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『狂犬お市様』 〜転生八回目、戦国を生活で支配した姫〜   作者: イサクララツカ


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第159話 景虎直参組、爆誕


西暦1555年3月22日(天文24年3月下旬)

尾張国・鳴海城/朝

鳴海城下は、春に向かって忙しい。

梅が散って、桃が咲いて、桜のつぼみがふくらむ。風はまだ冷たいのに、人の顔だけが明るい。

城下の通りでは――

「鳴海絞り! 花見前の駆け込みだ、買うなら今!」

「狂犬堂の乾燥山椒、入荷! 鍋が化けるぞ!」

「団子屋! 三色団子、今日は桃が濃い! ……いや味じゃなく色な!」

そんな喧騒を背に、鳴海城の門前だけは、やけに真面目な空気が漂っていた。

越後の使者一行のうち、直江実綱と柿崎景家が、越後へ帰るため支度をしている。

越後を説得しに戻る。

「殿は今後、女として生きる」

「鳴海と越後は同盟国」

「春の駿府会談が終わるまで、殿は戻らぬ」

この“条件”を、雪の国で通すのだ。

――胃が痛くならない方が無理である。

柿崎が馬の手綱を握りながら、ぶつぶつ言った。

「直江……俺たち、刺されるんじゃないか」

「刺される前提で準備するのが、越後のまつりごとだ」

「強いな、直江」

「胃が痛いだけだ」

直江は苦笑し、腹を押さえた。

柿崎は、見ないふりをした。

「私、直参になりたいです」

見送りの場に、ひとり残る者がいた。

直江実綱の娘――お船。

彼女は、鳴海の空気を吸ってからというもの、目がずっと輝いている。

寒くない。人が多い。商いが回っている。学問もある。食い物が異常にうまい。

そして何より――景虎が、景虎らしく生きている。

お船は、評定の間へ向かい、上座の景虎姉上を見上げた。

藤の花の色の狂犬織。艶やかな髪。淡い香。

越後の頃の“男装の殿”とは違うのに、威圧感は増している。困る。

お船は膝をつき、間を置かずに言い切った。

「景虎様。私、景虎様付の直参になりたいです」

一瞬、空気が止まる。

隣でお市様が、箸を置いた。

「……言ったね」

「言いました」

お船は微笑む。強い。

景虎はお船を見たまま、淡々と返した。

「理由」

「3つあります」

即答。したたかである。

「1つ。女しか使えないこと、あります」

「うん」

「2つ。景虎様と一緒にいると、どこにでも行けて、学べます」

「うん」

「3つ。美味しいものが食べられます。鳴海は越後ほど寒くない。極楽です」

最後が本音すぎて、評定の間に笑いが落ちた。

お市様が肩を揺らす。

「極楽って言い切った」

景虎は目を細める。

「正直でよろしい」

その言い方が、妙に“姉”っぽい。

お市様が、にやっとする。

「姉上、もう弟子じゃなくて家族増やす気だよね」

「増やす気はない。……でも、減らす気もない」

「それ増やすやつ」

胃が痛い父、直江実綱

その場にいた直江実綱の顔が、すっと青くなる。

胃が痛い。たぶんもう痛い。確実に痛い。

「お船……」

「父上、私は越後のためです」

「今のは“極楽”と言った口だ」

「越後のために極楽を学びます」

「理屈が強い!」

柿崎が横で頷く。

「直江、諦めろ。殿に付いた女は強い」

「娘が殿に付くのは、強さの方向が違う」

直江は胃を押さえた。

柿崎は、見ないふりをした(2回目)。

景虎、少し考えて「許す」

景虎は黙った。

いつもなら即断するのに、珍しく考えている。

お船は、目を逸らさない。

この娘、怖い。

景虎が、ふっと息を吐いた。

「……許す。ただし」

お船の顔が明るくなる。

「“直参”は便利な言葉じゃない。責任が重い。逃げられない」

「逃げません」

「よろしい。なら、私の傍で学べ」

お船は、深く頭を下げた。

