第11話 狂犬お市様の狂犬式錬金術 ――ツケ払い? なら三日で稼げばよいではないか――
狂犬記/作者:桃(お市様祐筆)
天文十六年(西暦1547年)三月二十八日 春まだ浅し
尾張国・清洲城
清洲城の廊下は、春なのに寒かった。
なぜなら――
空気が凍っていたからである。
「……市」
低い声。
前を見ると、兄上――織田信長様(うつけ殿)が、柱にもたれて腕組みをしていた。
「……おい。こっち来い」
その横には、父上――織田信秀様。
さらに背後に、熱田の商人衆がずらり。
紙束(請求書)が雪崩のように積まれている。
私は、祐筆として控えながら、胃を両手で押さえたい気持ちだった。
(来た。ツケ払い炎上案件の、本丸……!)
■ 清洲会議:ツケの山と、うつけ殿の胃
信長様が、請求書の束を指でトントン叩く。
「市。これは何だ?」
お市様(十一歳)は、豊臣号に乗って来た勢いのまま、堂々と前に出た。
世界一の美貌――そして世界一めんどくさい姫が、笑う。
「それがどうした、兄上」
信長様の眉間のしわが増える。
「熱田の商人がな、“中村の治水工事”とやらで、
牛十頭、鶏百羽、農具、杭、縄、石灰、油、紙、墨、薬草……
全部、織田家のツケになっとると言うておる」
商人衆が一斉に頷く。
「はい! “親父殿と兄上につけておけ”と!」
「領収書? ないです! 姫様が“いらん”と!」
「“姫様が握手してくれるから男衆が働く”って何ですか!? 商売ですよ!?」
父信秀様が、ため息をついた。
「……市よ……おまえは……」
お市様は首を傾げた。
「父上。払えるからつけにしたのじゃろ?」
信秀様「試すな! 父を試すな!」
信長様は、胃を押さえていた。
いや、もはや魂を押さえている。
「市……払え」
お市様は、目をぱちぱちさせた。
「めんどくさいのー」
信長様「めんどくさい言うな!!」
お市様はケラケラ笑って、信長様を指差した。
「兄上と父上は、じゃから、どんくさいのじゃ」
信秀様「娘に“どんくさい”言われた……」
信長様「……(胃が死んだ顔)」
私は横で、墨壺みたいな顔になっている藤吉郎殿を見た。
藤吉郎殿は、頭もつるつる、表情もつるつる(青ざめて)である。
(この人、まだ十一歳の姫の“雑理論”を理解しようとしてるの、偉すぎる……)
■ 狂犬の宣言:「三日で金もうけさせてやる」
信長様が最後通牒のように言った。
「市。織田家の信用を傷つけた。責任を取れ」
お市様は、ふっと笑った。
「よい。三日で金もうけさせてやる」
商人衆「……は?」
信秀様「……は?」
信長様「……は?」
(全員の“は?”が揃った。奇跡である)
お市様は胸を張る。
「わらわは世界一の美人じゃ。ゆえに世界一の集客ができる。
金がないなら、稼げばよい。簡単じゃ」
信長様「簡単言うな!!」
お市様は私を見た。
「桃」
「は、はい!」
「藤吉郎」
「は、はい……(胃が……)」
お市様は、指を折りながら命じた。
「尾張じゅうに触れを出せ。
四月一日から三日間、熱田で屋台を組め。
午前午後の計六回――」
ここで、お市様はニヤリとした。
「わらわがコンサートを開いてやる」
商人衆「……こ、こ、こ、こ、こんさーと?」
信秀様「……市よ……それは何だ……?」
お市様「津軽三味線じゃ。世界一じゃ」
信長様「世界一はもうええ!!」
お市様は、信長様の目をまっすぐ見て言った。
「三日で、ツケ分を現金で払ってやる。
――兄上、見ておれ。どんくさい兄上にも、金の稼ぎ方を教えてやる」
信長様「余計なお世話だ!!」
■ 作戦会議:屋台、熱田、そして“伝説の六回公演”
清洲を出た帰り道。
私は藤吉郎殿と並んで歩きながら、震える声で言った。
「藤吉郎殿……これ、どうするのです……?」
藤吉郎殿は、空を見上げた。
「……姫様は“集客”は天才じゃ。問題は……」
「問題は?」
藤吉郎殿が、泣きそうな顔で言った。
「屋台を組むのが三日。
コンサートが六回。
観客が尾張じゅう。
……安全管理がない」
「ないんですか!?」
「姫様は、“美を拝ませれば人は整列する”理論じゃ」
(雑理論がまた来た)
そこへ、お市様が振り返って言った。
「藤吉郎、桃。心配するな」
「何をですか……?」
お市様はにっこり。
「人が並ばぬなら、わらわが並ばせる。
押すなと言うなら、わらわが押し返す」
「それは暴力です!!」
お市様「慈悲じゃ」
藤吉郎殿「慈悲の定義が、うちの姫様だけ違う……」
■ 熱田・四月一日:屋台が立つ、尾張がざわつく
天文十六年(西暦1547年)四月一日 春 晴れ
尾張国・熱田
朝。
熱田の社へ続く参道が――
屋台で埋まっていた。
・狂犬印の煎餅屋台
・狂犬団子(甘い)
・狂犬ちゃんこ(味噌と昆布。雑だがうまい)
・狂犬薬草茶(苦いが効きそう)
・そして謎の「狂犬握手券」配布所
私は屋台の列を見て、目が点になった。
「……三日で、ここまで……?」
藤吉郎殿は、頭のテカリを手で隠しながら言った。
