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『狂犬お市様』 〜転生八回目、戦国を生活で支配した姫〜   作者: イサクララツカ


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第199話 極楽に来た客は、熊の依頼を持ってくる


西暦1555年6月23日(だいたい天文24年・水無月下旬)

朝の函館は、潮の匂いが濃い。

濃すぎて、目が覚める。

港の桟橋には、干し場と樽が並び、丸太倉の扉が忙しく開いたり閉まったりしている。

豪雪対策で屋根を高く、梁を太く組んだ丸太倉は10棟。今のところ、函館の“心臓”だ。

「ニシン、今日も山じゃな」

狂犬お市様は、袖をまくって、樽の中身を覗き込んだ。

樽の中には塩と魚。

塩と魚。

塩と魚。

……ひたすら塩と魚。

「姫様、ホッケも来てます!」

「スルメイカも干し場が足りませぬ!」

「よし、干し場を増やす。網は張り直しじゃ。縄は太め。狐が盗む」

「狐より、慶次殿が盗みます」

「盗むわけないだろうが!」

前田慶次が胸を張った。

「……いや、食う」

「盗みとるのと同じじゃ!」

利家が即ツッコミ。

「食い逃げの顔しとるわ!」

「まだ食ってない! 未来の俺が食うだけだ!」

お市様は鼻で笑う。

「未来の話は、評定でやれ。今は塩じゃ」

この頃の海の幸は、保存して初めて“金”になる。

戦国の世で強いのは、刀よりも腹――つまり兵站だ。尾張で散々見た。

織田の港が強くなったのも、港に入る荷と、出る荷の回転が上がったからだ。

「塩蔵は正義。戦も正義。つまり塩は戦」

お市様が真顔で言うと、酒井忠次が渋い顔で頷いた。

「姫様、意味は分かりますが、言い方が怖いです」

「忠次、お主は分かっとる。塩が切れると、武士は弱る」

「はい」

「腹が減ると、慶次がうるさい」

「はい」

「腹が減ると、利家がさらにツッコミが荒くなる」

「はい」

「それはそれで、治安が悪い」

「はい」

慶次が手を挙げた。

「俺は治安良いだろ!」

利家が即答。

「口が治安悪い」

「口は武器だ!」

「その武器、しまえ!」

元康は桟橋の向こうで、桟橋の増設と荷揚げの動線を見ていた。

ゼロから町を組み立てるのが、相変わらず好きな顔をしている。

「港から倉へ直で運ぶ。倉から商館へも直。道は太く。冬に雪が積もる。荷車は滑る」

「殿、もう冬の顔してますね」

忠次が言う。

「冬が来る前に勝つ。雪に勝つ」

「戦じゃないです、それ」

「戦だ」

元康は断言した。

函館狂犬堂商館、完成

港から南。函館山へ向かう道沿いに、丸太で組んだ2階建ての屋敷が建った。

函館狂犬堂商館。

屋敷の周りには、5人から10人家族が住める家が、ぽつぽつと“並び”になり始めている。

「町になってきたの」

お市様は、商館の縁側から眺めた。

畑は北へ。川辺に沿って、少しずつ開墾を伸ばしている。

水が良い。木が太い。魚が多い。

寒さ以外は、確かに極楽だ。

「寒さ以外はな」

お市様が言うと、さくらが元気よく頷いた。

「寒さ以外は最高です!」

あやめが淡々と補足。

「寒さが、致命的です」

せつなが笑いながら突っ込む。

「そこ、主語でかくして誤魔化さんといて!」

お市様は庭の外へ出て、燻製設備を確かめた。

太い丸太で組んだ燻製小屋。

その横に、肉を焼く大きな竈。

さらに各家には、麦でパオンを焼けるように小さなパン竈も作らせた。

「米が無けりゃ、麦でよい。麦が無けりゃ、芋じゃ。腹が膨れれば、町は回る」

「姫様、言い方が尾張の商人みたいです」

利家が言う。

「尾張で育ったからの」

「姫様は尾張の“剣”じゃなくて“算盤”ですよね」

「褒め言葉じゃな」

「褒めてません!」

お市様は、鹿肉を吊るし、煙の具合を見ながら手を動かす。

煙が肉を包み、脂がじわっと光る。

海と森の匂いが混ざって、腹が鳴る。

「姫様、それ、完成したら俺が味見――」

「慶次」

「はい」

「味見はよい。だが盗み食いは斬る」

「斬らないで! 俺、同盟軍の未来を担う男!」

「未来を担うなら、樽を担げ」

「重い未来だなあ!」

大沼小沼、そして山

開発の探索も進んだ。

北へ伸ばした川沿いの先で、大きな沼と小さな沼――大沼と小沼を見つけた。

水鳥が多く、魚影も濃い。

さらにその北には、富士より小さいが、形の美しい山があった。

「山が綺麗じゃの」

お市様が呟くと、元康が目を細めた。

「目印になる。航海でも、道でも」

忠次が即、実務に落とす。

「山と沼を地図に入れましょう。冬の移動路にもなります」

