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『狂犬お市様』 〜転生八回目、戦国を生活で支配した姫〜   作者: イサクララツカ


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第158話 花の鳴海と、軍神が“女”になる条件


西暦1555年3月20日(天文24年3月下旬)

尾張国・鳴海城/朝

鳴海城下に梅花が散り、桃花が咲き、桜のつぼみがふくらみ始めた頃――。

風はまだ冷たいのに、日差しだけが春の顔をしている。

城下町は相変わらず賑やかだった。

熱田の宮宿から流れてきた商いの波が、鳴海で渦になっている。

「狂犬堂の味噌、こっちだこっち! 買い占めるな!」

「鳴海絞りは手ぇ出すな! そっちは予約品だ!」

「団子屋、今日は花見団子あるぞ! 色は三色! 味は五種類! 増えてるぞ!」

増えてる。

何でも増える。

人も、金も、笑い声も、そして――胃痛の種も。

その胃痛の種の筆頭は、たいてい評定の間にいる。

越後の一団、鳴海に着く

その朝、鳴海城に越後からの使者が来た。

先頭は 直江実綱 と 柿崎景家。

そして後ろに控えるのが、越後の未来――

樋口兼続、安田長秀、本庄繁長、そして お船(実綱の娘)。

彼らは、急激に繁栄していく熱田・鳴海城下町・三河を見学しに来た……という建前で、

本音はひとつ。

「殿(景虎)を、越後へ連れ帰る」

それだけだった。

評定の間、開幕から事故

鳴海城・評定の間。

畳は清く、香は薄く、空気はやけに明るい。

理由は簡単だ。

上座に座しているのが、狂犬お市様。

その隣に――姉上、長尾景虎。

藤の花の色の狂犬織に身を包み、髪は艶、肌は透ける。

そして何より、匂いがする。めちゃくちゃいい匂いがする。

越後の一団が入室した瞬間――

直江実綱の足が止まった。

柿崎景家は、呼吸を忘れた。

兼続は目が点。安田は魂が口から出た。繁長は一歩下がった。

お船は、全員の反応を見て「やっぱりね」とでも言いたげに口元を隠した。

(……男装してた殿はどこへ?)

(いや、殿はいる。いるけど……)

(男性を辞めている……!)