「尾張の男衆、“姫様に褒められる”と聞くと、
なぜか建築速度が倍になるのじゃ……」
すでに人だかりができている。
尾張の男、尾張の女、子供、老人、旅人――
そして、聞こえてくる声。
「今日、お市様が歌うんだって!」
「歌やない、三味線や!」
「世界一の美貌が拝めるって本当か!」
「握手会あるってよ!」
「髪は……髪は整えたか……?」
「爪切ったか……?」
「香の匂いするか……?」
(尾張の男衆、身だしなみ圧が発生している)
■ 午前の部:お市様登場、世界が止まる
そして――
舞台(櫓)の前。
法螺貝が鳴った。
ブオオオオオオ――
お市様が、豊臣号に乗って現れた。
深紅の装束、鋼のガントレット、背筋は真っ直ぐ。
人波が、潮が引くみたいに割れる。
お市様は馬上で微笑み、言った。
「尾張の者ども。よく来たの」
観客「うおおおおおおお!!」
私が驚いていると、隣の藤吉郎殿が顔を引きつらせた。
「……姫様が笑うだけで、米が実る気がする……」
お市様は、さらに煽った。
「三日間、六回。わらわが音を鳴らす。
心して聴け。――そして」
一拍置いて。
「稼げ」
観客「うおおおおお!!(なぜか奮い立つ)」
お市様「世界一の美貌のわらわに、ひれ伏せ!」
観客「ひれ伏します!!」
信長様が見たら倒れる光景である。
■ 津軽三味線コンサート:尾張の川より速く、男衆が整列
お市様が三味線を構える。
最初の一音が鳴った瞬間――
空気が変わった。
早い。鋭い。深い。
春の風が音になって、参道を駆け抜ける。
観客が息を止めて聴く。
さっきまで押し合ってた人波が、なぜか整列する。
私が思わず呟く。
「……音で、人が並ぶ……」
藤吉郎殿「……姫様の雑理論、たまに本物になる……」
曲が終わる。
沈黙。
そして爆発。
「うおおおおおおお!!」
「姫様ああああ!!」
「拝んだ!浄化された!」
「握手!握手させてください!」
お市様は立ち上がり、にっこり。
「よい。握手会じゃ」
観客「うおおおお!!」
(ここから地獄が始まる)
■ 握手会:甘い言葉で労働者が増える(物理)
お市様は、ひとりひとりの手を握り、言う。
「よい腕じゃの」
「働き者よ」
「爪がきれいじゃ」
「髭、剃ったか。偉い」
「むさくるしくない。合格じゃ」
男衆は泣きそうになりながら頷く。
「は、はい……!!」
「明日も来ます……!!」
「俺、もっと護岸積みます……!!」
私「……護岸、もう終わってます……」
藤吉郎殿「……人は余っても、姫様への忠義は余らん……」
そして何が恐ろしいって、
屋台が――
売れる。売れる。売れすぎる。
煎餅が飛ぶように売れ、
団子が消え、
ちゃんこ鍋が空になり、
薬草茶が「効く気がする!」で売れる。
私は帳面を取り、手が震えた。
「……売上が……」
藤吉郎殿「……姫様の錬金術じゃ……」
■ 三日で現金:清洲の商人衆が黙る瞬間
三日目。
六回公演が終わる頃――
熱田の商人衆が、目を白黒させていた。
「……こんなに売れたの、祭りでも見たことない……」
「姫様の“世界一”は、誇張じゃなかった……」
「いや、美貌はともかく、集客が異常……」
そこへ、お市様が袋(銭袋)をドサッと置いた。
「これが、つけ払いの分じゃ」
商人衆「……!」
信長様と信秀様が(報告を受けて)駆けつける。
信長様「……市……本当に……三日で……?」
お市様は、にやり。
「見たか兄上。どんくさい兄上でも、学べるか?」
信長様「学びたくない!!」
信秀様は額を押さえた。
「……市……おまえは……商いの鬼か……」
お市様は胸を張る。
「鬼ではない。狂犬じゃ」
藤吉郎殿が小声で言った。
「……呼び名、強すぎる……」
◉桃の感想(祐筆として)
・ツケ払い炎上で清洲に呼び出され、信長様の胃が限界だった。
・お市様は悪気なく「父上と兄上は払えるから試した」と言い、さらに火を注いだ。
・しかし「三日で稼ぐ」と言い切り、熱田で屋台と六回公演を実行。
・津軽三味線が神域。なぜか観客が整列し、身だしなみまで改善。
・売上が異常で、つけ払い分を現金で完済。商人衆が黙った。
・藤吉郎殿は、お市様の意図を必死に考え、知恵にしようとしている。胃は死んでいる。髪も死んでいる。
・私は帳簿が怖い。でも、結果は事実。悔しい。
◉桃の日記(狂犬記/作者:桃)
天文十六年(西暦1547年)四月三日 春 晴れ
清洲にて、熱田商人衆のつけ払い問題で、信長様・信秀様よりお市様が呼び出される。
お市様は「払えるからつけにしたのだろう」と言い、信秀様を試す。場の空気が凍る。
お市様、「三日で金もうけさせてやる」と宣言。
熱田にて四月一日より三日間、屋台を組み、午前午後の計六回、津軽三味線コンサート開催。
観客は尾張じゅうから集まり、屋台は爆売れ。
三日でつけ払い分を現金で完済し、商人衆は沈黙。信長様の胃が少しだけ救われた模様。
藤吉郎殿は頭と胃が痛いと言うが、姫様の意図を知恵にしようと努力している。
私は帳簿と人波が怖い。
――以上。




