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『狂犬お市様』 〜転生八回目、戦国を生活で支配した姫〜   作者: イサクララツカ


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第29話 狂犬お市様の尾張伝説の狂犬ライブ フィナーレ

めんどくさいのー

わらわの美しさが、解らぬのか?


飽きた(雑)


お市

天文十六年(西暦一五四七年)初夏・八月十日 尾張の伝説・最終日

尾張・熱田神宮 盆踊り夏祭り大会/特設野外ステージ

――熱田に涙の大合唱フィナーレ――

狂犬家臣団全員目線(※胃は死にかけ、心は燃えてる)

最終日。夕刻。

篝火が焚かれ、炎は天を焦がす勢いで揺れている。

夏の夜なのに――寒気がする。

人の熱が、熱田の空気そのものを変えてしまっているからだ。

観客の数?

もはや数えられない。

万は、いる。確実に。

藤吉郎が、空を見上げて乾いた笑いを漏らす。

「……源頼朝様でも、ここまで集めるの無理じゃないですか」

桃が即座に返す。

「比べるな。頼朝様に失礼だ」

「失礼なのは姫様の集客力だろ……」

まつが、団扇を奪って扇ぐ。

「暑い! それ以前に、人の圧で息できへん!」

寧々が袖を捲って目を細めた。

「この人数、武田の大軍より怖いわ……」

怖いのは人数だけじゃない。

観客が持っているものが、もう狂犬だった。

団扇に――

「お市様好き!」

「お市様命!」

手拭いに――

「お市様命!」

「俺たちの尾張!!」

そして、あろうことか。

織田家臣団の旗指物が並んでいる。

どこで手に入れたのか、誰が許したのか、誰が作ったのか。

さらに目を疑うのは、旗の列の横に揃っている手拭いの文字。

「俺たちの織田家臣団」

……おい。

織田家臣団が、勝手に“公式化”されてないか。

藤吉郎が震えた声で言う。

「これ……信長様、知ったら胃に穴あきますよ」

桃が頷く。

「もう穴は空いてる。今日は底が抜ける」

「やめて! 縁起でもない!」(まつ)

寧々は、観客の波を見て、ぽつり。

「……尾張が、一つになってる」

そう。

最終日というだけで、尾張の民衆の気合が段違いだ。

“推し活”が、集団狂気を超えて、宗教になりかけている。

――みな、狂犬である。

■ステージ袖:最後の衣装合わせと、寧々の職人魂

ステージ袖。

篝火の熱と、人の熱と、太鼓の音。

狂犬家臣団は最後の準備で走り回り、

中村の狂犬従業員も、狂犬堂の販売員も、皆が皆、目をギラつかせている。

「団子! 最後の便!」

「煎餅無料の列、整理しろ!」

「胃薬、補充! 倒れるな!」

「包帯!? なんで包帯が売れてる!?」

「興奮しすぎて鼻血出る人がいるんです!」

……何が起きてるんだ。

そんな中、

お市様は、最後の衣装合わせをしていた。

寧々が作った、真衣装。

金色と漆黒の狂犬織。

ド派手、という言葉が逃げ出すレベル。

寧々は針を咥え、最後の縫い目を締める。

「よし……完璧。姫様、これで“尾張の夜”を支配できます」

「うむ。よい。寧々、褒めてやろう」

「褒め方が雑ぅ!」(まつが袖からツッコミ)

その時。

お市様が、涼しい顔で言った。

「寧々よ。暑苦しいから、足元、裾裂いてよいか?」

寧々の手が止まる。

「……は?」

「暑い。動きにくい。裂く」

「はしたないですよ! 姫様!」

「膝上、拳ふたつ分。裂いてくれ」

「は? 拳ふたつ分!? 狂犬じみてます!」

「狂犬じゃ」

「開き直らんでください!!」

寧々が必死に止める。

だが、お市様は世界一の美貌で当然のように言い放った。

「今日は最後じゃ。世界は、わらわの美しさに跪くのじゃ」

「姫様、ほんまに言うてます?」(桃)

「足? 生足? 見せてやる。恥などあろうか!」

寧々が真っ赤になる。

「恥は……あります! ありますよ!」

「寧々。恥は、銭にならぬ」

「銭の話にすな!」(まつ)

