表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『狂犬お市様』 〜転生八回目、戦国を生活で支配した姫〜   作者: イサクララツカ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

331/364

第329話 堺の嘘は、真実より儲かる――下関不動産戦争(知らんけど)

西暦1556年4月11日(弘治二年・卯月下旬)

長門国・赤間関(下関)

関門海峡の潮は速い。

船も人も、噂も、潮に乗れば一晩で流れ着く。

昨日――毛利の小早川隆景が、彦島で正装して頭を下げた。

「停戦」と「連合参入」を口にした。

その話が、もう今日には“銭の匂い”に変わって、町を走っている。

噂というものは、戦より早い。

そして戦より、商人の腹が早い。

赤間関の町並みは、ここ数十日で別物になっていた。

白壁の漆喰が増え、道は広げられ、碁盤の目の通りには名が付いた。

堺通り、博多通り、呉服通り、宿屋通り、甘味通り。

火事を嫌う下関の風と、潮の湿気に合わせて、建物は“燃えにくく”“水に強く”作り直されていく。

お市が言っていた「ローマンコンクリート」も、下地や港の縁に使われ始め、波をかぶっても妙に丈夫そうだった。

町人は最初こそ首を傾げたが、今はもう慣れている。

慣れるのが早いのは、腹が満ちるからだ。

そういう“変化”を嗅ぎつける者がいる。

堺商人である。

堺商人は抜け目がない。

昨日、堺におったかと思えば、仲間にはこう言う。

「厳島神社に参ってくるわ」

「富士山見物や」

「伊勢参りやねん」

そして、気づけば博多におる。四国にもおる。下関にもおる。

嘘はついていない。たしかに参っているし、見物もしている。

ただ、ついでが本命になっているだけだ。

旅を商談にし、商談を密談にする。

それが堺の“いろは”だと、桃は教わった。……知らんけど。

その日、赤間関の奉行所の前は朝からやたら賑やかだった。

荷を担いだ人足、帳面を抱えた手代、商館の手配を急ぐ口入れ屋。

奉行所の門前で、土地の相談や借地の口約束が飛び交っている。

そして――そこに、異様に“場慣れした笑顔”が二つ並んだ。

一人は、着物の柄も帯の結びも派手すぎず、しかし隠しきれぬ余裕がある男。

もう一人は、同じ堺の匂いをまといながら、目だけがやけに鋭い男。

二人は、互いの顔を見た瞬間、口角が同時に上がった。

「あーーーーーー!」

大げさな声が門前に響く。

奉行所の同心が一瞬、刀に手をかけたが、次の言葉で力が抜けた。

「あんさんは! 宮島に旅行に行って牡蠣食べて、厳島神社にお参りすると言いはった――今井宗室はん!」

言われた男――今井宗室は、胸に手を当てて、わざとらしく驚いてみせた。

「おおおおお! あんさんは富士山見物で駿河に行く言うてはった――今井宗久はん!」

宗久は、にこにこ笑いながら、肩をすくめる。

「いやぁ、富士は遠うてなぁ。途中で潮の匂いがしてしもて」

「潮の匂いで赤間関まで来る人、初めて聞きましたわ」

「堺は潮でできてるさかい」

宗室が、口元を押さえて笑った。

「ほな、宗久はん。ここで会うたいうことは――」

宗久は即答した。

「土地や」

「やっぱりなぁ!」

二人の声は、笑っているのに刃物みたいに鋭い。

奉行所の門前にいた口入れ屋たちは、反射で背筋を伸ばした。

堺商人は、戦より怖いと本気で信じられている。

宗室が奉行所の方へ顎をしゃくる。

「昨日、小早川はんが正装で彦島に入ったいう噂、もう堺まで届いてまっせ。こら勝機や。港は伸びる。人は集まる。……土地が上がる」

「そのうえ、漆喰で道まで作りおった。火事に強い。潮に強い。商談に強い」

宗久は通りの先を見た。

堺通りの看板の下で、堺訛りの手代が値段交渉をしている。

博多通りには博多の魚商が陣取り、呉服通りには近江の反物が積まれ、宿屋通りには“狂犬”の札が揺れている。

「こら……熱田と鳴海の写しやないか」

宗久は小さく呟いた。

お市が熱田でやったこと――道路を整え、寺子屋を置き、無料診療所を置き、商人を呼び込み、治安を固め、税を下げる。

“民が増える仕組み”を先に作る。

宗室が鼻で笑った。

「写しやない。改良品や。潮と船がある分、加速する」

宗久の目が細くなる。

「……となると、うちが出す商館は“ただの店”やあかん」

「せや。倉や。帳場や。宿の口も押さえる。人足の手配も抑える。奉行所との筋も作る」

二人は楽しそうに言うが、言っていることは“国取り”に近い。

ただし刀ではなく、銭で。

そこへ、奉行所の門が開き、同心が顔を出した。

後ろにいるのは、地元の土地役人と、帳面を抱えた町年寄り。

「門前での大声は控えよ。……で、何用だ」

宗久は、深々と頭を下げる。

下げ方が、武士より綺麗だ。

「下関に商館を出したうて参りました。土地を、少し」

宗室も続く。

「同じく。町の発展に尽くし、税もきっちり、治安にも協力しますさかい」

同心は、眉間の皺を深くした。

「……堺は、口が軽いのか重いのか分からん」

宗久が、にこりと笑う。

「軽いのは冗談だけでっせ。帳面は重たい」

宗室が、さらりと続ける。

「それと、ここは“狂犬殿の町”や。余計なことはせぇへん。命が惜しい」

同心は、ふっと鼻で笑った。

それが“許可”に近い空気だと、二人は理解した。

奉行所の奥から、声が飛ぶ。

「堺の商人が来たって? 桃さまに報せろ!」

桃――祐筆。

評定の間に座る、小さな帳面役。

だが、銭の話になると、なぜか一番怖い顔をする。

宗久は宗室の肩を軽く叩いた。

「出たで。狂犬殿の“銭の牙”」

宗室が、楽しそうに笑った。

「噂では、薄い顔で分厚い帳面書くらしいな」

「堺の子より堺商人みたいな目をするとも聞いたわ」

二人は、門前で一歩引き、奉行所の中を覗いた。

町の“新しいルール”が、どこまで整っているか。

どこまで“商人に都合よく”、どこまで“商人に厳しく”なっているか。

そして二人は、同じことを思った。

――狂犬の町は、儲かる。

――だが、舐めたら首が飛ぶ。

それが一番、商人を本気にさせる。

春の潮風が吹き、白い漆喰の壁が光った。

下関は今日も、戦ではなく“商い”で膨らんでいく。

祐筆桃の日記(弘治二年 卯月十一日/西暦1556年4月11日)

堺商人は、ほんまに早い。

昨日の会談の噂が、もう奉行所の門前で銭になっていた。

今井宗久はんと今井宗室はんが、二人そろって現れた。

「富士山見物」「厳島参り」と言いながら、目的は土地。

嘘はついてない、と二人は笑う。

でも、笑いながら町を食べる感じがして、少し背筋が寒い。

奉行所としては、堺の金と流通は欲しい。

でも、堺のやり口は放っておくと、町が“堺の都合”に染まる。

母上(狂犬お市様)がよく言う。

「商人は民を生かす。だからこそ、商人にルールを与えよ」と。

きょう、私はその意味が分かった。

堺商人は敵ではない。

でも、放っておけば、味方でもない。

下関を下関のまま大きくするために、帳面の紐を締める。

明日、奉行所の土地台帳を全部見直すつもり。

……あと、二人とも声がでかい。

門前で「あーーーーー!」はやめてほしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