第332話 湯治とは名ばかり――閻魔の獅子饅頭と下関の求人戦国
西暦1556年4月14日(弘治二年・卯月十四日)
長門国・赤間関(下関)/宿屋狂犬・温泉・甘味相模屋
春の下関は、日が長い。
そして――腹が減る。
宿屋狂犬の朝は、だいたい温泉から始まる。
名目は「湯治」。背中の粉瘤の治りを早めるため、ということになっている。
だが、実態はもう少し生臭い。
湯に浸かって、石鹸で垢を落とし、髪を洗い、木綿ふかふかの手拭いで拭き、髪結いと髭剃りを済ませた僧侶が二人。
頭はつるつる、顔は日焼けで黒く、片方は閻魔様みたいな形相。もう片方も負けず劣らず精悍。
――鎮西無双、戸次鑑連。
――その腹心、由布惟信。
しかし町では、そんな肩書きを知る者は少ない。
ふたりは今日も「僧侶道雪」「僧侶雪下」として歩く。
「道雪殿、ほんに湯治とは何でございましょうな」
雪下が、湯上がりの肩を回しながら言う。
「傷が癒えるまでの間、身体を大事にすることだ」
「では親子丼は、傷薬で?」
「……気持ちの薬だ」
「では夕方の海鮮居酒屋狂犬丸は」
「……心の湯治だ」
雪下は吹き出した。
「宗麟様が聞いたら、“ぼく怒っちゃう”って言いますよ」
「言わせておけ。殿は怒るために生きておる」
道雪は平然としているが、湯上がりの頬はどこか緩い。
下関という町の空気が、それほどまでに人を甘やかす。
昼、二人は例の親子丼まつやを素通りし――なぜか甘味相模屋に入っていた。
「いや、腹の具合を整えるためだ」
道雪は言い訳の前置きをしてから、獅子饅頭を一つ取った。
饅頭の表面は獅子の顔。やたらと威勢がいい。
「僧侶が獅子を食べるのは……」
「獅子は仏の使いとも言う。つまりこれは敬虔だ」
「理屈が強すぎる」
相模屋の番頭が、湯飲みを置きながら愛想よく笑った。
「お二方、湯治でござんすか。最近は“湯治客”が増えましてねえ。ほら、宿屋狂犬の点が溜まる札、持っておられる」
雪下が札を見せると、番頭が頷く。
「三十泊で一回無料。商人さんが喜びますわ。――あ、そこの席の方も」
番頭が目で示した先、隣の卓がやけに騒がしい。
「あーーー! 宗久はんやないの!」
「あーーー! 宗室はんやないの!」
堺訛りが、甘味屋の空気を一気に賑やかにする。
今井宗久と宗室。
どちらも「旅のついで」を装って、いつの間にかここにいる、抜け目のない堺商人だ。
「富士山見物って言うてはりましたやん!」
「宮島詣で言うてはりましたやん!」
二人は、笑いながら互いの嘘を責めているが、目は笑っていない。
奉行所へ向かう足取りが速いのは、良い土地と商館用地を押さえるためだ。
道雪は饅頭を齧りながら、ぽつりと言った。
「……商人は戦の匂いを嗅ぐのが早い」
雪下が頷く。
「狂犬の町づくりは、“戦”じゃなく“景気”で人を集めてますからね」
その“人”が、今日の下関には溢れ始めていた。
通りを歩けば、見慣れぬ顔が増えている。
大内の浪人が、肩を落として職を探している。
秋月や宗像から逃げてきた農民が、きょろきょろと町をうろつく。
その一方で、奉行と隠密同心が目を光らせている。
治安を守るためだけではない。――「人を町に溶かす」ためだ。
道雪たちが相模屋を出ようとしたところで、若い同心が声をかけた。
「僧侶さま方、少しよろしいですか」
道雪は一瞬、目を細めた。
探りか。狂犬の網か。
だが同心は、意外なことを言った。
「最近、流れ者が増えまして。仕事の口を案内しているんです。僧侶さまも、もし困りごとがあれば――」
雪下が口元を押さえて笑いを噛み殺した。
「困ってるのは、連れの顔が怖いことぐらいで」
「おい」
同心は真面目に頭を下げる。
「失礼。……では、そちらの方々へ」
同心が指した先には、粗末な身なりの浪人と、泥のついた脚絆の農民がいた。
彼らの周りには、求人の札がいくつも貼られている。
――狂犬堂。
――毘沙門天堂。
――相模獅子屋。
――甲斐虎屋。
――狂犬丸(海鮮居酒屋)。
――宿屋狂犬。
――寺小屋の手伝い。
「仕事が……こんなに?」
農民が声を震わせる。
同心は頷き、優しく言った。
「下関は人手不足です。働く気があるなら、食わせます。住む場所も、まずは長屋を手配します。寺小屋で字も覚えられる」
浪人が疑うように呟いた。
「……見返りは?」
「働いた分の銭です。決まりがある。賭け事で取り上げるのは禁止。借金で縛るのも禁止。奉行所が見ています」
道雪は、その言葉の一つひとつを、饅頭より重く噛み締めた。
これはただの施しではない。
法と運用で人を守り、労働で自立させる仕組み。
狂犬のやり方だ。
雪下が小声で言う。
「宗麟様のところ、こんな掲示板、ありますかね」
「……あるわけがない」
道雪は湯飲みの残りを飲み干した。
「だが、見た以上は――戻って伝える。殿は奇天烈でも、殿の国の民は捨てられん」
雪下が、僧の顔で頷いた。
「じゃあ、手紙は今夜ですね。湯治のついでに」
「湯治のついでに言うな」
夕方、海鮮居酒屋狂犬丸。
今日もまた、湯治とは思えぬ香りが漂う。
しかし二人は知ってしまった。
この町は、湯で人を癒やしているのではない。
働く場所と、学ぶ場所と、明日の飯で癒やしている。
戦国の癒やしとは、そういうものなのだ、と。
祐筆桃の日記(弘治二年 卯月十四日/西暦1556年4月14日)
下関には、僧侶が二人まだ居る。
道雪、雪下と名乗るが、ただ者ではない匂いがする。顔が閻魔様で、湯治と言いながら温泉と甘味と酒ばかりだ。
だが今日、町を見て、私も少し考えた。
逃げてきた農民、職を失った浪人が、奉行所の案内で仕事に吸い込まれていく。
狂犬堂、毘沙門天堂、相模獅子屋、甲斐虎屋――人手不足で、手がいくらあっても足りない。
母上が言う「民を売るな」は、言葉だけではなく、働き口と寺小屋と治安で形になっている。
下関は、戦の後の“吸い込み口”になっている。
僧侶二人は、町を見て、帰って主君に何かを伝えるだろう。
敵であっても、見たものは見たまま残る。
それが、戦国を終わらせる一歩になるかもしれぬ。




