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『狂犬お市様』 〜転生八回目、戦国を生活で支配した姫〜   作者: イサクララツカ


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第300話 血煙のあとの決断

西暦1556年3月12日(だいたい弘治二年・弥生下旬)

安芸国 吉田郡山城

――山は、まだ冷たい。

吉田郡山城の本丸には、重苦しい空気が沈んでいた。

戦の匂いは消えぬ。焼けた革と火薬の残り香は、報せとともに城へ運ばれてきた。

永興寺の戦。

毛利本陣壊滅。

父の首は見つからず。

宍戸隆家は影武者のまま討ち取られた。

そして――

行方知れずは、毛利元就と、熊谷信直。

毛利隆元は、膝の上で拳を握りしめていた。

隣には、小早川隆景。顔色は白いが、目は冴えている。

「……父上の遺骸がない」

隆元の声は、低く沈む。

「はい。首級も、胴も確認されておりませぬ」

隆景は淡々と答えるが、その指はわずかに震えていた。

「宍戸殿が影武者のまま討たれた。

父上は……」

言葉が止まる。

沈黙。

城外からは、鍛冶場の槌の音が聞こえる。

戦のあとでも、城は動く。生き延びるために。

「兄上」

隆景が静かに言う。

「永興寺の戦、詳細は揃いました」

「言え」

「赤備えの突撃は、三段に分かれました。

先に火縄銃、二千を超える一斉射撃。

その後、騎馬突撃。

最後に、水陸両用の機動部隊が境内を制圧」

隆元の目が閉じる。

「……異様だな」

「はい。火縄銃の傷が、深刻にございます」

隆景は報告書を開く。

「玉が体内に残り、鉛毒。

破傷風。

傷の化膿。

高熱にて亡くなる者、多数」

「助からぬのか」

「ほとんどが、助かりませぬ」

戦場で即死するよりも、

傷が、じわじわと命を奪う。

「……父上は、銃傷であったか」

「不明にございます」

再び沈黙。

吉川元春は銀山防備のため山吹城へ。

桂元澄、口羽通良とともに尼子に備えている。

鞍掛、高森にいた武将は辛うじて残った。

だが、家臣団は壊滅。

「……毛利は、立て直せるか」

隆元の声は、もはや当主のものだった。

隆景は兄をまっすぐ見る。

「立て直すしかありませぬ」

即答だった。

「尼子は南下の構え。

石見銀山を狙っております。

吉川は善戦しておりますが、兵力差は明らか」

「大内は」

「混乱中。杉・陶の争い拡大。

大友も九州で火種を抱えております」

隆元は深く息を吸った。

「狂犬は」

その名が出た瞬間、空気が変わる。

隆景は苦笑した。

「……強い。

理屈ではなく、速さと勢いで押してきます。

しかも、港を押さえました」

関門海峡。

火ノ山城。

門司。

「関銭を押さえられれば、兵站が違う」

「はい。商人は流れに敏感にございます」

隆景は、堺や尾張の話を持ち出す。

「堺では南蛮銃が日々改良され、

尾張では狂犬堂の品が売れているとか。

商いと戦が、結びついております」

「……戦を商いにしたか」

「いえ。商いを戦に使っております」

隆元は、わずかに笑った。

「嫌な敵だ」

隆景も笑う。

「ええ。ですが――」

言葉を切る。

「ですが?」

「停戦せねば、毛利は持ちませぬ」

隆元の視線が鋭くなる。

「停戦」

「はい。兄上。

狂犬と和を結ぶべきかと」

「……わしが頭を下げろと」

「頭を下げるか否かではございませぬ。

毛利を残すか、消すかでございます」

隆元は立ち上がり、城の外を見た。

吉田郡山。

山に囲まれた、守りの城。

だが、海は遠い。

「父上なら、どうする」

ぽつり、と呟く。

隆景は迷わない。

「父上なら、生き残る道を選びます」

その言葉に、隆元は目を閉じた。

生き残る。

毛利を残す。

「……隆景」

「は」

「下関へ行け」

隆景の目が細まる。

「停戦交渉か」

「うむ。狂犬と話せ」

「承知」

隆景は膝をついた。

「兄上は?」

「わしはここで毛利を立て直す」

静かな覚悟だった。

「尼子と狂犬。

二正面は不可能。

ならば、一つを抑える」

「狂犬を」

「和で抑える」

隆景は立ち上がった。

「噂は最悪でございますが」

隆元は苦く笑う。

「膾にされたとか、

夜な夜な男を絞るとかか?」

「……はい」

「噂は噂だ。

事実は、こちらが壊滅した」

隆元は、拳を握る。

「毛利は、滅びぬ」

その声は、父によく似ていた。

隆景は静かに頷く。

「では、わたくしが下関へ参ります」

「気をつけよ」

「狂犬に、ですか」

「いや」

隆元は真顔で言った。

「笑顔に、だ」

隆景は、初めて声を立てて笑った。

「承知」

戦国は、刀だけでなく、

笑顔でも斬られる。

永興寺の血煙はまだ消えぬ。

だが、次の一手は、もう打たれた。

――下関へ。

毛利の命運を賭けた、交渉が始まろうとしていた。

祐筆桃の日記(狂犬記)

西暦1556年3月12日(弘治二年・弥生下旬)。

吉田郡山城にて、毛利家混乱。

元就様行方不明。宍戸殿影武者討死。家臣団壊滅。

火縄銃の傷、後日死亡多し。鉛毒・感染症深刻。

戦の形が変わっている。

隆元殿、動揺しつつも決断。

小早川隆景殿、下関へ停戦交渉に向かう模様。

結論:

狂犬の強さは突撃だけにあらず。

港・銭・笑顔も武器。

戦はまだ、終わっていない。

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