プロローグ 「八回目の選択」
天文十五年(西暦1546年)冬/どこでもない場所
暗い。だが怖くはない。
八回も死ねば、死後の景色など見慣れてしまう。
「織田市よ」
霞の向こうから、仏さまが呼んだ。声はやさしい。やさしすぎて、逆に腹が立つ。
「後の世へ行くか。――もう一度、やり直すか」
わたしは手を合わせた。上品に、姫らしく。
そして、にっこり笑って言った。
「やり直します」
「また織田市としてか?」
「はい。……ただし条件があります」
仏さまが瞬きをした。たぶん初めて聞いた顔だ。
「条件、とな」
「はい。八回目ですからね。さすがに学びました」
わたしは、過去の死に方を指折り数えた。
一回目、二回目――戦国で政略結婚、だいたい死ぬ。
三回目、平成。美人は妬まれて燃やされる。
四回目、令和。救急医は過労で死ぬ。
五回目、昭和。官僚はDVと雪道で死ぬ。
六回目、武道で百一歳まで生きた。最高。
七回目、戦国に戻ったら結局また政略結婚で死んだ。最悪。
「わたし、もう“織田信長の妹役”に飽きました」
「……役?」
「そう。兄の胃を痛める係、政略結婚で泣く係、死ぬ係。全部です」
仏さまが咳払いをした。たぶん、笑いをこらえた。
「では、どうする」
わたしは胸を張った。
姫らしく、そして――狂犬らしく。
「今世は、ルールを作ります」
「武力だけじゃなく、医療と清潔と教育と経済で国を取る」
「殺しません。――でも、心は折ります」
「救うためにタコ殴りです」
仏さまが、しばらく黙った。
そして、ため息混じりに言った。
「……相変わらず、おぬしは美しい」
「はい。世界一です」
「それを自分で言うか」
「言います。八回目なので」
仏さまは、観念したように頷いた。
「よい。ならば行け。――ただし」
「ただし?」
「おぬしの“狂犬”は、周囲の因縁を引き寄せる。
敵も味方も、放っておかぬぞ」
わたしは笑った。
「望むところです」
次の瞬間、視界が白く弾けた。
冷たい空気。土の匂い。遠くの犬の鳴き声。
――戦国だ。
八回目の地獄へ、ようこそ。




