 山口親子。

 織田方の者が、織田に牙を剥く。

 普通なら、情報が遅れる。

 だが――うちには、狂犬がいる。

 お市様は、誰よりも速く嗅ぎつけた。

 いや、嗅ぎつけたどころか、先月から確信していた。

 理由?

 藤吉郎と、くのいち三人娘――

 諜報の狂犬四人組が、毎日せっせと「噂」と「足音」と「帳簿の動き」を拾っていたからだ。

「……桃」

「はい」

「山口親子、黒じゃ」

「疑い無しでございますか」

「疑いは、もう飽きた」

 お市様は、涼しい顔で言い切った。

 涼しすぎて、こっちの胃が冷える。

◆初陣の予告(※先月)

 葬儀の前。

 お市様は、藤吉郎と三人娘を呼び出した。

「藤吉郎」

「はい!」

「さくら、あやめ、せつな」

「「「はいっ!」」」

「初陣ぞ」

「「「「……え?」」」」

 藤吉郎だけ声が裏返った。

 いや、声だけじゃない。魂も裏返った。

「初陣……って……戦ですか?」

「戦じゃ」

「え、ちょ、僕、諜報員で……」

「戦じゃ」

「は、はい……」

 三人娘は目が輝いた。

 修行が地獄すぎて、戦がご褒美に見えるタイプである。怖い。

「わーい!」(さくら)

「喜ぶとこちゃう!」(あやめ)

「藤吉郎さま、顔が白いですー!」(せつな)

 お市様は、優しく微笑んだ。

 この人が優しい時は、だいたい命令が地獄。

「準備を怠るな」

「はい!」

 そして次の瞬間、狂犬が牙を出す。

「ただし――」

「(来た)」と私は思った。

「不殺じゃ」

「……はい?」

 お市様は、指を一本立てた。

「殺すな」

「おお……」と藤吉郎が少し安心した、その次。

「ただし」

「(二段構え来た)」

「骨は砕け」

「え?」

「指も折れ」

「え?」

「足も折れ」

「え?」

 藤吉郎の「え?」が増殖する。

「致命傷は与えるな」

「致命傷は……?」

「死ぬやつはダメじゃ」

「……なるほど」

「槍なら、足を狙え」

「足……」

「腕でもよいが、足がよい。逃げられぬからな」

 三人娘、メモが早い。

 あやめは真顔、せつなはニヤニヤ、さくらは「わかりましたぁ!」と元気。

 藤吉郎だけ、頭を押さえている。

 光る頭を押さえている。余計に眩しい。

「姫様……それ、不殺って言います?」

「言う」

「世間的に……」

「言う」

「……はい」

 この瞬間、私は確信した。

 狂犬の不殺は、人間の不殺と違う。

◆清州城・軍議(※呼ばれてない)

 そして今。

 清州城で軍議が開かれるらしい。

 参加者は豪華絢爛。

 織田信長

 織田信行(※狂犬ライブでメンタル故障中)