柿崎が、つい口走る。

「……殿、よい匂いが……」

「柿崎、黙れ」

景虎の声が冷たい。声だけはいつも通りだ。

お市様が横で、肩を震わせて笑っている。

「姉上、来客に第一声で香り褒められるの、もう武将じゃなくて花だよ」

「お市、黙って」

「うん、無理」

姉妹漫才、評定の間で開幕。

越後の一団は、帰る前から胃が痛い。

背景説明:なぜ景虎は“男装”してきたのか

ここで少し、話を戻す。

長尾景虎は、元々北陸随一の美人と噂される顔立ちだ。

だが越後は、雪深く、男の論理が強い国。

国衆の力が強く、寺社の声も大きい。

「女の殿では舐められる」

「戦は男の仕事だ」

――そういう空気の中で、景虎は“殿”として立つために男装を選んだ。

やりたいからじゃない。

国のために、役割として“男の形”を被ってきた。

それが鳴海に来て――

薬湯だの、食事だの、肌だの、香だの、学問だの、内政だの、軍学だの、

全部をお市様に叩き込まれた結果。

天才軍神は、さらに達の悪い天然覚醒天才軍神に変わってしまった。

しかも、本人は毎日お市様と姉妹漫才をしている。

越後の使者が見たかったのは「軍神」だが、目の前にいるのは「軍神+女神+天然」だ。

迷惑。

越後側の必死な説得

直江実綱が、深く頭を下げた。

「殿。越後は……落ち着きませぬ」

「うん」

「殿が鳴海に来られてから、家中が――」

「うん」

「毎日、誰かが泣き、誰かが怒り、誰かが勝手に“殿の代わり”を名乗り――」

「うん」

「なので、戻っていただきたい」

「うん」

景虎は頷いた。頷いたが、顔は嫌顔全開だ。

柿崎が、勢いで畳に手をついた。

「殿! 越後には殿が必要です! 雪国は殿の背中で生きております!」

「柿崎、暑苦しい」

「熱いのが武士でござる!」

「雪国で熱いのは災害」

お市様が横から口を挟む。

「柿崎、姉上は今、鳴海で“越後を勝たせる準備”してる。

帰れ帰れ言うの、順番が逆」

「しかし、お市殿!」

「お市でいい」

「……お市……殿?」

「ややこしいな」

景虎が、扇をぱちんと閉じた。

「直江。柿崎。兼続。安田。本庄。お船。

来た理由は分かった。だから――条件を出す」

越後の一団が、背筋を伸ばす。

「条件……!」

軍神の条件①:今後は女性として生きる

景虎は淡々と言う。

「私、今後は女として生きる」

一瞬、評定の間が静止した。

柿崎が、目を見開く。

「……殿、それは……」

「嫌なら越後に戻らない」

「極端!」

「うん、極端」

お市様がニヤリとする。

「姉上、越後の国衆、泡吹くね」

「吹かせとく。春になれば雪解けでどうせ泡立つ」

兼続が、恐る恐る口を開いた。まだ若いが、目だけは真剣だ。

「殿……それでも越後は、殿を――」

景虎は、兼続を見た。

その目が、軍神の目になる。

「兼続。越後が私を必要とするなら、越後が変わるしかない。

“私が合わせる”のはもう終わり。

“越後が合わせる”番」

安田長秀が、喉を鳴らした。

「……では、越後の者どもに、殿の御心を伝えねば……」

「うん。伝え方、間違えたら刺されるから気をつけて」

「さらっと怖い!」

お市様が笑う。

「越後は雪深いのに、刃物は鋭いよね」

「お市、黙って」

「無理」

軍神の条件②:お市と義理姉妹、“月下の誓い”

景虎は続ける。

「それから――お市とは義理姉妹。月下の誓いを結んでる」

「うん、結んだ」お市様が即答する。

「軽っ」柿崎が震える。

「重いよ」景虎が真顔で返す。

「越後が鳴海と同盟国であること。

ここは揺らがない」

直江実綱が、目を伏せた。

「……承知。越後は、鳴海と縁を切る気はございませぬ」

「うん。なら、話が早い」

お船が小さく息を吐いた。

(殿が笑ってる……)

(怖いけど、安心する……)

軍神の条件③:春、駿府に怪物が集まる

そして、景虎は一番面倒な話を出した。

わざと、淡々と。

「春になったら、駿府に集まる」

「駿府……?」直江が聞き返す。

景虎は指を折る。

「武田晴信。北条氏康。織田信長。狂犬お市。私。今川義元。

あと、雪斎も絡む。――戦国の怪物が集まって、外交戦争する」

柿崎が思わず叫ぶ。

「地獄絵図では!」

お市様が頷く。

「うん、地獄。だから私ら、今のうちに胃薬作ってる」

景虎も頷く。

「うん。胃薬、大事」

兼続が、震えながら言う。

「……それは、何日ほど……?」

景虎は、真顔で答えた。

「分からない。10日で終わるかもしれないし、1か月かかるかもしれない」

「長い!」

「怪物の会談は長い」

「納得したくない納得!」

お市様が、越後の一団を見て笑う。

「で、その会談が終わって、合議して、形が決まってから――

姉上が越後に戻るかどうか、だよ」

景虎が頷く。

「帰るのは、それからでも遅くない」

直江実綱が、深く頭を下げた。

「……殿の条件、確かに承りました。

越後へ戻り、国衆と寺社、家中に――伝えます」

柿崎も続ける。

「殿が女として立つなら、越後の武士が恥をかかぬよう、我らが盾になります」

景虎は、少しだけ目を細めた。

「うん。いい。柿崎、たまには役に立つ」

「たまにとは何ですか!」

「いつもは暑苦しい」

「武士は熱い!」

「雪国で熱いのは災害」

「またそれ!」

評定の間に笑いが落ちる。

越後の一団も、ようやく呼吸が戻った。

鳴海の現実:見学はしていけ

お市様が、手を叩いた。

「せっかく来たんだし、見学していけ。

熱田の宮宿、鳴海の絞り、三河の治水、狂犬堂の工場、奉行所の治安運用。

見るもの多いよ」

本庄繁長が、思わず前のめりになる。

「……治水……!」

安田長秀も目が光る。

「商業……交易……!」

兼続は小声で言った。

「……殿が変わった理由、全部そこにある気がします……」

景虎が、さらっと言う。

「理由は簡単。鳴海は“勝たせる順番”が上手い。

越後も真似すればいい」

お市様が笑う。

「姉上、それ言うと越後が鳴海の弟子入りみたいになる」

「弟子入りでいい。国はプライドで腹はふくれない」

「言い切った」

直江実綱は、苦笑しながら頭を下げた。

「……鳴海のやり方、越後へ持ち帰ります」

景虎は頷いた。

「うん。持ち帰って。雪より重い仕事だけど」

「越後では、いつものことです」

そう言って、越後の一団は、ようやく“見学”の顔になった。

ただし、上座の軍神だけは、相変わらず“嫌顔”のままだった。

桃の日記(作者:桃)

西暦1555年3月20日(天文24年3月下旬)

越後の使者が来た。直江実綱、柿崎景家、そして兼続たち。

入ってきた瞬間、全員が固まった。景虎姉上が“仕上がりすぎて”いた。匂いまでいい。男性を辞めている、は柿崎の失言だけど、気持ちは分かる。

でも本題はそこじゃない。

姉上は「帰れ」と言われて嫌顔をするのに、越後の未来の話になると、全部を条件と順番に直してしまう。

女として生きる、鳴海と越後は同盟、春の駿府会談が終わってから帰るか決める。

逃げじゃなくて、越後を勝たせるための設計。

お市様は横で突っ込みながら、要所で支える。姉妹の距離感が自然になってきた。

越後の一団は大変だろうけど、鳴海を見て帰れば、越後は変えられる。

春の駿府会談は、たぶん地獄。胃薬が必要。私も必要。

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