「はい。景虎様」

お市様が小声で言う。

「姉上、面倒見いいよね」

「うるさい」

「うん、照れてる」

景虎が扇でお市様の額を軽く叩いた。

姉妹の距離感が、もう“身内”である。

「直参に!」が連鎖する

その瞬間だった。

後ろで控えていた越後の若手が、揃って手を挙げた。

勢いが、まるで寺子屋の授業である。

樋口兼続「直参に!」

安田長秀「直参に!」

本庄繁長「直参に!」

直江実綱が、固まった。

「お前たち……戻って越後の説得を……」

兼続が真っ直ぐ言う。

「説得は父上たちが最強です。私たちは学びます」

安田が頷く。

「鳴海の仕組み、持ち帰れば越後が勝てる」

本庄が拳を握る。

「治水も商いも軍学も、全部ここにある!」

――熱い。

越後の雪国が熱い。災害である(景虎理論)。

お市様が、口元を押さえて笑った。

「直江、胃、死ぬね」

直江は静かに頷いた。

「もう死んでおります」

柿崎が、妙に誇らしげに言う。

「殿は、人を動かす」

景虎が即座に返す。

「黙れ、柿崎。暑苦しい」

「俺は熱い!」

「雪国で熱いのは災害」

「またそれ!」

笑いが起きる。

だが、直江の胃だけは笑っていない。

景虎直参組、爆誕

こうして成り行きで――

越後家臣団・景虎直参組が出来てしまった。

景虎は、ため息をつく。

しかし目は冷静だ。軍神の目で人数を数えている。

「……直参は“組”じゃない」

お市様が即ツッコミ。

「もう“組”だよ。出来ちゃった」

「出来てない」

「出来てる」

「出来てない」

「出来てる。ほら、もう顔が“班長”」

景虎が扇を閉じた。

「……なら、紹介する」

景虎は鳴海で直参として抱えている“女の専門家”たちを呼んだ。

伊賀上忍――

百地こゆき

藤林つらら

服部みぞれ

三人が静かに現れる。足音がしない。怖い。

越後の若手が、背筋を伸ばす。

景虎が淡々と言う。

「この者たちは、私の直参。伊賀の上忍。

護衛、諜報、交渉の“裏”を動かす」

お市様が横で言う。

「表は姉上、裏も姉上。私は横で茶飲んでる」

「お市、黙って」

「無理」

こゆきが、にこりと笑った。

「越後の皆さま、よろしくお願いします」

つららが静かに頷く。

「仕事は早い方が好きです」

みぞれが、さらっと追い打ちをかける。

「嘘つく人、嫌いです。斬ります」

越後若手3人、同時に頷いた。

「はい!」

返事だけは完璧である。

直江実綱は胃を押さえた(3回目)。

旅立ち

直江実綱と柿崎景家は、越後へ帰るため門を出る。

直江は馬上から、最後に振り返った。

評定の間には、景虎とお市様。

そして、娘のお船と、なぜか増えている若手たち。

直江の独り言が漏れた。

「……鳴海は人を増やす」

柿崎が頷く。

「殿が増やす」

直江は呻く。

「胃が減る」

二人は、越後へ帰っていった。

雪国を説得するために。

そして鳴海の春を、越後へ持ち帰るために。

桃の日記(作者:桃)

西暦1555年3月22日(天文24年3月下旬)

越後の直江様と柿崎様が帰った。越後の説得、地獄の仕事だと思う。直江様の胃が心配。

でも今日は、それ以上の事件が起きた。

お船さんが「直参になりたい」と言った。理由が強い。“女しか使えないことがある”“学べる”“美味しいもの”“寒くない極楽”。本音が混ざるところが、逆に信用できる。景虎姉上も少し考えて許した。姉上、面倒見がいい。

問題はそこから。兼続たちまで手を挙げた。直参に!って。

成り行きで景虎直参組が出来た。出来ちゃった。

そして伊賀上忍のこゆき・つらら・みぞれが紹介された瞬間、越後の若手が一気に真面目になった。怖いのは大事。

鳴海は、戦だけじゃなく、人の配置も勝ち筋を作る。

越後が変わる気がする。直江様の胃だけが先に限界かもしれない。

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