 柴田権六勝家

 丹羽長秀

 佐久間信盛

 林秀貞

 平手正秀

 ……そして。

 呼ばれてないのに、勝手に参加

 お市様。

 藤吉郎。

 くのいち三人娘。

 桃(胃痛)。

 なぜこうなる。

 襖の前。

 番兵が止めた。

「姫様、ここは軍議……」

「わらわじゃ」

「はい、姫様ですが……」

「わらわじゃ」

「はい……」

 お市様は、番兵の心を二回で折った。

 骨は折ってない。不殺。

 襖が開く。

◆軍議の空気、崩壊

 中に入った瞬間、視線が刺さった。

 信長様の目が冷たい。氷のようだ。

 だが――胃が痛い顔をしている。いつものこと。

「……市」

「兄上」

「呼んでない」

「知っておる」

「なら出ろ」

「出ぬ」

 兄妹の会話が、短い。

 短いほど危険である。

 信行様が、ぼそっと言う。

「……草……抜きたい……」

「抜いとけ」

「兄上……」

 柴田殿が立ち上がりかけ、慌てて座った。

 推し活が漏れるのを必死に抑えている。

 丹羽殿が、咳払いしながら私を見た。

 私も見た。

 「胃薬あります?」の目だ。

 私は小さく頷いた。

 人は戦の前に、胃から崩れる。

 平手殿が、静かに言う。

「姫君、軍議は……」

「わらわも軍じゃ」

「……」

 林殿、佐久間殿、顔が引きつっている。

 そりゃそうだ。

 軍議に「狂犬」が乱入してるのだから。

◆信長、状況説明(※普通)

 信長様が机を叩く。

「山口親子が謀反。赤塚に兵を集めている」

「ほう」

「討つ。以上」

 話が短い。

 尾張の会議は大体そうだが、今日は特に短い。

 胃が痛いからだろう。

 だが、お市様が口を挟む。

「兄上」

「なんだ」

「討つな」

「……は?」

 空気が凍る。

 柴田殿が思わず言った。

「姫様、それは……!」

「討ち取るな、という意味じゃ」

「……」

 信長様、目を細める。

「……市、何を知っている」

 来た。

 この瞬間、軍議が軍議になる。

 お市様は、さらっと言った。

「山口親子、背後に金の匂いがする」

「金?」(丹羽殿)

「誰が流しておる?」(平手殿)

「……美濃」

 全員の空気が変わった。

 美濃――斎藤。

 尾張の隣で、獲物を狙う牙。

 信長様が、短く息を吐く。

「根拠は」

「藤吉郎」

「はい!」

 突然振られて藤吉郎が立つ。

 光る頭が軍議の中心になった。

 眩しい。神々しい。場違い。

「えー……諜報にて、赤塚周辺の米と矢の動き、馬の飼葉、鍛冶の鉄、あと――」

「要点」(信長)

「はい!山口親子は、兵糧が“余分”にあります!」

「余分?」(佐久間)

「はい!彼らの石高では説明がつかない量です!」

「……」

 あやめが一歩前に出る。

「加えて、夜間に“知らない使い”が出入りしてます」

「知らない使い?」(林)

「顔が違う。言葉が違う。匂いが違う」

「匂い……?」(丹羽)

 せつなが笑う。

「美濃の匂い、しますねー」

「軽いな!」(あやめ)

「でも当たるやろ?」(せつな)

 さくらが、元気よく追い打ち。

「あと、赤塚の酒屋が急に景気良くなってました!」

「それ関係あるか?」(佐久間)

「あります!人が集まる場所には、金が流れる!金の流れに、黒い匂い!」

「……こいつ、意外と賢い」(林)

「天然ボケ担当ですが?」(せつな)

「担当言うな!」(あやめ)

 軍議の空気が、少し緩む。

 だが、信長様の目は鋭い。

「市」

「なんじゃ」

「お前は、どうしたい」

 お市様は、笑った。

 笑うと、場が怖くなる姫である。

「赤塚を叩く」

「同じだろ」

「違う」

「何が」

「殺さぬ」

 信長様が眉をひそめる。

「甘い」

 お市様、即答。

「甘くない」

「……」

「骨は折る」

「それは甘いのか?」(平手殿)

「不殺じゃ」

「いや不殺とは」(平手殿)

 丹羽殿が小声で。

「胃が……」

 私は小声で返した。

「胃薬……あとで……」

 柴田殿が、ぐっと拳を握る。

「姫様の“狂犬不殺”が出たか……!」

「言い方が怖いぞ権六」

「はっ!失礼!」

◆お市様の作戦(※狂犬)

 お市様は、机の上に地図を出す。

 雑。

 相変わらず雑。

 でも要点だけは刺さる。

「赤塚はこうじゃ」

「それ川ですか?」(佐久間)

「川じゃ」

「線一本ですが」

「川じゃ」

 お市様、指をトントンと打つ。

「ここに足を止める」

「足?」(信長)