そして、お市様は――自分で着物を裂いた。

びりっ。

布の裂ける音が、篝火の爆ぜる音と重なる。

金と漆黒の衣装に、鋭い切れ目。

覗く生足。

寧々が叫ぶ。

「姫様ぁぁぁぁ!!」

まつが腹を抱える。

「やばい、寧々、職人としての矜持が死んだ!」

桃が唸る。

「姫様、武器が増えた。尾張が落ちる」

藤吉郎が青ざめる。

「いや、尾張はもう落ちてる!!」

お市様は、にやりと笑って、篝火の明かりの中へ走った。

「ひざまずけ!」

■開演:篝火の中の狂犬姫

太鼓が鳴る。

笛が鳴る。

どよめきが、波になる。

そして――お市様が現れた瞬間、

万の群衆が、一つの生き物みたいに息を吸った。

世界一の美人。

ハイブランド香水「お市」。

金と漆黒の狂犬織。

そして、裂けた裾から覗く、生足。

……危険な美。

胃にくる美。

笑うだけで、世界が崩れる美。

骨太い津軽三味線が、寧々の手で渡される。

お市様は、指を鳴らした。

「――いくぞ、尾張ぁ!!」

セットリスト(最終日・夕刻フィナーレ)

一曲目:尾張じょんがら節(津軽じょんがら節)

三味線が火花を散らす。

観客の手拍子が雷鳴みたいに重なる。

「うぉぉぉぉ!!」

「姫様ぁぁぁ!!」

「狂犬だぁぁ!!」

二曲目:尾張りんご節(津軽りんご節)

優しく始まり、途中で急に刃物みたいに跳ねる。

観客が踊り出す。

盆踊りの輪が、そのまま戦陣になる。

三曲目:熱田に咲く華(狂犬姫)

歌詞が刺さる。

“熱田に咲いた華が、尾張を変える”

誰かが泣き始めると、それが伝染した。

四曲目:俺たちの織田家臣団

ここで観客の狂気が爆発する。

拳が上がる。

旗指物が揺れる。

手拭いが舞う。

「俺たちの! 織田家臣団!!」

「うぉぉぉぉ!!」

ステージ袖で、藤吉郎が頭を抱える。

「これ、信長様に報告するの嫌なんですけど……」

桃が肩を叩く。

「報告しなければ、もっと黒圧が来る」

「もっと黒圧って何!?」

「胃が、二つになる」

「やめてください!!」

五曲目:俺たちの尾張

この曲は、もう“歌”じゃない。

尾張そのものだ。

観客の声が、夜空に突き刺さる。

万の声が重なって、篝火の炎が揺れる。

「俺たちの尾張!!」

「魂の尾張!!」

「命の尾張!!」

「絆の尾張!!」

丹羽長秀(五郎又)が、変装のまま拳を握りしめて叫んでいた。

「うぉぉぉぉ!! 尾張ぁぁぁ!!」

柴田勝家(権六)も、町人に変装したはずなのに、存在感が鬼だった。

「姫様ぁぁぁ!! うぉぉぉぉ!!」

隣の町人が震えている。

「……この町人、怖い……」

そして――

六曲目:君とずっと尾張で(愛を語るバラード)

場の空気が、一瞬で変わる。

さっきまで戦だったのに、

今、夜が静かになる。

三味線が、優しく鳴る。

お市様の声が、篝火の間を抜けて、胸の奥に入ってくる。

「……尾張で、生きよ」

「……尾張で、笑え」

「……尾張で、泣け」

「……尾張で、わらわと、ずっと」

その瞬間。

万の観客が、泣いた。

泣きながら、歌った。

泣きながら、笑った。

――熱田が、泣き声と合唱で揺れた。

■フィナーレ:狂犬家臣団、全員集合

曲が終わっても、拍手が止まらない。

怒号みたいな拍手。

祈りみたいな拍手。

ステージ袖で、お市様が振り向く。

「……家臣団。出よ」

「え、今ですか!?」(藤吉郎)

