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『狂犬お市様』 〜転生八回目、戦国を生活で支配した姫〜   作者: イサクララツカ


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142/148

140話 猿渡川の戦い にげる義元

西暦1554年12月5日(天文23年 師走・だいたい)

三河・刈谷城外 猿渡川

戦場が、壊れた。

それは敗走ではない。

崩壊だった。

狂犬家臣団は、全軍全速力。

もう陣形も、号令の細かな確認もない。

ただ一つ。

――前へ。

■ 狂犬家臣団、走る

「腹が減ったら、煎餅食えー!!」

誰かが叫び、誰かが笑う。

狂犬家臣団の戦飯は、煎餅。

袋を破り、走りながら噛み砕く。

「うお、硬ぇ!!」 「それがええんや!!」

中には、

**狂犬印団子屋・新商品“蒸し羊羹”**を頬張りながら走る者までいた。

「甘っ!!」 「今それ食うか!?」

戦場なのに、会話がある。

笑いがある。

余裕がある。

それが――今川には、なかった。

■ 軍神、突撃講義中

中央。

長尾景虎は、馬上で羊羹を頬張っていた。

「……うむ、悪くない」

隣で、松平元康が目を見開く。

「景虎殿!? 戦場ですぞ!?」

「だからよ」

景虎は手短に言う。

「血糖値は大事。

判断力は、糖で決まる」

そう言って、馬の腹を蹴る。

「元康、突撃よ。

遅れたら死ぬ。

だから――ついてきなさい」

「は、はい!!」

軍神は、戦を教えながら突撃していく。

■ 道を開ける者

前方。

前田慶次がいた。

「どけどけぇ!!

姫様のお通りやぞ!!」

慶次は道を空けながら突っ込む。

手にしているのは、刃先が潰れた槍――

ほぼメイス。

馬上から、振る。

ゴン。

鈍い音。

「うわぁ!!」 「痛ぇ!!」

切れない。

だが、めちゃくちゃ痛い。

「殺さん!!

けど、立てんようにはする!!」

慶次は笑いながら、叩き続ける。

■ 狂犬、中央突破

その奥。

狂犬お市様。

凶悪なガントレット。

ド派手な鎧。

その上から、医師の白衣。

白衣が風を切り、血を跳ねる。

馬上から、叩く。

殴る。

蹴る。

「道を空けよ!!」

誰も止められない。

その視線の先に――

義元と雪斎が、見えた。

■ 見えた

「……見えた」

お市様の声が低くなる。

慶次も気づく。

「あれ、義元や!!

雪斎もおる!!」

距離は、縮まる。

「捕れ!!」 「生け捕りや!!」

その瞬間。

義元の顔が、歪んだ。

■ にげる義元

「……逃げるぞ!!」

義元は叫び、馬に飛び乗った。

恐怖。

混乱。

理解。

これは、負けだ。

「退け!!

退けぇぇ!!」

馬の腹を蹴り、全速力で逃げる。

雪斎は、一瞬だけ義元を見た。

そして――

「別れるぞ」

逆方向へ、馬首を向けた。

生き残るための判断。

だが、それは同時に――

今川の終わりだった。

■ 総崩れ

「義元が逃げた!!」 「本陣が崩れた!!」

叫びが連鎖する。

今川の兵は、武器を捨て、

盾を捨て、

走り出す。

誰も止めない。

誰も追いつけない。

狂犬家臣団は、前へ進むだけ。

戦は、終わった。

狂犬記(桃の日記)

天文23年 師走 12月5日

逃げる義元を見て、思った。

――ああ、もう終わったな。

大軍でも、名門でも、

腹が空いて、心が折れたら終わり。

煎餅を食べながら突撃できる軍と、

恐怖で馬に飛び乗る太守。

勝負は、最初から決まっていた。

景虎姉上は、戦場で講義をしていた。

慶次は、楽しそうに叩いていた。

私は、医師として、終わらせに行った。

狂犬は、噛みつく。

だが、逃げる背中までは、追わない。

――生きて帰れ。

その恐怖を、抱えたまま。

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