「槍は足」

「足好きか」

「好きじゃ」

「……」

 軍議の全員が一瞬黙った。

 足が好きって何だ。

 いや戦術だ。たぶん。

「敵は逃げる。逃げる者は追うな」

「追わぬ?」(柴田)

「追うのは面倒じゃ」

「理由が雑!」(桃心の叫び)

 藤吉郎が、必死に補足する。

「ええと!逃がすことで、背後の黒幕に“報告”が行きます!そこから辿れます!」

「ほう」(平手)

「……なるほど」(丹羽)

「賢いこと言うた!」(さくら)

「褒めるな、照れる」(藤吉郎)

 信長様が、ふっと笑った。

 ほんの一瞬。

 でも私は見逃さない。

 兄上、妹の狂犬ぶりが嫌いじゃない。

「……市」

「なんじゃ」

「勝手に動くな」

「勝手に動く」

「動くな」

「動く」

 押し問答が幼い。

 だが、権力の押し問答である。怖い。

 平手殿が折れた。

「……姫君、では“働き”で示されよ」

「当然じゃ」

 お市様は藤吉郎を見た。

「藤吉郎」

「はい!」

「初陣、見せよ」

「……はい!」

 三人娘も揃って膝をつく。

「「「命令、承りました!」」」

 寧々とまつは今日は不在だが、

 いま頃、清州の空気を感じて胃が痛くなっているに違いない。

 ――わかる。仲間だ。

◆出陣前・桃の胃が死ぬ

 軍議が終わる。

 みんな立ち上がる。

 戦が決まる。

 信長様が最後に言った。

「市」

「なんじゃ」

「……死ぬな」

 一瞬、静かになる。

 信長様がこんな言い方をするのは珍しい。

 兄だ。

 お市様は、軽く笑って言った。

「兄上こそ、胃を壊すな」

「うるさい」

「胃薬、今度まとめて作ってやる」

「……頼む」

 丹羽殿が横で呟く。

「私の分も」

「権六の分も!」(柴田)

「黙れお前ら!」(信長)

 空気が、少しだけ温かくなった。

 その次の瞬間には、もう戦の匂いだ。

 藤吉郎が私に小声で言った。

「桃……大丈夫?」

「何が?」

「顔色……」

「胃が、戦場に先に行ってる」

「……わかる」

 さくらがニコニコ。

「初陣たのしみですね!」

「あんたのメンタルどうなってんの!」(あやめ)

「だって修行よりマシ!」(せつな)

「それはそう!」(あやめ)

「藤吉郎さま、足狙いですよ!」(さくら)

「足、足、足……」

「呪文みたいに言うな!」(私)

 お市様が振り返り、さらっと言った。

「桃」

「はい」

「筆を持て」

「はい」

「今日の赤塚は、尾張の分岐点じゃ」

「……はい」

「胃が痛くても、書け」

「はい……!」

 私は泣きそうになった。

 胃が痛い。

 でも、書かねばならぬ。

 ――狂犬が吠える戦が、始まる。

◉桃の祐筆(感想)

 軍議というのは、静かに刀を抜く場だ。

 今日、清州城で抜かれたのは刀ではない。

 狂犬の牙だった。

 兄上は恐ろしく、信行様は壊れ、家臣は胃を押さえ、

 そしてお市様だけが、未来の匂いを嗅いでいた。

 赤塚は小さい。

 だが、ここで尾張が変わる。

 私はそう確信する。

◉桃の日記(私記)

 呼ばれてない軍議に入った。

 人生で一番、胃が痛かった。

 でも、姫様の背中を見て、思った。

 この人は「守る」ために噛む。

 怖いが、信じられる。

 藤吉郎殿の頭が光っていた。

 戦場で目立つからやめてほしい。

 でも、本人もたぶん止められない。

 赤塚、行く。

 私は筆を持つ。

 胃薬も持つ。

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