第28話 狂犬お市様の尾張伝説の狂犬ライブ三日目 午前中
天文十六年(西暦一五四七年)初夏・八月九日
尾張・熱田神宮 盆踊り夏祭り大会/熱田・狂犬堂
――カオスな熱田と、狂犬堂の朝――
狂犬家臣団全員目線(※全員、目の下にクマ)
初日から、カオス。
二日目で、地獄。
三日目の朝――これはもう、源平合戦の後の戦場みたいになっていた。
店前の通りは、人、人、人。
屋台の煙、汗、団子の焦げ、香水、煎餅の醤油。
熱田神宮の方から聞こえる太鼓と笛。
なのに、狂犬堂の前だけは、別種の熱がある。
「狂犬堂は開いてるかぁぁ!!」
「胃薬! 胃薬くれぇぇ!」
「姫様の香水! “お市”! 嗅がせてぇぇ!」
「口紅の十二色ぜんぶ見せろぉぉ!!」
「子供や! 煎餅無料の列はこっちやで!」
……もはや店ではなく、戦場の補給所である。
■中村の現状:略奪後の平野
中村から来た従業員(農民たち)が、目が死んだまま報告する。
「……米、二百石……使い切りました」
「……はい?」(桃)
「米粉にして、白粉にして、団子の粉にして、煎餅にして、ちゃんこにして……」
「待って、ちゃんこも米なの?」(まつ)
「……腹が減るんです……」
さらに追い打ち。
「薬草畑も……種以外、なくなりました」
「畑が……ハゲた……?」(藤吉郎)
「ええ、畑が……つるっつるです」
「藤吉郎殿の頭みたいに?」(せつな・ニヤニヤ)
「言うな!!」(藤吉郎)
「落ち着け、藤吉郎。髪は心の飾りや」(さくら・天然ボケ)
「誰がうまいこと言えと!!」(藤吉郎)
「でも実際、ツルツルは“清潔”ですし……」(あやめ・真面目ツッコミ)
「追撃するなぁぁ!!」(藤吉郎)
中村は、もはや「収穫の村」ではない。
**“狂犬堂の工場跡地”**である。
そして今、熱田の狂犬堂は――
売上が、わからない。
数字どころか、銭の流れもわからない。
ただ、店を回転させている。
桃は、帳簿を見て、魂が抜けた顔で言った。
「……これ、帳簿じゃなくて、戦況図……」
■狂犬堂の朝礼:姫様が優しすぎて、逆に怖い
午前。
本来なら講演前の準備で、全員が刺さった目をして走り回る時間。
……のはずが。
今日の狂犬様――お市様が、妙に優しい。
優しい、というか、
菩薩みたいに優しい(雑)。
朝、店の裏の控え所。
お市様は、平服。
髪はさらり。
香りは控えめなのに、存在感が暴力。
なのに今日は、拳骨が飛ばない。
「……よいか、皆の者」
「「「「「「は、はい……」」」」」」(全員、身構える)
「慌てるでない。今日は三日目。疲れも溜まっておろう」
「(怖い)」(全員の心の声、完全一致)
そして、お市様は――
藤吉郎の頭を、両手で包んだ。
「藤吉郎、ここが乾いておる。保湿が足りぬ」
「……は?」
「化粧水、乳液、保湿液、保湿クリーム。順番を守れ」
「順番……」
「肌は裏切らぬ。努力したぶんだけ光る」
「……光る……」
「光れ。わらわの婿候補として」
「……は??」
藤吉郎は、顔面が真っ赤になった。
たぶん熱中症ではない。
■抱擁と眼差し:狂犬式メンタルケア(※破壊力)
そして、お市様は次々に、家臣団を呼ぶ。
桃。
寧々。
まつ。
くのいち三人――さくら、あやめ、せつな。
一人ずつ。
抱きしめる。
見つめる。
それで、こう言う。
「桃。信じておるぞ。帳簿は戦じゃ。そちが大将じゃ」
「……姫様……(胃が……治る気が……)」
「寧々。衣装はそちの戦装束じゃ。誇れ」
「……っ(胸が……ぎゅって……)」
「まつ。笑え。笑顔は銭を連れてくる」
「……はい! 笑顔、ゼロ文!!(よく分からんけど元気でた!)」
「さくら。天然でもよい。手足が動けば勝ちじゃ」
「はい! 天然でも勝ちます!」(天然ボケの自覚ゼロ)
「あやめ。真面目は武器じゃ。折れるな」
「……はい。折れません!」(目が燃える)
「せつな。いじるのは程々にせよ。味方を減らすな」
「えー、でも藤吉郎殿いじると光るし」
「光るな!」(藤吉郎)
六人、全員――
心のどこかが、
ズルいくらい満たされた。
そして同時に、全員が思った。
(惚れない方が、おかしい……)
これが――狂犬式か(雑)?