「今じゃ。最後じゃ」

狂犬家臣団が、全員ステージへ出る。

藤吉郎、桃、寧々、まつ。

さくら、あやめ、せつな。

中村の狂犬従業員も、狂犬堂の販売員も、前へ出る。

観客が叫ぶ。

「俺たちのお市様!!」

「狂犬堂ぉぉぉ!!」

「尾張ぃぃぃ!!」

お市様は、裂けた裾のまま、堂々と立ち、三味線を掲げた。

「……よいか。尾張よ」

「今日で終わりではない」

「ここから始まりじゃ」

「銭を回せ。学べ。働け。美しくなれ」

「そして――笑え」

一拍、間。

お市様は、最後に言った。

「世界よ、ひざまずけ!」

万の拳が上がった。

万の声が、夜空を裂いた。

熱田に、涙の大合唱フィナーレ。

尾張の伝説は――完成した。

狂犬記/作者:桃(感想と日記)

天文十六年 八月十日 夕刻

最終日。熱田が燃えていた。篝火だけじゃない。人の心が燃えていた。

団扇に「お市様命」。手拭いに「俺たちの尾張」。旗指物まで並んだ。

もう尾張は狂犬である。

姫様は衣装を裂いて生足で走って出た。寧々様が叫んだ。私も心の中で叫んだ。

「熱田に咲く華」で泣いた。

「俺たちの尾張」で叫んだ。

最後の「君とずっと尾張で」で、万が泣いて歌った。

こんな戦、見たことがない。

姫様は世界一美人で、世界一危険で、世界一優しい(雑)。

明日からの帳簿が怖い。胃が痛い。

でも、私は今日の尾張を、一生忘れない。

令和歴史学者・丹羽五郎の覚書

――「狂犬記」について(暫定結論)

 私は丹羽五郎。

 定年退職後、在野で戦国期文書の写本・真贋判定を細々と続けている、ただの胃の弱い老人である。

 専門は織田政権初期行政史。胃薬が友だ。

 さて。

 問題の史料――通称「狂犬記」。

 発見場所は、尾張某旧家の土蔵。

 保存状態は異様に良好。紙質は戦国末期相当。

 筆致は女性。達筆。だが内容が、どうにもおかしい。

 結論から言う。

 価値は、ない。

 理由は簡単だ。

内容がふざけすぎている

お市なる女性が、国を動かしている

家臣団がライブで統率されている

三味線で胃痛が治ると書いてある

「笑顔はゼロ文」などという経済理論が出てくる

 史料として、成立しない。

 そもそも――

 戦国期に「ライブ」「推し活」「ブランド」「香水」「インセンティブ」などという概念があるはずがない。

 これは何だ。

 徳川初期に書かれた、悪質な戦国風ブラックコメディ小説

 あるいは

 尾張地方に伝わる宗教的民間文芸

 そのどちらかである。

 私は、そう結論づけた。

 ……ただし。

 一点だけ、妙なことがある。

 この「狂犬記」は、

 戦国期の出来事――

熱田の異常な集客

尾張の商業回転率の急上昇

織田家臣団の士気変動

男性家臣の胃薬消費量の増大

 ――と、妙に符合する。

 特に不可解なのは、

 同時期に急増する「尾張由来の歌謡」と「祭礼形式」。

 史料上、理由が説明できない。

 説明できない以上、学問としては――

 切り捨てるしかない。

 よって私は、この「狂犬記」を

 「史料的価値なし」

 として分類し、写本の棚に戻した。

 以上。

 ……以上なのだが。

 追伸として、一つだけ、書き残しておく。

 最近、別の旧家から、

 奇妙な紙片が見つかった。

 朱印付きの、走り書きのメモ。

 裏面に、幼い字で、こうある。

 ――

 「うれしい

  うれしい

  はじめて

  ほうびをもらった

  おいちさまに

  ちゅうぎをつくす

  ふじきちろう」

 ――

 筆跡は、拙い。

 だが紙質は、同時代。

 ……偶然だろう。

 偶然に違いない。

 私は胃薬を飲み、

 この件については、考えないことにした。

 学問とは、

 胃に悪いものを見なかったことにする技術でもある。

 ――令和某年

 在野研究者 丹羽五郎

※作者注(桃より)

この後書きは、

「まだ胃薬殿日記が発見されていない段階」の学説である。

学問とは、だいたい、いつも遅れる。

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