「……忠次、お主、ここに骨を埋める気だな」

「殿が楽しそうなので」

「忠次、それ口にすると殿が増長する」

利家が言う。

「増長してるのは利家のツッコミだ!」

慶次が返す。

「お主は黙れ!」

わいわいしていると、庭の外――林の方から、静かな足音がした。

蝦夷の客

最初に見えたのは、蝦夷の服装をした若い女性。

その後ろに、年老いた男が一人。

警戒の空気が一瞬走る。

だが、お市様は手を止めず、煙の中から二人を見た。

若い女性が、少し緊張した顔で言った。

「……ピリカ、いう」

年老いた男が、続けて頷く。

「コシャマ、いう」

言葉が、妙に耳に馴染む。

完璧ではないが――東北なまりの和語が混じっている。

「……話せるのか」

元康が思わず前へ出る。

ピリカは、胸に手を当てて、ゆっくり言った。

「ことば、むずい。だけど……わかる。少し」

「どこで覚えた」

忠次が聞く。

コシャマが、口の端を上げた。

「……南。人、来る。物、来る。ことば、来る」

お市様は、煙の中で、ふっと笑った。

「交易か」

ピリカの目が輝いた。

「こうえき。したい」

「何が欲しい」

「鉄。針。刃。塩。布」

「ほう。そちらは何を出す」

「毛皮。鹿。魚。昆布。……あと、山のもの」

「山のもの、とは便利な言い方じゃな」

さくらが小声で笑う。

あやめが冷静に言う。

「価格交渉の余地が広いです」

せつなが頷く。

「商売人向きやね」

お市様は、手についた煙を払い、二人に近づいた。

「よい。交易はする。だが……もう1つ用件がある顔をしておる」

ピリカの表情が、少し曇った。

「……くま」

「熊?」

利家が眉を上げる。

「人、たべる。村、こわす。こわい」

コシャマが低く言った。

「……人食い熊。退治、してほしい」

その瞬間、慶次が妙にやる気の顔をした。

「よし、俺の出番だな!」

「黙れ」

利家が即、叩く。

「お主、熊の前で踊って食われる未来しか見えん」

「食われない! 俺は速い!」

「熊は速い」

忠次が淡々と現実を突きつけた。

元康が、お市様を見る。

蝦夷の冬と熊の怖さは、ここに来てから嫌というほど聞いた。

それが“人を食う”となれば、放置はできない。交易の道も閉じる。

お市様は、煙の匂いが残る手で、顎を撫でた。

「……よい。依頼は受ける」

ピリカの顔が明るくなる。

「ほんとう?」

「ただし条件がある」

「……じょうけん?」

「交易の約束。港の周りの道案内。熊の巣の場所。全部、教えよ」

コシャマが頷いた。

「……うそ、つかない。わたしら、道、知ってる」

お市様は、火縄銃兵の方を振り返る。

「火縄銃、30。狩りの者も付ける。慶次は……」

「俺も行く!」

「……囮役でな」

「囮!?」

利家が笑った。

「似合いすぎて腹立つわ」

慶次が抗議する。

「俺は華だ!」

「熊にとっては“ごちそう”だ」

「やめろ!」

お市様は、最後に一言、冷たく言った。

「ふざけるな。これは遊びではない」

空気が締まる。

戦国の主君の声だった。

ピリカは、深く頭を下げた。

「ありがとう」

コシャマも、ゆっくり礼をした。

「……この地、守る。商い、続く」

お市様は頷き、煙の中で、再び鹿肉を見た。

函館は、町になった。

町になれば、人が来る。

人が来れば、問題も来る。

――そして、熊も来る。

「寒さ以外は極楽、とは言ったがの」

お市様がぼそり。

「極楽は、だいたい、試練付きじゃ」

利家がため息をつく。

「姫様、その言い方、好きですけど……試練の質が重いです」

慶次が笑う。

「重いのは俺の胃袋だけでいいのにな!」

「黙れ」

函館の朝は、今日も騒がしい。

だがその騒がしさは、確実に“生きている音”だった。

桃の日記(狂犬記)

西暦1555年6月23日(だいたい天文24年・水無月下旬)。

函館ではニシン、ホッケ、スルメイカが大量に獲れて、姫様は塩蔵を樽でたくさん作り、丸太倉に保存させた。豪雪対策の丸太倉は10棟になり、港から南の函館山の方に、函館狂犬堂商館の丸太2階建て屋敷も完成して、周りに家が並び町らしくなってきた。

畑は北へ広がり、川辺を開発しながら北上して大沼小沼を見つけ、その北に美しい山も見えた。庭の外には燻製設備と大きな竈が作られ、各家にパン竈もできた。

鹿肉燻製を作っていると、蝦夷の服装の若い女性ピリカと年老いた男性コシャマが来て、東北なまりの和語で交易の話をし、さらに人食い熊退治を頼んできた。姫様は条件付きで依頼を受け、明日以降の動きが決まった。

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