■寧々とまつ、戦略会議(※恋と商いが混ざって爆発)
抱擁の余韻でフワつく心を、叩き起こすのは現実。
寧々が、深呼吸して言う。
「……まつ。今日、午前中が勝負や」
「わかっとる。昼の講演前に、在庫を積み直す」
「それもあるけど……“香水お市”の列、さっきから人が途切れへん」
「やばいな。香りで天下取る姫様……」
そこへ、桃が死んだ目で割り込む。
「……香水、“お市”……一本いくらに設定したっけ……」
「桃、しっかりして。値段は“姫様の気分”で変動や」
「株価かよ……」
まつが、くのいち三人を見て言う。
「さくら、あやめ、せつな。宣伝の追加、行ける?」
「いけます!」(三人そろって)
寧々が即指示。
「熱田神宮の盆踊り会場、**“午後の講演の当日券はゼロ”**って流して。代わりに“狂犬堂の店頭販売で化粧体験やってる”って」
「了解!」(あやめ)
「ついでに、団子の新味いきます?」(さくら)
「勝手に増やすな」(あやめ)
「“ハゲ頭つや出し”って言って売ったら……」
「誰の頭だ」(藤吉郎)
「藤吉郎殿の頭!」(せつな・満面の笑み)
「ぶっ殺……いや、致命傷にするなって姫様が……!」(藤吉郎)
朝から、会話が回る。
地獄なのに、なぜか笑ってしまう。
これが狂犬堂の空気だ。
■藤吉郎、意図を考える(※真面目に地獄)
藤吉郎は、ふと真顔になった。
お市様の“優しさ”が、気になりすぎたのだ。
(姫様が優しい……?)
(講演前のいつもなら、拳骨が飛ぶのに……)
(なぜ……)
そして、答えに辿り着く。
(……士気管理か)
三日目。
疲労のピーク。
ここで心が折れれば、店が止まる。
店が止まれば、銭が止まる。
銭が止まれば――信秀様と信長様の胃が死ぬ。
だから姫様は、
拳骨ではなく、抱擁で殴ってきた。
(……恐ろしい)
恐ろしく優しい暴力。
藤吉郎は、頭のスキンケアをされながら、
静かに決意した。
(俺は……姫様の意図を、知恵にする)
――そして横で、せつなが囁く。
「藤吉郎殿、今日、めっちゃ光ってます」
「やめろ!!」
「光る藤吉郎、売れる」
「商品にするな!!」
■開店前なのに、もう開戦
狂犬堂の営業時間は本来、午前十一時から。
だが、店前の人波が、それを許さない。
「開けてぇぇぇ!」
「胃がぁぁぁ!」
「香水ぅぅぅ!」
お市様が、にこやかに言った。
「……開けるか」
「え、今ですか!?」(桃)
「銭は待ってくれぬ」
「それはそうですけど!」(桃)
こうして――
狂犬堂、午前中からカオス確定。
しかも今日は三日目。
最終日。
伝説の最後の朝。
誰も倒れられない。
倒れても、お市様が胃薬で起こす。
狂犬家臣団は、互いの顔を見て、頷いた。
「行くぞ!」(まつ)
「やったる!」(寧々)
「帳簿は戦況図!」(桃)
「……は?」(藤吉郎)
「忍の宣伝で人を流す!」(あやめ)
「天然で突っ込む!」(さくら)
「いじって士気上げる!」(せつな)
そして最後に、お市様。
「笑顔はただじゃ。――笑え。尾張を回すぞ」
……惚れない方が、おかしい。
◉狂犬記/作者:桃(感想と日記)
天文十六年 八月九日 午前
三日目。熱田が戦場。狂犬堂は補給所。
中村は略奪後みたいに資源が消えた。
なのに姫様が、朝から優しい。
抱きしめて「信じておる」と言う。
胃が痛いのに、心が回復するのが悔しい。
これは狂犬式の士気管理(雑)だ。
そして、せつなが藤吉郎殿を「光る」といじっていた。
光る藤吉郎殿は、今日も売れる。
……売ってはいけない。
今日、午前中から店が開戦した。
私の帳簿は、もう戦国絵巻である。




