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『狂犬お市様』 〜転生八回目、戦国を生活で支配した姫〜   作者: イサクララツカ


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第205話 熱田の昼は戦。銭の夜は桃が締める


西暦1555年7月1日(だいたい天文24年・文月はじめ/夏)

尾張国・熱田 狂犬堂 本店/工房/銭座(金融詰所)

蝦夷――函館では、深紅の狂犬旗が風を裂き、丸太が立ち、港が伸びる。

だが、熱田も負けていなかった。

熱田は今日も、戦がないのに戦場だった。

理由は単純。

五か国連合が結ばれ、狂犬堂が“同盟の心臓”になったから。

そして、その心臓の前線で走り回るのが――木下寧々。

名字は木下で統一、実家は浅野。

地盤は浅野、看板は木下、現場は狂犬堂。

その寧々の背中を、別の角度から支えるのが――桃。

表に出ることは少ないが、いま熱田で最も恐れられている役職。

狂犬銭の管理・発行担当。

実質、五か国の金融担当者。

■面接所:寧々、笑顔で倒れそう

「次! 面接! はい、入ってー!」

畳の面接所の前に、列。列。列。

商人、浪人、職人、寺小屋志望の若い衆まで、混ざっている。

隣の職員が青い顔で報告する。

「寧々様、朝から数えて……もう150人です」

「数えるな。現実が刺さる」

「現実はすでに槍です」

「やめて、その言い方!」

応募者の目的はわかりやすい。

狂犬堂は、飯が出る。住む所も用意される。学びもある。

それに加えて――いま、景気が異常だ。

五か国同盟で商いの道が一気に広がり、流通が伸び、港が開いた。

“売る”という行為が、急に国の正義になった。

寧々は面接票をめくりながら、笑顔のまま呟く。

「蝦夷で熊狩りしてるお市様より、わたし今、紙に殺されそう」

職員が震え声で言う。

「寧々様、紙は血を吸いませんが……」

「吸うよ。睡眠を吸う!」

■売場:寧々ブランドが京と堺で燃えている

熱田本店の表は、もう祭りだ。

寧々ブランドの反物、化粧品、香、和装、下着、褞袍――全部が飛ぶ。

「京から追加注文!」

「堺も!」

「駿府も! 小田原も! 甲斐も! 柏崎も……!」

寧々は笑って、目だけが死にかけた。

「ねえ、これ同盟って言うより……物流の軍勢じゃない?」

「はい。しかも補給が無限です」

「無限やめろ!」

工房に回れば回るほど、針子衆の声も増える。

「寧々様! この紐、肌に当たります!」

「結び目は外! 外!」

「羽毛が多すぎて奥様が転がります!」

「転がるのは可愛いけど起き上がれないのはダメ!」

「藍染が濃すぎて殿様が夜に壁と同化します!」

「忍者じゃない!」

笑いながら、手は止まらない。

止まれば売場が止まり、売場が止まれば同盟が止まる。

熱田の現場は、そういう圧で回っている。

■狂犬銭:五か国を回す“共通の血”

そして今日の熱田の異常さを決定づけているのが、狂犬銭だった。

五か国同盟内の“共通銭”は狂犬銭。

狂犬堂との取引は、通常銭・金銀・狂犬銭でできる。

――だが、決定的なのはここ。

「お釣りは狂犬銭でございまーす!」

これが強い。強すぎる。

買えば買うほど、手元に狂犬銭が増える。

増えた狂犬銭は、狂犬堂経済圏で最も使いやすい。

農民からの買い取りも狂犬銭。

商人も職人も、結局は狂犬銭で決済しないと流れに乗れない。

結果、どうなるか。

他の銭は集まる。集まった銭は――溶かされる。

そして新たな狂犬銭として鋳直され、また市場に戻る。

金銀は?

基本、市場に出ない。

取引に使われても、最後は狂犬堂に吸い上げられ、蔵へ沈む。

沈むだけ沈んで、表に出ない。

この流れを“設計して、回して、締めている”のが――桃だった。

■銭座:桃、静かに殺気を放つ

店の裏、さらに奥。

「銭座」と呼ばれる詰所がある。

帳簿、鋳型、検印、秤、溶解炉の記録、搬入搬出の札――全部が揃う場所。

ここだけ空気が違う。

賑やかな熱田の中で、唯一「音が薄い」。

桃は机に向かい、筆を走らせていた。

目が笑っていない。けれど怒ってもいない。

ただ、淡々と、凶悪に正確。

「……鋳潰し予定、今日の分、通常銭が8箱。

金が……うん、増えた。銀も増えた。

同盟、よく回ってる。回りすぎやけど」

帳簿係が恐る恐る言う。

「桃様、商人衆が“狂犬銭しか回らないのは怖い”と――」

桃は顔を上げずに返す。

「怖いのは、銭が回らんことや」

「……はい」

「回るなら、生きる。回らんかったら、餓える」

言葉が短い。

でも、熱田の経済の芯はそこにある。

そこへ寧々が、汗だくで飛び込んでくる。

「桃! 面接が終わらん! 売場も終わらん! 工房も終わらん!」

桃はさらっと言う。

「終わらんのが仕事や」

「うるさい! それを言われると泣く!」

寧々が銭座の帳簿を覗いて、目を丸くする。

「……え、今日だけで、そんなに鋳潰すの?」

「同盟国全域で、狂犬銭の不足が出たら終わる。

不足は“信用の傷”や。先に埋める」

「桃、こわ……」

「寧々。怖がる暇があるなら、面接を1人でも通して」

「はいっ!」

寧々が踵を返して走り去る。

桃は小さく息を吐き、また筆を走らせた。

鋳型の検印を確認し、秤の誤差を見て、搬入札を突き合わせる。

銭の流れを止めない。

止めた瞬間、五か国が詰まる。

表の戦は寧々。

裏の戦は桃。

狂犬お市が蝦夷で旗を立てている間、

熱田ではこの2人が――五か国の腹と血を動かしていた。

■熱田の夏、笑いながら回る

夕方、面接列はまだ残っている。

売場はまだ賑わっている。

工房は針が止まらない。

銭座は帳簿が止まらない。

寧々がふらつきながら笑う。

「……これ、バブルやな。泡やな。割れたら痛いやつ」

桃が淡々と返す。

「割れんように厚くする。泡を、銭と仕組みで固める」

「桃、たまに怖いこと言うな」

「怖いのは現実。私は管理してるだけ」

熱田の夏の匂いが濃くなる。

同盟の歯車が、今日も回る。

寧々と桃が、今日も回している。

桃の日記(狂犬記)

西暦1555年7月1日(だいたい天文24年・文月)

きょうも、あつたは人が多い。

ねねは、めんせつの声がかれても、わらってた。すごい。

わたしは、うらで銭の帳簿をしめた。

狂犬銭がたりないと、国が止まる。だから、たりない前にふやす。

おつりが狂犬銭になるのは、みんなが困らんため。

でも、困らん分だけ、みんなは狂犬銭しか使わなくなる。

それが、こわいって言う人もいる。

わたしは、こわいのは「止まること」だと思う。

金と銀は、だんだん蔵に沈んでいく。

沈むのは悪いことじゃない。

出す時に出せるように、ためておくのも仕事。

ねねは表の戦。

わたしは裏の戦。

お市さまが蝦夷で旗を立ててる間、あつたの旗は、わたしたちが倒さない。

あしたも、帳簿は増える。

でも、ねねが倒れたら、全部が止まる。

ちゃんこを多めに用意しておこうと思う。

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